うだつの上がらない男は異世界で再スタートするか
バルバルさん
そんな俺の再スタート
恥の多い人生を送ってきました。という文章があるらしい。
恥の多い人生。それはいったいどんな人生だったのだろうか。
まあ、それがどんなものであれ、後に振り返って鑑みているだけ、その人は俺より上等な人間なのだろう。
そう。振り返るだけの内容のある人生を送っているその人に比べたら、俺の人生なんて。
◇
俺の名前は佐野和真。28歳独身、毎日をバイトやパチンコ等で浪費している一般人。
その日、暮らせるだけの金を手に入れては、その金で過ごせるだけの一日を過ごしている。
今日も朝目覚め、身支度を整えたらコンビニのバイトへと向かう。
誰にでもできる。と言うと語弊があるかもしれないが、俺に出来るという事は、きっと他の誰かがやっても同じくらいはできるのだろう。そんなバイトの内容をこなす。
バイト仲間とはそんなに話さない。親しくなろうなどとは思わないし、嫌われない程度の関係があれば十分だろう。
そしてバイトが終われば、残った一日の時間をネットやらパチンコ等の遊びに使い、眠くなったら支度して寝る。
そんな毎日の繰り返し、振り返っても恥も感じないし、後悔も無い。ただ、無味無臭の人生。
ただ、ふとたまに思う。
こんな人生に、意味なんてあるのかと。
そして、きっと意味なんてないのだろう。と、結論付ける。
きっと、俺の人生に意味らしい意味なんて無いのだ。
◇
そんなある日のことだ。朝目覚めて目を開けたら、目の前に美少女がいた。
いや、本当にびっくりな事なのだが、俺は寝転がって目を開けたのだが、その目の前に、少女が立っているのだ。俺に平行に。
「あ、おはよーございまぁす! やっとお目覚めですね?」
と、快活な声に意識がはっきりしていく。それと同時に、何事かと声をあげようとしたが、喉から、音が出る事は無かった。
「私は異世界へあなたを誘う妖精です。おめでとうございまぁす! 貴方は、異世界で人生をリ・スタートさせる機会を得ました!」
異世界?
リスタート?
一体何のことだと、きっと目を白黒させている俺を馬鹿にするかのように少女は笑う。
「一体何のことだって顔していますね。私はね? この世界に生きる意味や理由を見出せない、そんな人に人生を再スタートさせる機会を与えるために活動しているんです」
その言葉の欠片も意味を理解できない。いや、理解できても意味が分からない。
人生の再スタート?
何を馬鹿な……よくできた夢だと言われた方が理解できる。
「とはいえ、いきなりあなたを異世界に送るわけではありません。3日猶予を上げますので、その時間以内に答えは出してくださいね?答えを出したら、この鍵をどこかのドアにさしてくださいね?ではでは~」
そう言って、少女は霞のように消えた。と、同時に喉からマヌケな音が響く。
一体、今のは何だったんだ?
夢か?
幻か?
だが、どんなに疑問を抱こうが、腹の上に置かれた古めかしい鍵は消えない。
なにがなんだかわからないが、俺は人生を再スタートさせる機会を得たらしい。
◇
どんなにトンチンカンな事が起こっても、時間は過ぎていく。
バイトを休ませてもらって、街を歩きながら人生の再スタートについて考える。
といっても、内心答えは決まっている。やり直せるなら、やり直したい。
異世界でドッカンバッコンのバトル漫画な人生が送れたりするのだろうか?
それとも、ハーレムを作れるような、そんな人生を再構成できるのか?
勿論、これらは希望的観測だ。どんな異世界に行けるかなんてわからないのだから。
ただ、と思う。
過去を振り返って、過去に意味を見出せない今よりは、今にも、きっと来る未来にも意味を見出せない今よりは、マシな人生を送れるかもしれない。
誰も、こんな人生を送りたくて送ってるわけじゃない。
ただ、巡り合わせが悪かったんだ。
なら、それを仕切り直せるなら、仕切り直せばいい。
そうだ、異世界に行こう。何のしがらみも無い場所で、一からやり直すんだ。
そう思いながら、街を歩く。
◇
仔猫がいた。
街中に、なんの警戒心も無く俺に近づく、野良の仔猫。
なんだ、なんだ。餌でも欲しいのか?だが持ち合わせなんてないぞ。と思っていると、親猫がさっとやってきて、仔猫を俺から引き離し、逃げていく。
しかし、猫か。そういえば子供の頃、飼いたかったんだよな。
飼いたくて、親に相談したんだっけ、でも、動物を飼うという事は、命を預けてもらう事だ。その責任が果たせるか、なんて言われたっけ。
結局飼えなかったけど、それはそれでよかったのかもしれない。
今のこのありさまじゃ、猫なんて飼っていても……
◇
いや、そうか?
本当に、そうだろうか?
ふと、心に疑問がわく。
当時の俺。子供の頃、あの仔猫の様に無邪気だったであろう子供の頃の俺は、そんな無責任なことをするような子供だっただろうか?
いや、そんな事はしない。きっと、最後まで飼い切るはずだ。その筈だ。
だが、何故そんなことが断言できるのだろう?
不思議だ。だけど、子供の頃の俺の事を考えると、不思議と無責任なことはしないような気がした。
何故だろう、そんな疑問を抱きつつ、帰路に就く。
異世界の事が楽しみなのは変わらずなのだが、どこかに疑問を抱きながら。
◇
二日目、異世界に行くというのに、バイトなんて馬鹿らしいように思うが、まあ、一応昨日休んでしまったし、やっておこうとレジに立つ。
コンビニには多種多様な人が来る。
そして、コンビニ内にある多種多様な商品を買っていく。
おっさん。子供、女性。親子連れ、カップル……
皆、思い思いに違う商品を、あるいは同じ商品を買う。
ふと、親子連れがお菓子を買うためにレジに並んだ。
親は、子供に買いすぎないように言いっているようだ。
親、親か。
そう言えば、故郷に最近帰っていないな。母さんと父さん、元気かな。
◇
母さん、父さん……
そうだ、昨日感じた疑問が氷解した。
子供の頃の俺が、無責任なことをしないと思った理由。それは親の存在だ。
きっと、猫の件に限らず、途中で止めれば父さんは厳しく怒るだろう。母さんは優しく諭すだろう。
それはそうだ。子供の事を叱らない親がどこにいるのか。
そして……
少なくとも……
俺の親は、子供の事を想って叱ってくれた親だった。
◇
俺は、古めかしい鍵を使って自分のアパートの部屋の扉を開けた。そこには、あの美少女がいた。
「決意は決まりましたかぁ? 異世界に行って人生リスタート、させますかぁ?」
その問いに対し、俺は首を振る。
横に、ゆっくりと。
「あれま、行かないんですかぁ? なんで?」
少女は小首を可愛らしく傾げる。
「こう言っちゃあれですが、貴方は自分の人生に意味なんて見いだせてなかったじゃないですか」
そう、正直、異世界は興味があるし、行ってみたい欲もある。
人生だって、リスタートも悪くないかもしれない。
でも。
「自分の人生を途中で止めちゃったら、流石に親に顔向けできないよ」
◇
俺の人生は、振り返ってみても意味らしい意味を見出せなかった。
でも、子供の頃はどうだっただろうか。
「きっとさ、今は、過去の自分の人生の途中なんだよね」
「こんなはずじゃない。意味なんて見いだせない……そんな人生でも、少なくとも、子供の頃の人生の延長線」
「そう思ったら、不思議とさ、こんなはずじゃない無意味な人生に、意味らしいものが見えてきたんだ」
「きっと、父さんは、母さんは、俺を生んだときに、子供の俺の生きる意味をくれた筈なんだ」
「だから、今の俺は、子供の頃の俺の人生を背負ってる。それを途中で投げ出したら……」
――――――父さんと母さんに叱られる。
◇
気が付けば、部屋の中にいた。
少女はいなかった。鍵も無かった。
異世界云々は、少し心残りが無いと言えば嘘になるけど。
やはり、人生は投げだせない。リスタートなんてしたら、今の人生は、子供の頃の俺の人生はどうなる。
そうだ、バイト、やめよう。
もう少し、しっかりとした仕事についてみようかな。
故郷にも帰ってみよう。
父さん母さんに、少なくとも元気な顔を見せておこう。
で、一区切りさせたら。もう一回スタートさせよう。
異世界での再スタートじゃなく、この世界で、俺の人生を。
◇
恥の多い人生ではなかった。後悔の多い人生でもなかった。
そして、無意味な人生ではなかった。
故郷に帰って父さんに聞いたのだが、俺の名前は、調和を持って真を成せ、という意味があるらしい。
なんだ、なら、名をもらった時点で、意味はできていたんじゃないか。
ただ、その意味に気が付かなかっただけ。
まあ、何はともあれ、新しく人生を区切ってスタートさせるのだ。
仕事、何にしようかな。なんて職探しのサイトを使っていれば。
部屋のベッドに、鍵が置いてあった。
古めかしい鍵が。
部屋のベッドに、少女が座っていた。
美しい、でもいたずらっ子のような少女が。
「私は、異世界へ誘う妖精です。私は貴方を誘いました。空虚で無意味で未来の無い人のために、異世界への扉は、いつでも開いていますし、皆その扉を通ります。でも、貴方はそれを通らなかった……興味深いです。ひっじょーに興味深いです。なので、私は見ていることにします。貴方の、空虚で無意味でお先真っ暗なはずの人生の果て。なので、しばらく寝室に御厄介になりますね?」
……どうやら、再スタートさせた人生は、普通には過ごせなさそうだが。
まあ、それもまた一興なのかもしれない。
うだつの上がらない男は異世界で再スタートするか バルバルさん @balbalsan
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