真夜中、背徳感、それで粗方伝わるヤツ。
藤間伊織
本編
夢の中へと沈んだはずの意識が現実へと呼び戻された。
「お腹空いた……」
素足に触れる床は氷のように冷たい。
急に明るくなったときの目の痛みが嫌で、暗いまま、よたよたと目指すのはキッチン。
……人が、いる。
「犯人確保ォ!!」
「うぎゃあ!!」
思い切り飛びついてやれば、シンクそばの小さい電灯のみで犯行に及んでいた不届き者は情けない声を上げあっさり投降した。
「心臓と寿命縮んだ……。何時だと思ってるの……」
「午前1時26分」
「わぁ、正確。って違うよ。そうじゃない」
「私は私の正義を執行したまで」
「まぁ、これは罪深い所業ではあるかもしれないけどね……?」
いつもと変わらない他愛ない会話をしながら相手を横へ詰めさせた。のぞき込んだ収納スペースにはカップ麺のストックが整列している。
「これにしよ!」
「早ッ」
「もたもたしてると食べたいやつ取られちゃうよ?」
「犯人は一人なんだけどね。……じゃあこれにする」
各々好きなものを決めて取る。
「あ、お湯持ってくからこれ持って先行ってて」
「オッケ―」
テーブルにつき、ラップフィルムを二つ分取り去り、さらに中身もそれぞれの指示に従う。あとはお湯を入れるだけ。
シューッと水蒸気が噴き出す音も止み、しばらくすると
「おまたせ」
と電気ケトルと砂時計を持って待ち人は現れた。
ケトルを受け取って手際よくお湯を注ぎ蓋をする。もう一人はそれを見て程よいタイミングで砂時計をひっくり返す、と分担を終えると「ほら」と砂時計が差し出された。
「それは3分、こっちのは5分だから」
「今時キッチンタイマーなんて100円ちょっとで買えるのに」
「砂が落ちるの、見てて楽しいじゃん」
「まあね~」
しばらくの無言が続く。砂時計の砂が重力に従いさらさらと落ちていく。
「つるつる麺に~甘ぁいお揚げ、それを彩るかやくたち~」
「は?」
突然耳に飛び込んできた調子はずれな歌に思わず喉から低音が漏れた。
「フッ、何それ」
「きつねうどんの歌。悔しいならアンサーソング歌っていいよ。カレーうどんの歌」
「悔しくないし歌わない」
「ちぇ」
またしばらく黙っているうちにこちらの砂が全て落ち切った。
「お、3分」「ずるい」「どこが」
「いいよ、裏技使うし」
「裏技?」
「ンンッ、刮目せよ!最終奥義、タイムスキップ!」
「ちょいちょいちょい」
「何」
「『タイムスキップ!』じゃないんだわ。砂時計くるくる回しちゃダメでしょ。てか『最終奥義』て。子供か」
「……。よっしゃ、5分!」「経ってないけどね」
「硬くても結構おいしい」「自分がいいならいいけど」
深夜と言うこともあり、ローテンションで言葉数は少ない。ただそこに不満も気まずさもない。なんせ共犯者だ。
ベリ、と蓋を剥がすともわっと白い湯気が立ち上る。同時にスパイシーな香りが胸いっぱいに広がった。
「あ、箸」「とってくる」「ありがと」
改めて席に着き、顔を見合わせ、呼吸を揃える。この瞬間を待っていた。
「「いただきます」」
真夜中、背徳感、それで粗方伝わるヤツ。 藤間伊織 @idks
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます