黄泉之客
三鹿ショート
黄泉之客
この世を去った人間と再会した場合、生前の相手に対してどのような感情を抱いていたとしても、驚くものだろう。
そして、その後に抱く感情については、人間によって異なる。
再会することができたということに喜ぶ人間も存在すれば、もう一度顔を見ることは避けたかったと困惑する人間も存在することだろう。
私はといえば、後者である。
自身が殺め、山奥に埋めてきたはずの人間が眼前に現われれば、当然のことだろう。
だが、脳を露出させている彼女は、己が何故この世を去ることになったのかということを憶えていないらしい。
話を聞いたところ、私が彼女を殺める原因と化した激しい喧嘩の前日までしか、記憶が存在していないようだった。
ゆえに、彼女は私を前にしたとしても、恨み言を吐くことはなかった。
何故、彼女が蘇ったのかは不明である。
だからこそ、私は彼女に問いを発した。
「きみは、何処に埋まっていたのか」
***
彼女に自分が埋まっていた場所まで案内させ、その後、露出した脳に向かって金槌を振り下ろすと、私は再び彼女を埋めた。
穴から出てくることができないようにするために、不法に投棄された大きな家庭用電気器具などを数多く重ねるという仕事を終えると、私は大きく息を吐いた。
しかし、彼女は再び戻ってきた。
私が作った傷はそのままだが、やはり同じようにして、私に殺められた記憶を失った状態で現われたのである。
今度はどうするべきかと考えようとしたところで、私は疑問を抱いた。
彼女は、どのようにして、私のところへと戻ってきたのだろうか。
彼女の状態を目にすれば、大半の人間は然るべき機関へと通報することだろう。
だが、私のところへ制服姿の人間が現われることがないことを思えば、彼女は誰とも接触することなく、私に顔を見せたということになる。
徒歩ならば数日を要するほどの距離であるために、殺められた翌日に姿を現したということは、何者かの手を借りたということになるはずだが、一体、彼女はどのようにして戻ってきたのだろうか。
私の問いに、彼女は首を傾げた。
「それは、私にも分かりません。気が付けば、この家の前に立っていたのです」
それならば、人間としての姿を失うことで、このような事態に再度直面することはないのではないだろうか。
私は泥だらけである彼女に対して、とりあえず綺麗にしようと告げると、揃って湯殿へと向かった。
***
人間を軽々と片手で運ぶことができるようにするために、これほどまでに細かくしなければならないとは、想像もしていなかった。
しかし、まだ終わりではない。
丁寧に皮を剥がし、骨を砕き、彼女の肉体が液体と化すまで煮続けなければならないのである。
時間はかかったが、これで彼女が再び私の前に姿を現すことがなくなると思えば、避けることはできない苦労だった。
己を労うための船旅の途中で、私は海に向かって液体と化した彼女を解き放った。
海の色にわずかな変化が見られたが、即座に周囲の色と同化した。
その様子を、私は笑みを浮かべながら眺めていた。
***
何者かの声が聞こえてきたために、私は目を覚ました。
だが、周囲に人影は無い。
空耳だろうかと思いながら眠ろうとしたところで、再び声が聞こえてきた。
その声を聞いて、私は一瞬にして血の気が引いた。
何故なら、それは彼女の声だったからである。
冷や汗を流しながら、試しに彼女の名前を呼ぶと、返事が聞こえてきた。
話を聞いたところ、彼女は肉体が無い状態で蘇ったらしい。
つまり、私がこれまでと同じようにして彼女をこの世から放逐することは、不可能と化したということである。
恐ろしい状況だが、見方を変えれば、それほど動ずる必要も無いのではないか。
彼女は、自身が誰の手によって殺められたのかということを、知らないのである。
ゆえに、己を殺めたという理由で、四六時中、私に対して恨み言を吐くことはないのだ。
そのようなことを思ったが、どうやら状況は変化したらしい。
彼女は、私に殺められた記憶を持っていたのである。
さらに言えば、私に最初に殺められ、何度も蘇ったときの記憶の全てを、持っていたのだ。
私は謝罪の言葉を吐きながらも、そもそも彼女が私に怒りを抱かせるような言葉を吐いたことが原因であるということも伝えた。
しかし、彼女は己の罪を認めようとはせず、私ばかりを責めた。
恨み言を吐き続け、私の睡眠を妨害してくる彼女に辟易し、彼女の言葉を聞くことができないように耳を潰したが、彼女は私の脳に対して、直接話しかけてきた。
私は頭を抱えながら、線路に飛び込んだ。
彼女の声が聞こえなくなったことは喜ばしいが、何かを感ずるということができなくなってしまった。
黄泉之客 三鹿ショート @mijikashort
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