恋のスタート地点

むらた(獅堂平)

恋のスタート地点

 好きという感情がスタートしてしまうと、もう止まらない。

 いつ告白しようか、この気持ちを留めて待ってみようか、色々と考えてしまう。

 世の中は不公平だと思う。同じスタート地点でも、人によって差が出ている。私の恋愛も同じだ。

「寝不足? 目の下の隈が凄いね」

 授業が終わって教室を出た時、池田志保いけだしほが声をかけてきた。

「昨日、あまり眠れなくて」

 昨夜は悶々として、丑三つ時を過ぎても眠れなかった。

「あまり無理しないでね。具合が悪いなら部活さぼってもいいからね」

 私はバレー部に在籍する。志保はバスケットボール部だ。

「ありがとう。そうは言っても、私がいないとダメだから、部活には出るわ」

「責任感、強いね」

 志保は苦笑した。


 体育館に向かう途中、私は想い人に会った。

「あ……」

 私が声を出したので、佐藤祐樹さとうゆうきはこちらを向いた。彼は校内の花壇で何かしていたようだ。

「サエッチ! いまから部活?」

 サエッチというのは私のあだ名だ。三枝千夏さえぐさちなつだからサエッチという安直なものだ。

「そうだよ」

「へえ。熱心だね。いつも頑張っている姿見ているよ」

 祐樹はニッコリと笑った。私はこの笑顔に弱い。

「祐樹くんは、何していたの?」

「花がなんか元気ないみたいで、様子見ていたんだ」

 彼は屈みこんで、白い花を見つめた。

「その花のこと?」

「うん。この花、イベリス・センペルビレンスというアブラナ科の植物なんだ。お菓子みたいで可愛いよ」

 祐樹は楽しそうに語った。

「イ、 イベリコ?」

「それだと豚になっちゃうよ。イベリス・センペルビレンスだよ」

「すぐに覚えられそうにないわ」

 私は屈みこんで、彼の隣で花を見た。

「たしかに、可愛い花だね」

「だろ? この花、最近、なんだか元気ないように見えて……」

「ふうん。私には、わからないなあ」

 私のこともそうやって見つめてほしいと言えるはずがない。

「花だけじゃなくて、人間のことも、すぐに気づくよ。サエッチのこともね」

 祐樹は右目でウィンクした。見透かされたような気がして、私の鼓動が速くなった。

「じょ、冗談はやめなさいよ」

「冗談じゃないよ。今日も、少し元気ないよね。目の下に隈ができているし」

「むう」

 私はむくれた。睡眠不足にした原因はあなたでしょと叫びたかった。

「もういい。私、部活に行くから」

「あれ、なんで起こっているの?」

「怒っていないよ。部活に急いでいるだけ」

 私は立ち上がり、歩き出す。

「待って」

 祐樹に腕を掴まれ、手を握られた。私は敏感に反応していた。

「なに?」

 赤面しているのを必死に隠そうと、私は顔をそむけた。

「これ」

 祐樹は手を離した。私の手の中には、包装紙に包まれたキャンディーがあった。

「あ、ありがとう」

 私は礼を言うと、急ぎ足で体育館に行った。


 *


 私は、貰ったキャンディーを口の中で転がしながら、呆けた顔でバレー部員たちを眺めていた。

(祐樹の手、暖かくて、力強かったなぁ)

 感触を思い出し、胸が熱くなった。

「先生!」

 バレー部員の声が聞こえる。

「先生! 三枝先生!」

 女子部員の声で我に返った。

「先生、どうしたんですか?」

 不安げな顔で私を見つめていた。


 私は口を開いたが、思いとどまって閉じた。


 、という言葉を飲み込んだ。

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恋のスタート地点 むらた(獅堂平) @murata55

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