スタート

ぬまちゃん

始まりは大事だけど、急いじゃだめだよ

「それじゃ、12時のお昼休みにいつもの場所でね。僕はいつまでも君を愛してるからね、チュッ」

「うん、わかった。お弁当冷めちゃうから遅れないでね、ダーリン」


 実験室前のひとけのない廊下で、彼はスマホのマイクに小声で話しかける。


「大丈夫だよ。今日の実験は最終段階で、起動スイッチを押すだけだから。今まで苦労して準備した成果がいよいよ試されるんだもの。博士の気合の入り方も半端ないしね。ちゃっちゃっと終わらせちゃうよ」

「ほんとう? それなら良いけど」


 スマホの向こうから聞こえる彼女の声には、震えが。


「あなたは安心だって言うけど、今回の実験は凄い危険だって、みんな噂してるから、わたし心配なの。遅れても良いからね。わたし、いつまでも待ってるから。怪我をしないでね」

「うん、わかったよ。お弁当冷めないように、あわてないで、すばやく作業をするから」


 彼は、そういってスマホの電源を切ると大急ぎで実験室に戻る。


 * * *


「博士、全ての準備は整いました。あとは、目の前の起動ボタンを押すだけです」

「ようし、じゃあ、みんな準備は良いな。今は、日本標準時11時30分だ」


 博士の言葉に、実験室にいる研究者は全員スマホの時計を確認する。


「タイムマシンのジャンプ先は、11時31分にセットしたな? 我々は今から1分間の時間旅行をする。世界で最初の試みだ」


 博士は、タイムマシンの起動ボタンに手をかけてから、カウント・ダウンを始める。


「さん、に、いち」

 カチ。


 しかし博士が起動スイッチを押したのに、目の前のタイムマシンは一切反応しなかった。


「どうしたんだ? タイムマシンの接続部分を確認しろ!」


 研究者たちは一斉に、タイムマシンの接続部分を調べ始めた。


「あ! このケーブルが外れてました、博士。今直ぐに、つなぎます」

「ちょっと待て、ジャンプ先が11時31分のままだぞ!」


 実験のトラブルで、彼女との約束に間に合わなくなる思った彼は、博士が起動ボタンを押しているにもかかわらず、タイムマシンの抜けているケーブルを接続してしまう。


ブウウウウウン……


 鈍い音と共に動き出したタイムマシンは、『11時31分』に起動して、『11時31分』の時間軸に、実験室にいる全員を転送する。


 すなわち、今転送された彼らは、またタイムマシンが起動した場所に転送される。永遠に11時31分の時の中を、転送され続けることに。


 * * *


「遅いなあ、ダーリン。また実験に夢中になって約束の時間を忘れちゃったのかなー」


 冷めたお弁当を持ったまま、彼女はそっとつぶやいた。


(了)

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