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!~よたみてい書

第1話

 ぶらぶらぶら。


 私は何かに乗っている。

上を見れば真っ黒。

左右を確認しても暗闇。

自分が何に乗せられているか地面を見ようとしても、黒しかそこにない。


 ちゃぷちゃぷと水の音が聞こえているはずなのに。


 体を揺らされ続けて気持ちが悪くなってきた。

うげっ。

何かを吐き出したい気持ちがあっても、吐き出すものが無い。

なにも出ない。


 雑な揺れは私の体を襲い続ける手を止めるつもりがないようだ。




 しばらく漂っていると、突然揺れが収まった。


「こりゃたまげたなぁ」


 男性の声がすぐ近くから聞こえてきた。

しかし、男性の姿はどこにも見当たらない。

確認しようとしても先ほどと変わらない景色だ。


 今度は私の体が宙に浮かぶ感覚を覚えた。

だけど変わらない闇夜が私を包み込み続けている。


 浮いた感覚はすぐに収まり、再び私の体は揺らされていく。




 ゆさゆさゆさ。


 しかしさっきまでの揺れとは違い、今度はどこか優しさを感じる気がした。


「見せたら、きっと驚くぞぉ」


 すぐ近く、あるいは目の前から先ほどの男性の声が聞こえ来る。

そこに誰かいるのですか。

そう質問を投げかけようとしたけど、口が開かない。




 しばらく身をゆだねていると、揺れが止まった。

ドン、とどこかに置かれた気がする。


「おやまぁ、これは一体何ごとかね」


 女性の声が聞こえてきた。

しかし男性の声と同じく、近くに彼女の姿を確認することはできない。


 男性は慌ただしくも誇らしげに応えた。


「突然流れてきたんだよ。気になったからつい、持ち帰ってきたわい」

「危ないものだったどうするんだね」

「危ないものだって決めつけるのはまだ早いわい! これが何か調べてから決めなされ」

「調べるっていったって、どうすりゃいいかねぇ」

「そりゃ、おばあさん、包丁だよ。ズバッといっちょ切ってみなされ」

「はいはい。でもこんな大きなの切れるのかねぇ」


 女性の足音が少し遠ざかったあと、すぐにこちらに戻ってくるのが分かる。


「それじゃ、切っていこうかしら」

「ほれ、ズバッといきなされ」


ズギギギギギ。


 暗闇だった景色の中に亀裂が入り、一筋の光が暗闇の中を突き進んでいく。


 グギギギギ。


 闇に出来上がった縦のひびが徐々に大きくなっていく。


 パカン。


 暗闇がパッと晴れると、目の前に年老いた女性と男性がこちらを見つめていた。

その表情は驚いているようだ。


「おぎゃー!」


 私は彼女たちに挨拶をした。


 周囲は質素で落ち着いた雰囲気の空間が広がっている。


 おばあさんは戸惑いながら声を漏らす。


「おやまぁ、たまげたよ。おじいさん、いったい何を持ち帰ってきたんだい」

「まさか赤ん坊が入っているなんて思ってなかったわい」


 おじいさんもキョトンとしながら私を見下ろしていた。


 おばあさんは困った様子で見せている。


「この子、一体どうしたもんかねぇ」

「そりゃおばあさん、わしらが育てるしかない」


 おじいさんが私を両手でそっと掴み、持ち上げていく。

そして微笑みを向けてきた。


「決めたぞ。桃から生まれたから、この赤ん坊の名前は――」

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