幸田凛太郎のひとりごと

宮 冨美子

幸田凛太郎のひとりごと



「『幸田凛太郎』?……って言うんですか? コウさんって、名字のことだったんですか? 名前だと思ってました……」


 悠平が、炬燵の上の郵便物を手に振り返った。

「知らなかった…」と目を丸くしている。そして多分……少しへそを曲げた。

 そんなところが可愛いと思ってしまう自分が少し恥ずかしいくせに、新たな一面が見れて喜ぶ三十路前の男ってどうなんだ?






 東京の郊外で毎日パンを焼いている、バツイチ&アラサー男の俺。小さな店と二階の住居でほぼ一日が完結する至って平凡な俺に、最近恋人ができた。大学生で性別はなんと男。

 同性相手にセックスができたことに自分でも驚いた。『俺、男もいけたんだなー』と。


 元妻が浮気をして家を出て行き、母親からは理由を問い詰められ、義父母から慰謝料めいたものを受け取り……なかなかにメンタルが低空飛行だったこの一年。

 上京してきた彼と知り合ったのは偶然だった。客として毎日来るようになって、そのうち天気以外の話もするようになって。気づいたら、気持ちの距離も近くなっていた。


 誰にも話さなかった元妻のこともすんなり打ち明けていた。 

 俺の代わりに怒ってくれたこと、嬉しかったんだよなー。


 悠平は毎日のように会いに来るが、泊まっていくのは店の定休日前日の土曜日だけ。平日は寝室を覗きもしない。絶対に我慢できなくなるから、だそうだ。

 朝が早い俺の仕事を慮って彼自身が決めたルールだが、それを頑なに守る様子は俺への好意がダダ漏れで正直言ってこそばゆい。


 年齢の割に落ち着いた大学生だと思っていたが、部屋で2人の時はかなり違う。

 いつも近くにいたがる。気づいたら後ろにいて腰に腕を回したり抱きすくめたりする。俺を胡座のなかに座らせて、顔を寄せてTVを見ることも度々だ。その間も髪をいじったり首筋の匂いを嗅いだり、常に体温を感じていたいようだ。

 夏になったらどうするんだ、なんて照れ隠しに言ってみたけれどまるっと無視された。


 事後の気怠い体に触れてくる手は優しく、心地よいスキンシップにまったりと癒される。甘やかされるのは気分がよく、とろとろと眠ってしまう事も度々だ。

 今も、ふわふわとした睡魔に連れていかれる寸前だった。


「凛太郎、さん?」


「んー?」


「俺も、凛太郎さんって、呼んでもいい?」


 あー……ね。

 名付けて『俺の過去にモヤモヤする病』だ。やれやれ。きちんと言葉で伝えないとどんどん悪化するんだよな。


「あたりまえだろ。彼氏なんだからさ」


 優しい愛撫から一転、両腕で力いっぱいに抱きしめてきた。自分の物だと主張しているみたいた。

 安心させるように背中をぽんぽんと叩いた。

 この病は、特にセックスの時に頻繁に発症する。過去の女に張り合うように乳首やペニスを執拗に攻め立ててくる。まるで俺の方が上手いだろうといわんばかりに。


 特に困るのがケツ。しっかり解してもらわないといけないのだが、気持ち良すぎて意識が朦朧とするので困ってしまう。俺がそこを弄られるのは初めてだと知ってからは平気で舐めてくる。それはマジでやめろ。


 ベッドが気に入らないことにも、俺は気づいていた。元嫁と使っていた事を実はかなり気にしている。そぶりは全く見せないけれど。

 特別な理由はないんだけどね……ただ成り行きで使っているだけなのだが。


 そんな気持ちも理解できるので買い換えることにした。内緒で。

 悠平が喜ぶことを密かに期待している。






「悠平ストーップ‼︎」


「――?」


 部屋に入ったところで足止めされた悠平は、突然の大声に目を丸くしている。


「よし、まず目を閉じろ。しっかり閉じろ、よし。じゃ、手出して。こっちに、そうそう」


 目を閉じたことを確認し、悠平の両手を取ってゆっくりゆっくり寝室に誘導する。


「何ですか?」


「待て待て待て! まだ明けるなよー……よし、いいぞ。ジャジャーン‼︎」


 両手を大きく広げて部屋の奥を指し示した。

 真正面の窓の下に、以前より大きいサイズのベッドが鎮座している。部屋の半分を締めるほど大きく、かなりの存在感だ。


 ヘッドボードに引き出しはない。代わりに100均で買ったケースを置き、諸々必要なものを剥き出しのまま詰め込んだ。お洒落とは程遠いが使いやすい筈だ。

 ベッドの横にあった鏡台は処分して、新たにスチールラックを置いた。悠平の私物置き場にすればいい。


 「どうだ? ほら、カバーも変えたんだよ。落ち着いた色が好きって言ってたから茶色にした」


「コウさん……」


 よしよし驚いてる! 両手を前にしたまま固まって、呼び方が戻ってることも気づいてない。サプライズ成功か?


「デカいだろ? 男二人でも余裕だろ? 代わりに部屋が狭くなったけどな」


「買ったの……? 前のは?」


「処分したよ。お前ベッドに嫉妬してただろ?」


「う、気づいてた?」


「バレバレだよ。なのに、なーんにも言わねーしさ」


「だって、言ったら負けな気がして……」


「馬鹿だなー。もっと色々言っていいんだよ。遠慮すんなよ。アレがしたいとか何が欲しいとかさ。たかがベッドだけど、俺の気持ちがちょっとでも伝われば……って、え? おい悠平⁉︎ おおーっと‼︎」


 ガバッと抱きつかれたと思ったら、そのままベッドに倒され勢いのままキスをされた。重さで身動きが取れない上に両手で顔を押さえられ、貪るように激しく舌を絡めてくる。

 やっと離れた唇が耳元で小さく囁いた。


「コウ……凛太郎さん。ありがとう」


「気にすんな」


 俺は、硬くなった彼氏の股間にそっと右手を這わせた。まだ風呂入ってないなー、なんて思っていたのだが。

 悠平はムクッと起きてベッドからさっさと降りてしまった。


「ダメです。今日は帰ります金曜日だから。我慢します辛いけど。明日、たくさん頑張ります!」


「え――…」


 そうなの? その気になってたんだけど。てかお前それ、テント張ってるけど。いいのか、おい?


 年下のくせに。出来た彼氏だよな。




         完

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幸田凛太郎のひとりごと 宮 冨美子 @miya-fumiko

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