涼海家の当主

代永 並木

引き継がれる意志と最強の当主

噎せ返るような周囲に漂う血の匂い


「当主様!」

「嘘だろ」

「何をしてる! 医療班はまだか」


周りの人々が叫ぶ

血の匂いを漂わせているのは僕の父だ

胴体に深い傷を大量の血を流している


「ダメだ出血が酷過ぎる。傷も深いこれでは……」

「死なせるな。当主様は我らの希望ぞ」


父は何も語らずただ僕の方を見ていた

その目は絶望を宿していない、その目はその目に映る者に希望を抱く目をしていた

その後、父は治療の甲斐無く死んでしまった

父はここで死ぬのを理解していたのか眠るような表情をしていた

涼海家歴代最強の死は陰陽師全体に影響を及ぼした


「師匠が……」

「嘘だ! 有り得ないあの人が負けるなど」

「父さん……」

「……それ程までに魔は強くなっているのか」

「あの人が勝てない相手に我々が対抗出来るのか」

「当主様が死んだ……これからどうすれば」


父は人格者であった、その力も相まって多くの陰陽師に尊敬され弟子も多く居た

多くの者が涙を流した

父の死後1つの問題が浮かんだ

多くの弟子を持ち3人の子を持つ父の後を誰が継ぐのか

僕は弱い、優秀な弟子達、優秀な兄弟に比べて見劣りする程に

最初から継ぐつもりもなく他の者も僕を見もしなかった

1番強い弟子か長男が引き継ぐだろうと言われている


「修行か」


僕はいつも通り陰陽師の修行をしていた

声をかけてきたのは次の当主に最も近いとされる一番弟子の城間詩織


「詩織さんどうかしましたか」

「君は師匠の死に立ち会ったのだろう?」

「はい」

「何かを語ったか?」

「いえ、父は何も言いませんでした」

「師匠は死の直前何を見た」

「何を……」

「知っているのだろう?」

「僕を見ました」

「そうか……成程、ありがとう」


詩織さんはそれだけ言うと立ち去ろうとする


「次期当主はそろそろ決めるんですよね? 頑張ってください」

「頑張ってくださいか……残念ながら私ではないぞ」

「もう決まってるんですか?」

「決まっている、今日仕事あるのだろう? その前に師匠の使っていた机の1番下の引き出しの1番奥の封筒を見るといい」

「は、はい? わ、分かりました」


僕は陰陽師の仕事の前に詩織さんの言っていた通りに父の机の引き出しに入っている封筒を見た

宛先は無い

父は厳しい人だった、これが僕に向けているのなら何が書いてあるのかなど想像に難くない

封筒を見ずポケットに仕舞う

そして陰陽師の仕事に出る

弱い魔の討伐で僕でも想定では勝てるような相手であった


「ふざけるな」


思わず悪態を付く

目の前に倒れるのは父の弟子達、その中には詩織さんも居る

今は息はあるがこのままでは死ぬ

何があったのかは単純、討伐依頼の魔は弱い魔では無かった

弱くないと分かった時点で父の弟子達に応援要請をしその応援を聞き駆け付けた彼らを魔は一蹴したのだ

父が負けた魔よりは弱いだろうがそれでも僕達では太刀打ちできない程の強さを持つ

今の時期に強い弟子達を始末すれば他の家の陰陽師が涼海家の地位を奪える

そんな陰謀に巻き込まれた、僕はあくまで囮として呼ばれていた


「君達、逃げるんだ」


詩織さんがボロボロの体で立ち上がる


「詩織姐さん」

「私が足止めをする」

「いや、俺達が足止めする、姐さんが死んだら涼海家は終わりだ」


歴代最強を失ってもまだ涼海家の地位が落ちていないのは一番弟子の強さが関係する

もしここで詩織さんまで死んだら涼海家は終わる

弟子達は立ち上がるが僕には何も出来ず地を伏していた

前に立った弟子達は魔物の一撃に吹き飛ばされる

僕の元まで転がる


「だ、大丈夫ですか」


近くに飛ばされた人に近寄る


「お前は逃げろ……死ぬぞ」

「僕は……」

「今のお前では無駄死にするだけだ」


僕の手を払う

その通りだろう

僕がここに居てもやれる事は無い

ポケットに入っていた封筒が落ちる

そして封筒から紙が飛び出る

封筒は開封済みだった

どうせ死ぬと思い紙を取り開く

そこに書かれていたのは思っていた内容とは違った


『私の死後、次の当主に涼海優を推薦する。息子達、弟子達を含め優秀な者は多いその中で落ちこぼれと呼ばれる優を選ぶのは不服に思う者も居るだろう、だが優は己の力の使い方を知らぬだけその潜在能力はこの私を超える。もしこれを優が見ているのなら己を信じよ。その弱さも強さも己自身なのだ。否定するな認めよ』


「師匠の遺言か。師匠の見る目は間違いない」


弟子達は皆、父が見出した者達

父の目に狂いは無い

弟子達はこの内容を知っていた、開封済みなのは詩織さんが父の死後に弟子の前で読むようにと父に頼まれていたから


「涼海優! いや次期当主よ! 君が涼海家を継ぐのだ。歴代の当主が紡いだ意志を」


歯車が噛み合った

自分に足らなかった物が今理解した気がした

人は急には強くはなれない

しかし、今まで歯車が合っていなかっただけで部品が揃ってたのなら

歯車が噛み合うと同時に動き出す

僕は立ち上がり魔の元へ歩く


「お、おい!」


1枚の札を取り出す

弱い僕が唯一使えた符術


「冥盟遊夢 急急如律令」


祓った魔の力を引き出す力、強い魔は祓えていない僕が使っても大した強さは持たない

だがこの術の本質は祓った魔の限界を取り払い力を一時的に引き上げる

上昇率は術者の技量に寄る

弱くとも数を祓ってきた、弱くとも諦めず戦い続けた

他の符術を使えず用意された魔具で戦い続けた

僕の後ろに大量の魔が現れる


「何だこの数」

「全部等級は低いが……数だけなら俺達以上だぞ」

「弱い魔は群れるとはいえこの数は……」

「落ちこぼれと言われながらも諦めず戦い続けた。彼には強さ以上に必要な覚悟がある。ここに居る誰よりもその意志は強いんだよ」


大量の魔の強さが引き上がる

それでも一体一体は目の前の魔に遠く及ばない

がそれが数千数万に及べば話は別

強い魔であっても数万の魔と言う物量には押し負ける

(半分はやられたか。だが)

魔は消滅する

僕の出した魔も消えていく


「当主様」


弟子達は傅く

当主の器に相応しい力を見た

この場に否定する者は居ない

ここから動き始める

後世に語られる陰陽師最強の男の物語が

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涼海家の当主 代永 並木 @yonanami

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