『縁』アーベントロート編『夕焼け』3人称
──王立図書館。
静かな空間に、「パラ……」とページをめくる音が響く。
少年──アーベントロート・ベルディスティニー。
「夕焼け」という意味を持つ「アーベントロート」。
みんなからは「アーベント」、幼馴染みからは「ロート」と呼ばれている。
夕日のように赤くて長い髪には、大きくて白いリボンが結ばれ、同色のコートの袖にはボタン代わりの鈴がつけられている。
彼は昨日、勇者に選ばれたばかり。
彼の手にあるのは、伝説に関する文献だ。
もう何千年も前に書かれ、何度も作り直されたもの。
その文献には、機械仕掛けの2人の神の存在が載っていた。
機械仕掛けの男神が管理している、こちらの世界。
男神の額にはチェーンのついた赤い宝石。短くて癖のある髪。
白い衣をまとい、胸の前で手を合わせ、目をつぶった姿が記されている。
機械仕掛けの女神が管理している、あちらの世界。
女神の額にはチェーンのついた青い宝石。長くて艶のある髪。
白い衣をまとい、胸の前で手を組んで、目をつぶった姿が記されている。
こちらの世界の「7つの武器」。
「剣」「耳飾り」「杖」「弓矢」「腕輪」「斧」「刀」。
「剣」は勇者のもの。火山に眠る。
「腕輪」は魔法使いのもの。天空に眠る。
「刀」は刀使いのもの。巨大な滝に眠る。
「斧」は斧使いのもの。街中に眠る。
「弓矢」は弓使いのもの。森林に眠る。
「杖」は召喚術師のもの。海中に眠る。
「耳飾り」は賢者のもの。図書館に眠る。
周りには集落があり、豊かな自然に囲まれた平和な街。
機械もほとんどない魔法の世界。
魔王や悪人がいなくても、必ず勇者が現れる。
──何故なんだろう? 平和ならば、いなくてもいいんじゃないか?
違う文献に載っている異世界から召喚された存在。
あちらの世界の「7つの武器」。
「剣」「耳飾り」「杖」「弓矢」「腕輪」「斧」「刀」。
「剣」は勇者のもの。島に眠る。
「腕輪」は魔法使いのもの。砂浜に眠る。
「刀」は刀使いのもの。夜空に眠る。
「斧」は斧使いのもの。思い出の建物に眠る。
「弓矢」は弓使いのもの。雪山に眠る。
「杖」は召喚術師のもの。草原に眠る。
「耳飾り」は賢者のもの。花畑に眠る。
世界中で機械が増え、豊かな自然は減り、勇者候補も少しずつ減っている。
──伝説に関する文献を読んだ時、違和感があった。
文献から誰かの魔力を感じる。
その度に、何かを訴えているかのように、「リリッ、リリッ……」と鈴が鳴る。
──何かを伝えたいのか……?
結局、何を伝えたいのか分からないまま、アーベントは文献を閉じる。
元の本棚にしまった後も、後ろ髪をひかれるように図書館を出た。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
アーベントが小学生の頃。
部屋が紅く染まる夕焼けの時刻、彼の母親は息を引き取った。
──その時から、夕焼けも、自分の名前も、全然好きじゃなくなった。
亡くなった彼の母親はロングヘアで、彼は同じ色の紅い髪を伸ばし始めた。
「ねえ? お揃いのリボンにしよう?」
長い茶色の髪を2つに分け、毛先近くを白いリボンで結んだ幼馴染みの少女──ジゼルの言葉に誘われ、アーベントは頷いた。
彼は母親が亡くなってから、彼女には声をかけてもらったり、料理を作ってもらったりして、お世話になっていた。
それから毎朝、学校に行く前に彼女が彼の家にやってきて、手のひらサイズの白いリボンをつけてくれるようになった。
その後、彼が髪につけた大きなリボンを学校のクラスメイトたちはバカにした。
彼はリボンを取ったが、それを見た彼女がすごく寂しそうな顔で、涙を浮かべていた。
彼は──彼女の涙に弱かった。
彼は彼女に惚れた弱みで、今もリボンを付けている──。
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もうすぐ、夕焼けが近い。
アーベントは、いつになく考え込み、ぼんやりしていた。
「ロート!」
「「アーベント!」」
彼は仲間たちの声で我に返り、黒い魔物の攻撃をギリギリで避けた。
「悪い! ありがとう!」
「アーベント! 無事でよかった!」
「ぼーっとするな! アーベント!」
遠くからガーランとクローヴィスの声が聞こえた。
「ロート! 行くよ!」
「ああ!」
ジゼルの腕輪が光り、証が浮かび上がる。白い光の文字が敵の頭上に降りそそぎ、白い帯のようになり、敵を縛り上げる。
「ロート!」
「ありがとう、ジゼル!」
剣の赤い刃が光を増し、周りの敵たちを一掃していく。剣の動きに合わせ、「リンッ!」と鈴が鳴る。
赤い髪がなびき、最後の敵を切り捨てる。燃え上がった黒狼の形は崩れ去り、黒い塵と化した。
──何かが、おかしい。こちらの世界の魔物と気配が違う。
急に現れた魔物。
アーベント達の隣では、ガーランとマグノリアが魔物と戦っていた。
マグノリアが弓に魔力を溜めていく。その魔力で、彼女の短くて白い髪がサラサラと揺れる。
その時。黒い魔物が彼女を狙い、勢いよく魔法を撃ち込む。しかし、ガーランが彼女の前に飛び出し、斧で魔物の攻撃を弾く。
「大丈夫かい?」
「ええ! ありがとう、ガーラン!」
真剣な顔で心配そうに聞くガーランに、マグノリアは笑顔を浮かべた。
「グァルルルルーッ!」
「……これは──」
「何かに怒っている……?」
癇癪を起したように暴れる魔物にガーランは突っ込み、綺麗な金の髪が乱れるのも気にせず、斧で切りつけ、倒していく。
その間に、マグノリアは弓を構え、魔力を込める。光る緑文字と緑の矢を出現させ、その矢を掴み、限界まで弦を引く。
「ガーラン!」
「マグノリア!」
放った緑の矢が分裂し──。
「ギ ィ ァ ァ ァ ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
全ての敵に当たり、消滅させた。
「マグノリア、大丈夫かい?」
「ええ! ガーランも大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だよ?」
2人はホッとしたように、やわらかく微笑んだ。
その少し前、離れた場所では刀使いの青年と双子の姉妹が戦っていた。
「クローヴィスさん!」
クローヴィスは刀で攻撃しつつ、敵の攻撃をスッと避けていく。縛られた銀色の髪がキラキラと輝く。
「リアナ、頼む!」
「はい!」
リアナの耳飾りが光り、肩まである黒髪がふわりと浮く。白いスイカズラの杖から白い光を放ち、クロ―ヴィスに強化魔法をかける。
「ハリア姉さん!」
「任せて!」
ハリアの長い黒髪から白猫が顔を出し、耳をぴくぴくさせて、光魔法を彼女の杖に込める。彼女が魔力を込め、杖の周りに金の文字を出現させる。杖から光が飛び出し、文字が金から白へ。
「クローヴィス!」
「分かった!」
光の召喚獣・白いハヤブサが弾丸のように飛び出し、クローヴィスが横に避けた瞬間、光速で魔物を一掃する。
「すごい……」
「ああ、そうだな……」
リアナとクローヴィスが召喚獣の凄まじい破壊力に思わず呟く。
「さあ、行きましょうか?」
「にゃあっ!」
戦闘が終わり、クローヴィスはアーベントに近づいていく。
「アーベント。戦闘中は、しっかりしろ」
「クローヴィス……」
「でも──、怪我がなくて、よかった」
「ああ、ありがとう」
クローヴィスの後ろから双子の姉妹も近づいてくる。
「アーベントさん! 大丈夫でしたか?」
「アーベントさん、大丈夫だった?」
「リアナ、ハリア。ああ、大丈夫だよ、心配させてごめん」
最後に魔物を倒したガーランたちが近づいてくる。
「アーベント! 無事でよかった」
「ええ、無事でよかったわ」
「本当に、『ロートが怪我したら、どうしよう』って、心配したんだよ?」
「ガーラン、マグノリア、ジゼル……。ごめん、ありがとう」
苦笑するアーベントに、マグノリアが一歩前に出る。
「アーベント、原因は分からないけれど、魔物がとても怒っていたわ。さっき、ガーランと戦っている時に気づいたの」
「そうなのか? ガーラン?」
「うん、私もそう感じたよ」
「ロート! さっきの魔物──何かに縛りつけられているみたいだったよ?」
「ジゼルは気づいてたのか?」
「うん! もちろん! 呪縛魔法は、私の得意な魔法だから!」
ジゼルは自信満々に答えた。アーベントは彼女のその言葉に頷く。
「俺も、魔物から──この世界とは違う気配を感じたんだ」
「ロート?」
アーベントは少し悩んでから、みんなの顔を見回す。
「ひとまず、近くの町に行って情報収集しよう。その後、城下町で情報収集して、城へ報告にする。それでいいかな?」
「「「「「「はい!」」」」」」
アーベントの言葉に、みんなが一斉に頷き、返事をする。
「ありがとう」
アーベントは安心したように笑った後、夕日を眺める。
でも──。
──この世界に、何が起こっているんだ……?
夕焼けを見つめ、アーベントは自分の足元が崩れるような──嫌な予感がしていた。
以前書いた短編集 鈴木美本 @koresutelisu
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