避難行動をスタートするまでの備忘録

弥生ちえ

何の教訓もない、スタートを切るまでの狼狽え記録


 どちらかと言えば、エッセイと言うより備忘録。


 これは、わたしが地震発生から、避難行動スタートをするまでの記録です。


 先に言っておけば、わたしの住む場所は震源地となった石川県の隣県で、地震後もライフラインは問題なく使うことが出来た被害の少ない地域です。なので、被災後の提言めいたものが出来る立場では全くないし、書いてもありません。


 ただ、どれだけまごついて、避難行動をスタートしたか――それだけを書き記したものです。



2024年1月1日


16時00分 ……………………………………………………

 初売りなどなどから浮かれつつ帰宅し、PCを立ち上げつつマグカップに並々と注いだコーヒーを2口飲んで、ようやく一息といったところでした。



16時06分 ……………………………………………………

【地震発生】※震度3。

 よくある軽い揺れで、親戚に「揺れたねー」なんて暢気に電話してました。すぐに切ってPCに向かいました。



16時10分 ……………………………………………………

【地震発生】※震度5強。


 これまで経験したことのない揺れ・長さ。


 わたしはこれまで、震度4までしか体験したことがなく、しかもすぐに収まるものばかりに遭ってきました。だから、この時の揺れもすぐに止まるものだと考えてマグカップを置き、PCの前に座ったまま様子を見ていました。


――が、揺れは続き、さすがに「まずいな」と思い始めたわたしは、マグカップをPC横に置いて、取り敢えず逃げ道の確保を……と、部屋の扉を開けました。


 さすがにそろそろ止まらないかな、と開いた扉の傍で立ったままじっと待ってみます。けれども、揺れはおさまるどころか益々強くなって、辺り中から響く音も大きくなって行きました。


 家具か、家自体か、周辺の地面や近所の家々が立てる音なのかは分かりませんが、あまりに聞きなれない音・音・音に少し焦り始めました。


 そこまで来て「あ」と思い当たったのは、PC横に置いた、コーヒーをたっぷり入れたマグカップです。


 マグカップを取りに、一旦扉の傍から離れてPCの所へ戻り、カップ片手にキッチンスペースへ移動。取り敢えずカップの中身を残したまま流しの中に置きました。


(これで中身が飛び散っても安心。PCにコーヒーが零れる危機は回避したぞ)


 そんな感じです。


 なぜコーヒーを流してしまわなかったのか……多分、まだほとんど飲んでいないから勿体ないって気持ちがあったのです。ちなみに、このコーヒーをその後飲むことはありませんでした。この時の大きな揺れが収まった後――避難前に「飲もうかどうしようか」とちょっぴり悩み、けど「飲むとすぐにトイレに行きたくなるから今はやめておこう」と考え直したのです。困った貧乏性? 危機感の無さ? 何事も無かったからよかったものの、さっさと流せば良かったです。


 そして、再び定位置と化した扉横へ移動。この間、揺れ続けています。


(まだ収まらない。長いな!? 滅茶苦茶長くない!? なにこれ)


 頭上に物が無い場所で呆然と立ったままのわたしは、ガタガタ音を鳴らし、ゆらゆら揺れる家具を眺め続けます。


 動けないほどの揺れではないけど、どうしたら良いのかも分かりません。


 揺れは収まらず、家族と「まだ揺れてるね」などと会話している間に、鉛筆立てがひっくり返り、家具の上に置いてあった物が落ち、本棚から本が飛び出していきます。


 けど、まだ揺れ続ける。


「落ちた物、どうしよう?」と言う家族に、「今はまだ放っておこう」と返事をしてました。だって、どこまで崩れるか分からないし、どこかだけ抑えて防げるほど小規模な崩れじゃなく、部屋中の物が飛び出し、崩れていってましたから。


 そうこうしている間に、ようやく揺れは収まりました。


 結局、家族は物の無い部屋の中央に座ったまま。わたしは扉横に立ったまま、収まるのをただじっと待っていました。


 それから今の状況が知りたくて、テレビを付けました。震源地や、規模を、取り敢えずは知りたかったのです。


 テレビでは、石川県の先端が震源地との情報が既に出ていました。


(ああ、いつもの所かー)


 なんとなく安心していました。だって、これまでその場所が震源地になることは良くあって、大したことなく終わるいつもの地震の震源地でしたから。


 けど、ちょっとおかしいな・と思い始めたのは、津波情報でした。


 日本海側沿岸部のやけに広い範囲に「津波警報」が出ていました。これまで、「注意報」でもなく「警報」の形でこんなに広範囲に出ていたのを見たことがありません。


 詳細な地域ごとの震度の情報も出始め、自分の住む場所の震度を見て驚きました。


――震度5強


 はじめて見る数字でした。


 それから、テレビでは見慣れない「大津波警報」が出始めました。


 ここではまだ、家族揃ってテレビを見ながら「どうする?」などと話していました。軽い揺れも、まだあったかもしれません。その辺り、もう記憶がはっきりしません。なんだか、まごまごしながらテレビを見ていた気がします。


 テレビからの声に、ちょっとだけハッとしました。


「テレビを見ている場合ではありません! 今すぐっ、避難してくださいっ!!」


 テレビのアナウンサーが、あんな声のトーンで話すのをこれまで聞いたことはありませんでした。それに、彼女の言う通り、テレビを見ていましたから。


(あれ? わたしのことか? いやいや、どの地域の人に呼びかけてる放送だろう)


 そんなことも思いつつ、窓の外に注意を向けました。


 年に一度行われる防災訓練では、うちの前を通って避難場所へ向かう人たちがいるのを思い出したからです。


(他のうちの人たちは、どうしてるんだろう)


 誰かが避難し始めたなら……。ここへ来てまだ思い切れないわたしは、他の人の反応を気にしていました。だって、家の中は物が落ちてグチャグチャではありましたけど、ガラスも割れていない、大きな家具も倒れていない、壁も無事、大丈夫なところがいっぱい見付けられるのですから。


 けど、テレビでは相変わらずアナウンサーの怒気を孕んだ声が聞こえてきます。


「どうしようか」


 家族も言い始めます。


 なので、玄関から外にちょっとだけ出てみて、周囲の状況を確認してみました。大通りの状況、近所と避難場所の様子はと言うと……


 大通り――普通に車が走っていきます。避難する人は見当たりません。

 避難場所――元旦の学校です。人の姿も見えず、静かなものです。


 うーん……。なんとも微妙な様子です。


 その間も、何度か揺れがありました。そうこうしている間に、家族の一人が避難場所(学校)を見て来ると、斥候役を買って出てくれました。


 家に残ったわたしたちは、ここへきてようやく「避難するかもしれない」と、避難の現実味が増してきました。



16時30分 ……………………………………………………

 斥候から電話連絡。


 どうやら、少しづつ集まって来ている人はいるけれど、避難場所はまだ解放されておらず、来た人たちもグラウンドなどにたむろしたり、校舎の周囲を歩いたりしているとのことでした。


 この時点で、震度5強の強い揺れから20分が経過していました。


 ほどなく斥候無事帰還。


 なんとなく「意外に何でもなくて、普通な周囲」を想像していたところ、斥候(すみません、身バレ防止に遠回しな言いかたをした結果こんなことに……)からの報告で、避難場所の側に設置されている街路灯が倒れるなどの被害が出ていたことを、初めて知りました。


16時32分 ……………………………………………………

 震度2


 再び斥候再出立。


 もう一度、様子を見に行ってくれました。



16時35分 ……………………………………………………

 震度1(ちょこちょこ揺れます。些細な揺れのはずなのに、神経が過敏になっているのか、家が過敏?になっているのか、とにかく気付いてしまいます)



16時36分 ……………………………………………………

 斥候から「避難場所は開いていないけど、集まって来る人もいるし、行ってみてもいいかも」と、そんな電話が掛かって来て、待機組も出発の準備に取り掛かります。



16時40分ごろ ……………………………………………………

 うち出発。


 様子だけ見て安心するつもりで避難所へ向かいました。


 地震発生から約30分。

 ようやく避難行動スタートに踏み切ったのでした。





【スタート】を切るまでの全貌、以上です。山もオチもない備忘録ですのでご容赦を。


 この行動が遅いのか、早いのか。そもそも避難する必要があったのか、無かったのか。

 今でも全くわかりません。



 けれど避難場所である学校は、3階の教室5つと、2階の教室(いくつかは見ていません)を埋める人は集まっていたようです。それなりの人数が避難が必要だと判断した状況ではあったのでしょう。


 あとは、避難中に聞こえてきた声で「一緒におってもらえたから安心したわ、ありがとね」と話しているお年寄りの言葉――これがすごく心に響きました。


 そして、ちょっとだけ「安心」の大きくなったわたしは帰宅したのですが、翌日から胃痛、腹痛、頭痛と、しっかり体調を崩したのでした……。


 自分のメンタルの弱さを思い知らされた年始でした。




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避難行動をスタートするまでの備忘録 弥生ちえ @YayoiChie

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