みんな死んで幽体になってるのに俺だけ死んでない件について

石田徹弥

みんな死んで幽体になってるのに俺だけ死んでない件について

「山田は昨日、自殺したから今日からは霊体で登校することになった」


 担任の冴島先生がそう言うと、教室の入り口をすり抜けて、山田が入ってきた。

クラスメイトの半数が笑い声を上げた。

「おい、なんで自殺なんてしたんだよ」

 透けた霊体となった山田は、鼻を掻く仕草をしながら恥ずかしそうに笑った。

『いやー、この国の未来に憂いて? なんつって』

「ほんとは親にエロ本隠してるのバレたんだよ」

 他の友人の突っ込みが入ると、また教室に笑い声が響いた。


 今、僕のいる教室の約半数は霊体だ。

多くは自殺だが、事故死や病死、中には殺人事件に巻き込まれた被害者もいれば、お互いに殺し合った女の子もいたりする。

「はいはい! 私語はそこまでにして、授業はじめるぞー」

『死後なんだから私語してもいいでしょ先生~』

「お前、その寒いギャグ何回目だよ」

『死んでんだから寒くてもいいっしょ』

 ギャハハハとクラスの半分を構成する霊体たちが笑った。

僕も含めた生身勢は何が面白いのかわからず、苦笑いしていた。

 僕は窓際に凛と座った須藤実咲を見た。彼女はまだ肉体を持っている。生きている。窓から差し込む光が彼女の色素の薄い肌を透けさせた。これは肉体を持たない霊体の〝透け〟とは違う、生物的な、血液を感じさせる本当の美だと僕は思っている。

 いつまでもその肉体のまま、僕の心を満たしていて欲しい。


 翌日、須藤美咲は学校を休んだ。

「須藤は昨日、パパ活相手に拉致られたまま、その犯人と共に行方不明だ。殺されでもすれば学校に来れるんだろうが、まだ死んでないから欠席となる」

 須藤美咲の机に、須藤の友達たちが花をいけた花瓶を置いていた。これは「早く死んでね」という優しさのある行為だ。しかしいけられているのはチューリップで、「菊にしなさいよね」と別のグループの子が怒っていた。


 僕はいてもたってもいられず休み時間に学校を飛び出すと、クラスメイトから聞き出していた須藤美咲がパパ活に使っていたというホテルに到着した。

死んでもどうせ霊体になるからして、警察もろくに捜査をしていないことから、彼女を攫った人物もろくに痕跡を隠していないはず。

そのため僕はホテルの管理人である老婆になけなしの小遣い三万円を渡して監視カメラを見せてもらい、彼女が拉致られる姿をその映像からはっきりと確認した。

僕は彼女を連れ去った軽自動車のナンバーを控えると、ホテル前の車でスマホゲームをしていた警察官に伝えた。警察官は面倒そうな顔を浮かべたが、「僕がちゃんと解決すれば仕事も減るでしょう?」と伝えると、Nシステムを使って車の所在地を調べてもらった。


須藤美咲はすぐに見つかった。

 ホテルから歩いて十五分のところにあるボロアパートの二階。その一番奥の部屋だった。

扉は閉まっているが、台所の小窓は鍵が開いており、僕はゆっくりと開いた。

すると両手足を拘束され、猿轡(さるぐつわ)をした彼女の姿を発見した。

僕はアパートの裏手に回り、室外機を使って彼女のいる部屋のベランダに上がり込むと、先に拾っていた石で窓ガラスを割って鍵を開け、中に入り込んだ。

須藤美咲は激しく嬲られたようで、憔悴しきっていた。僕の姿を認めた彼女だが、うつろな目で涙を流すだけで言葉を発する気力も無いようだ。

彼女の足元には食事が用意されていた。なるほど。彼女を死なさないように、生身としてコレクションしておきたいのか。変態め。

僕は彼女の猿轡を外すと、肩を揺すった。

「大丈夫? クラスメイトの水瀬だ。わかるかな」

 須藤美咲は僕の目をゆっくり見つめ、ようやく焦点が合うと、微笑んだ。

「お願い、もう生身でいたくない」

 僕は頷き、先ほどガラスを割ったときに使った石で彼女の頭部を割って殺した。


『おっはよー!』

 翌日、元気に霊体になった須藤美咲が登校してきた。

 須藤美咲は僕の姿に気付いたが、特に何も言うことなくまたいつもの自分の席に座った。

 それも仕方がない。生身と霊体には生と死ほどの溝があるのだから。

 クラスの様相が大きく変わったのは、この日からだった。

 須藤美咲はクラス一の人気者だった。男子にも女子にも分け隔てなく仲良くし、誰も彼女の悪口を言うものはいない。

 そんな彼女が霊体になった。

 あっという間に、わずか数日で僕以外の全てのクラスメイトが彼女を追って自殺し、霊体となったのだ。クラスの真ん中の席に座る僕は、ちょうど霊体のクラスメイトに四面楚歌と言わんばかりに取り囲まれている。

 チャイムが鳴った。

『よーし、席に着けー』

 担任の冴島先生もいつのまにか霊体となっていた。そういえば須藤美咲と付き合っているという噂があったような。

『どうした、水瀬』

 黒板が透けた冴島先生が僕を見る。霊体の表情は読めない。生身の人間とは存在する次元が違うからだ。

『まだ肉の中なんだ』

 そう言われた気がして、はっと振り返った。しかし誰が口にしたのかわからない。半分透けた霊体の友人たちが、僕をじっと見ている。

『君だけだよ、生きてるの』

 また声が聞こえて前を向くと、先生を含めた他の生徒も全員が僕を見ていた。

『『『恥ずかしい』』』

 僕は急いで窓から飛び降りた。

これでようやく僕もみんなの仲間入りだと喜んだ。


気が付くと、真っ暗闇だった。

体は動かず、感覚も無い。しかし、聴覚だけは元気に活動している。

「ウチは霊体になんてさせませんから」

 母の声だった。

「流行りだかなんだか知りませんが、死にたいだなんて今だけです。若気の至りですよ」

「わかりました。では延命措置は続けますので」

「お願いします。お金ならいくらでもあるので……」

 やめてくれ……僕は仲間外れになりたくないんだ……死なせてくれ……しかし僕の声は届かない。肉体にも霊体にも、僕の想いは伝わることはなくなった。

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みんな死んで幽体になってるのに俺だけ死んでない件について 石田徹弥 @tetsuyaishida

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