十二月二十六日、機能停止したサンタクロースを焼却処分する

石田徹弥

十二月二十六日、機能停止したサンタクロースを焼却処分する

『三番号機、スイッチ』

「了解」

 先輩の無線を受けて、僕は三番号機の始動スイッチを押した。


 天井からぶら下げられた巨大なカーゴ。ショベルカーの先端を二つ重ねた、まるで巨大な鋼鉄製のUFOキャッチャーのような装置が開き、中から何人もの人が落下する。

 下は深い二十五メートルプールのようなピットで、すでに集められた人たちが折り重なっている。

 人、と言っても人の形をしているだけでそれは人間ではない。

 見た目は五十代から六十代くらいの男性で、恰幅がいい。揃いの赤と白の服と、キャップを被っていた。

 それらは「サンタクロース」と呼ばれる、理(ことわり)の外から生まれた異質存在だった。


 カーゴに押し込められたサンタクロースは漏れなくピットに落下した。集められた彼らは、ピクリとも動かない。

クリスマスを終えたサンタクロースは、零時を過ぎると同時に活動を終了する。そして街中に散乱し、多くの業者によって回収され、ここゴミ収集所に集められる。

僕がパージのボタンを押すと、下部に空いた穴へサンタクロース達は吸い込まれ始めた。

その先に待ち受ける焼却層で処分されために。これをサンタクロースの残骸が全て処分されるまで繰り返し、大体は大晦日にようやく終了する。


 施設にチャイムが鳴った。昼休憩だ。休憩室に手製の弁当を持って入ると、すでに多くの従業員が雑談とともに昼食を楽しんでいた。僕も一角の席に座る。

「あいつら、年々増えるよなぁ」

 同チームの先輩が愚痴りながら僕の前に座ると、渋い顔をしながら弁当を頬張った。

「そうですね。景気が悪くなると、求める品の質は相対的に上がっていきますね」

「お前は若いのに、本当に堅苦しいなぁ。国に金がねぇから、子供は高くて良いものをねだる。そういうこったろ」

「すいません」

 僕は笑って答えると自分の弁当を開き、箸をつけた。業務スーパーで買った五百グラム四百九十八円の鶏のから揚げと、白米のみ。白米は実家から送られてくるのでタダだ。

 質素というより質素すぎる弁当。嫁は「もう少し栄養のあるもの入れるけど」と心配そうに言ってくれたが、断った。今は我慢の時期だし、これくらい苦ではない。


 休憩室に備え付けられたテレビではワイドショーが流れていた。

『恐怖、十二月二十六日なのに動くサンタクロース‼』と、おどろおどろしいフォントで書かれたタイトルが画面に広がると、クリスマスを過ぎても生きているサンタクロースを見たという証言者のインタビューが流れ始めた。

『どうしてクリスマスを過ぎても動けるのかは、いまだ判明しておらず……』

「おい、チャンネル変えてくれ」

 先輩がテレビの近くの従業員に言うと、テレビは競馬中継に切り替わった。ちょうどパドックに馬が吸い込まれていくタイミングだった。

「収支はマイナスだからよぉ。頼むぜほんと」

 先輩だけじゃなく、他の従業員もみな、テレビに視線を集中した。


 僕は最後の米粒を飲み込むと自分の弁当をしまい、休憩室を後にした。ロッカーに弁当箱を入れ、廊下奥の自動販売機へ向かう。今日はちょうど、ジュースを飲んでいいと自分で決めた日だったからだ。二百三十円を入れると、購入ボタンが光った。迷うことはない。好物のコカ・コーラを購入した。

 今日は天気がいい。屋上で残りの休憩時間を過ごそう。そう思って廊下を歩くと、ふと何かが目の端で動いたような気がして足を止めた。視線を向けると、窓の向こうに五番機が見えた。

 何も動いていない。休憩中の焼却施設は静かで、凍り付いた世界のように静止している。気のせいだ。そう思って僕は屋上へ向かおうとした。


 その時、ピットに集められた大量のサンタクロースの一人の手が、ピクリと動いた。

 僕は周りを見渡した。誰もいない。従業員たちはレースが始まったらしく、興奮の声を上げている。

 僕はヘルメットをかぶると、五番機室の中に入り、ピットに近づいた。

 何十人と積み重なったサンタクロースの残骸の中、一人のサンタクロースが僕に気がつき、わずかながら動いた。

 僕はピットの中に降り立つと、サンタクロースの残骸をかき分け、その動くサンタクロースに近寄った。


 サンタクロースは僕に気が付くと、小さく口を開けた。

「クリスマスは……終わったのか」

「そうです」

 僕がそう答えると、サンタクロースは涙を流し、「すまない」と呟いた。

 僕はコーラの缶を開けると、サンタクロースに差し出した。彼はその行為に驚いたように、じっと缶を見つめていたが、やがて震える手で受け取って、口をつけた。

「美味い。初めて飲んだよ。ありがとう」

 そして缶を僕に戻すと、ポケットからなにかを取り出した。

 それは小さなプレゼントの箱のようだった。

「あと一つ、渡せてない」

「渡す相手は?」

「誰でもいいんだ。子供だったら、誰でも」

 サンタクロースは僕を見つめた。そして、その小さなプレゼントの箱を僕に差し向けた。

「頼めるかね」

 僕は少し迷ったが、頷いた。それを見たサンタクロースはわずかに微笑んだ。


 チャイムが鳴った。休憩時間は終わった。

 サンタクロースを見ると、もう動かなかった。

 ピットから出ると、従業員たちがレース結果に文句を言いながら作業に戻っていくところだった。どうやら今日のレースは大荒れだったようだ。

 僕も自分の三号機に戻った。

「やっぱ大穴狙いが最後に勝つのよ」

 先輩は大きく笑った。どうやらレースに勝ったようだ。

「そういや、お前子供生まれたんだってな。祝い金出してやろうか」

 機嫌のよい先輩。

 しかし僕は首を振った。

「お気持ちだけで十分です」

 先輩は「あぁそうかい」と言って、すぐに鼻歌を歌いながら作業に戻った。

 僕は先ほど受け取った小さな包みをポケットに入れると、エンジンに火を入れた。

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十二月二十六日、機能停止したサンタクロースを焼却処分する 石田徹弥 @tetsuyaishida

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