第4話 守るべきもの

 作戦がスタートして20分ほどすると、遠くで散発的な砲声が聞こえた。


 大きな音は大砲や迫撃砲の爆発音だと分かるが、それが敵のものか味方のものか分からない。接近戦だ。


 無線機の前ではスミレが各部隊の戦況を聞いていた。


「うまく懐に飛び込んだようです」


 スミレが緊張の上にも微笑んだ。




 しばらくすると2台のトラックが現れ、バリケードの前で停まった。


 降りてきたのは反政府軍兵士。想定外の展開だった。


「裏をかかれた……」


 ミネルバは全滅を覚悟し、拳を握る。その時、外でビリーの声がした。


「ファイア!」


 ――ドドドドド――


 第3小隊の重機関銃が火を噴く。


 彼に賭けるしかない、と思った。


 敵は負傷者を残して後退するが、……ヅォーン……爆音がし、建物が揺れた。ロケット弾で機関銃陣地は沈黙させられた。


 散発的な小銃の銃声の後、静寂が訪れる。


 外を走る影は、反政府軍の兵士のものだけだった。


 みんな死んだのか?……腰が砕けて座り込んだ。ミネルバは絶望の淵にあった。


 ドアが開き、自動小銃を構えた反政府軍兵士が姿を見せる。


 指揮官らしい大男が「動くな」と英語で言った。


「私がこの革命軍第1師団司令官、ビクーロ・アシンだ」


 彼は、ミネルバの胸ぐらをつかんで立たせると笑みを浮かべた。


 スミレが反射的に銃をぬく。


「止めなさい」


 言い終る前に、兵士がスミレを撃った。華奢きゃしゃな身体に点々と穴が開く。


「なんてこと……」


 倒れたスミレが赤く染まった。


 介抱しようとすると、ビクーロに襟首をつかまれた。力では全く敵わない。


「この国では、女は男の言うことに従うものだ」


 ビクーロが部族長の象徴であるナイフを抜き、ミネルバの首筋に当てた。それをくるりと回し、切っ先を下に向けて軍服を切り裂く。


「女は、裸でいい」


 ビクーロがミネルバの胸元に視線を走らせて笑った。


 屈辱、……思わず唇を噛み、血を味わう。


 ――パンパンパン――


 突然、銃声が鳴り響き、ビクーロを守っていた兵士が倒れた。


 振り返ったビクーロが眼をむいた。


「ビリー、ナゼ……?」


 ――パーンー!――


 傷だらけのビリーが放った銃弾はビクーロのひたいを撃ちぬいた。


「どうして殺した」


 彼から聞き出せる情報があるはずだった。


「生かしておいたら、また軍を組織する」


「我々は法と秩序を……」


 ミネルバは、言いかけて止めた。この地でそれを言うのは早すぎるような気がするし、ビリーとスミレの傷の方が気になった。


 スミレは息絶えていた。


 基地周辺に銃声が集まってくる。世界をひっくり返すような閃光と爆音。反政府軍のトラックが吹き飛び、兵士が逃げ惑う。


 自衛隊の装甲車と高機動車が姿を見せた。破壊されたのだろう。旗を掲げた施設作業車の姿はない。


「まさか……、勝ったのか?」


 車両のヘッドライトにビリーが目を細める。


「勝ったのね」


 ミネルバは嬉しさのあまり、胸元をはだけたまま外へ飛び出した。硝煙の臭いで息がつまる。


 車両の装甲板には無数の弾痕があり、車を降りた野口も額と腹から血を流していた。


「傷が……」


 介抱しようとすると、野口に手を払われる。


 彼は目の前を通り過ぎ、銃口をビリーに向けた。


 硬直するビリー。


「どういうこと?」


 状況が理解できない。


「途中で、人を拾った」


 野口が言った。


 装甲車の後部ハッチが開き、タンカが運び出された。そこに寝かされていたのは血の気のない顔のベティーだった。


「小隊長が……私を撃ち、……運んだ弾薬も敵に……渡った」


 瀕死ひんしの彼女の目が怒りに燃えていた。


 ミネルバはビリーを拘束した。


「取引相手のビクーロを殺したのは、生き証人の抹殺か?」


 追及すると彼の顔が歪む。


「守るべきものがあると、気付いたからだ」


 彼が寂し気に笑った。


 それが私だとでも言うつもりか? 迷惑だ。


「何故、横流しなど?」


「決まっている、金さ。武器や装備、一切合切を売って、軍など、辞めてやるつもりだった」


「それなら、どうして戻ってきた?」


「……一人じゃ寂しいじゃないか」


 ミネルバの追及に彼の顔が歪む。瞳に狂気が宿っていた。


「ふざけるな!」


 ミネルバは全力でビリーの頬を打った。……皆、孤独や不安、恐怖と闘っているではないか、と魂が叫ぶ。それは胸の中にできた大きな空洞で反響した。


 ふざけるな!




 次々と生き残った隊員が帰還したが、ミネルバは喜べなかった。隊員の半数が死傷していたからだ。その一因に裏切り者の存在がある。


 夜のジャングルに灼熱の雨が降る。


 喫煙所に野口の影があった。


 ミネルバはそこへ足を運び、真新しい制服のポケットをまさぐる。タバコはなかった。数時間前、それを投げ捨てたのを思い出した。


「良かったらしゃぶるといい」


「ありがとう、ノグチ」


 彼が差し出したものを口に含む。


「リスタートだ」


 彼が言った。


「そうだね」


 日本の梅干しはとても酸っぱかった。胸の空洞が涙で埋まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏切り 明日乃たまご @tamago-asuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画