第3話 襲撃

「第3小隊から急報です」


 喫煙室に飛び込んできたのは通信担当のスミレだった。


「何があった?」


 ミネルバは打たれたように動き出して指令室に向かう。野口が後にいた。


「ミサイル攻撃、3番機が墜落」


 歩きながらスミレが報告する。


 指令室に飛び込むと無線機のマイクを取った。


「ビリー、詳細を」


『反政府軍の大部隊を発見。戦車もいる。1610時に地対空誘導弾攻撃あり。3番機がロシアのイグラミサイルで落とされた。2番機も被弾』


「ビリーは……。1番機は?」


『俺は大丈夫だが、ベティーがやられた。基地までは持ちそうにない』


 ドーン、ドーン……建物の背後で続けざまに爆発音があり、建物が揺れた。同時に無線の音声と照明が消える。発電機と衛星通信アンテナが爆破されたのだ。


「何があった。エイダ、状況を!」


 防備任務にある第2小隊に報告を求める。


『基地周辺に敵影なし。ミサイル、ロケット砲の着弾も認めない』


 エイダの声は冷静だ。


 野口が休憩中の部隊に引き上げを命じる。


『時限式の爆発物でした』


 発電機を確認した整備兵から報告があがる。


「計画的ね」


 ミネルバは無意識に爪を噛む。


 第2小隊の斥候が偵察用ドローンを飛ばし、南北の10キロほど離れた地点で重火器を積んだトラックを発見した。


 街の住人の姿がないのも確認された。それは反政府軍が大規模な攻撃を仕掛けてくるということだ。


『トラックに積んだ武器の量からして、それぞれの地点の兵力は50名前後。おそらくビリーが見たのが本隊で、こっちの部隊は先遣隊です』


 エイダの声が緊張していた。


「ヤバイわ。道路を封鎖され衛星回線を遮断された。ヘリもない。完全に孤立したということね」


 ミネルバは地図上のヘリの飛行ルートに視線を落とし、攻撃を受けた場所についた赤い×印をにらみつける。そこから戦車が到着したら全滅だ。


「来る」


 総攻撃があると判断した。


「反政府軍がここを狙っているのだとしても、本体と先遣隊の合流には2時間以上かかるだろう」


 戻ったばかりのグリゴリーの声がのんきそうなので、ミネルバは皮肉を言う。


「街から人が消えたのに気付かなかったの?」


「どこか別の場所で祭りの準備でもしていると思ったのだ」


 悪びれた様子がない。


 ロシア兵は総攻撃の計画を察知していたのではないかと怪しんだ。政府軍の武器が中国製なら、反政府軍の武器はロシア製のことが多い。グリゴリーは反政府軍と通じている可能性がある。


「暑いな」


 暗がりの中でグリゴリーがぼやく。


「発電機が壊されたのでは仕方がないだろう。エアコンのありがたさが分かるというものだ。この調子では今夜は眠れそうにない」


 指令室のドアが開き、ビリーが無傷の姿を見せた。


「ビリー無事だったのね。音がしなかったけれど、ヘリは?」


 久しぶりの朗報に顔がほころぶ。


「5キロほど北で不時着した。生き残ったのは俺だけだ」


「目視した反政府軍の状況を教えて」


「敵の主力は戦車1両、装甲車5両。他に小型トラックが10数台もいたか……」


「南側からも同等の兵力があると想定すべきですね」


 話を聞いていた野口が付け加えた。


「そんなに……」


 対抗する術が思い当たらず沈黙する。頭がぐらぐらと揺れるような感覚があった。


「陣の構築をするか……」


 グリゴリーが要塞好きのロシア人らしく立ちあがる。


「包囲されて攻撃が始まったら、全滅は必至です。こちらの兵力はロシアと英国を合わせても50名。敵の5分の1から10分の1程度です」


 ロシア軍は独立した陣地を築き、高みの見物をしようとしているのだと考えた。


「籠って全滅するくらいなら、打って出ましょう」


 野口が提案した。


「それは無茶だ」


 グリゴリーが口元をゆがめて笑った。


「小部隊なら、包囲網を突破することができる」


「施設部隊が、笑わせてくれるな。第一、自衛隊は戦闘ができないのだろう?」


「日本の法律も変わりましたよ。とにかく話を聞いてくれ。PKFは積極的に攻撃しないという常識がある。そこに敵は安住している。その常識を破ることが心理的な打撃になる。もう一つは、こちらには援軍があると思い込ませることだ」


「よく分からないけれど、ノグチの作戦に賭けるわ」


 ミネルバは決断した。そうすべきだと直感が言うからだ。


「ノグチ、作戦を説明して」


「では、……第1小隊は北に向かい、北部先遣隊を突破後も北進。戦車を要する本体の背後もしくは側面に回って攻撃を開始。我々は本部旗を掲げて20分後に発進。第Ⅰ小隊の追撃に入る北部先遣隊をたたく。……第2小隊は南に向かい南部先遣隊を牽制。敵の壊滅を考えることはない。敵がいなければ、あるいは動かなければ反転、北の本隊に向かって援軍と誤認させる」


 野口が第1小隊と第2小隊を分けて時差を作ったのは、彼もロシア軍が裏切っていると考えているからだろう。とはいえ……。


「そんなことをしたら、本部旗を掲げた自衛隊に攻撃が集中するのでは?」


 不安を口にした。


「敵の意識が本部旗に向けば、各小隊が働きやすくなる。第1小隊が突っ込んだら敵のいくらかは追撃しようとするでしょう。そこに我々が行けば挟み撃ちの形になる。……敵は数を頼む素人。挟み撃ちを恐れて逃げ出すはずです。少佐は心配しないで、ここで待っていてください」


「待つ?」


「我々に意識が向けば、空家への攻撃はないはずです」


「俺たちはどうするね?」


 ビリーが訊いた。


「第3小隊は、ここで基地を守ってください。万が一ということがある」


「了解。それじゃ俺たちのカールグスタフ砲をありったけ持って行け。施設部隊には装甲車を破壊できる武器がないだろう。俺たちは司令官殿を連れてジャングルに逃げ込むから必要ない」


「それは助かる」


「気にするな」


 ビリーが親指を立てた。


「この作戦は、スピードが全てだ。敵の本体と先遣隊が合流する前に先遣隊を叩かなければ意味がない。15分後には出発してほしい。よろしいか?」


「OK!」


 グリゴリーの声が一番大きかった。


「作戦、スタート」


 ミネルバの号令とともに、第1小隊は北へ、第2小隊は南へ。ありったけの車両と武器を持って走った。


 その20分後。基地の旗を施設作業車の上に掲げた自衛隊の車列が第1小隊の後を追う。


 ミネルバは指令室の窓から出ていく部隊を見送った。


 空はまだ明るかったが、街やジャングルは黒い塊に変わっていた。闇の中に各部隊のテールランプが溶けていくと心細さを覚えた。


「もし、ロシアの連中が裏切っていたら、自衛隊は全滅しますよ。頭数は似たようなものだが、兵装も実戦経験も雲泥の差だ」


 ビリーの声に、胸が締め付けられる。


「私は間違っているのか?」


 情けない質問をした。今なら、携帯無線で呼び戻すことも出来る。


「さあね。立てこもっても援軍が期待できないなら、逃げ回る方が生き残れるかもしれない」


 ビリーが言うので、呼び戻すことは止めた。


「俺は、少し休むよ」


 ビリーが出ていくと、指令室はスミレと二人きりになった。

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