4-8 血肉を分けた者の戦い④
「うるさいうるさいうるさい! お前のような人手なしの悪魔に僕たちの何が分かる!」
(ハハハ、お前に僕に怒りをぶつける資格があるの? 思い出したよ。すっごい思い出した。僕はお前を支配するまで、ずっとお前を見てたけど。ずいぶんお楽しみだったじゃないか。喜んで肉欲に溺れていたのは誰だったかな? ぜんぶ僕のせいにするなんて都合良すぎはしないかい?)
「黙れ黙れ黙れ!」
僅かな時間で形勢は一方的なものになった。癇癪を起こして喚き出すタツヤ(頭)を、タツヤ(体)が嘲るという構図が出来上がってしまっている。
タツヤ(体)は自分の頭に対してだけは、雄弁とまではいかないが、多弁になり、的確に弱点を攻めているようだった。
そもそも乗っ取られるぐらいだから、対決する前から力関係は決まっていたのかもしれない。長年の支配でタツヤ(頭)の性格は熟知され、きっと正気に戻る為に逆らおうとしても論破され続けてきたのだろう。
「黙れ! どんな事があっても彼女は、–––彼女だけは僕を信じてくれる! 彼女はこの家で一緒に過ごした間、ずっと言い続けてくれたんだ。愛していると。だから僕はお前の言葉になんて、もう惑わされない。お前に僕たちを引き離せない!」
(そんな健気な幼馴染ちゃんをずっと裏切ってきたのは誰だと思う? 他でもないお前だよ。僕はしっかり見ていたよ)
「‥違う! 僕はそんな!」
(酷いよね。幼馴染ちゃんには一途さを要求して、我慢をさせるだけ我慢させて。お前は弱っちくて情けなくても許されて。何か辛いことがあると、すぐに泣き言を言って裏切るんだから)
「‥それは」
⚪︎
あっという間に大勢は決した。
これはもうダメだな、というのがケンヂの正直な感想だった。
タツヤの体はバカだが、頭の方はそれに負けるような奴だった。
せめてサクラコが正気であれば、彼女の励まし一つで話が変わってくるのだが‥‥。
ケンヂは、ちらりとサクラコを見るが彼女はさらに状態が悪化したようで自分の腕の肉を引きちぎり出している。
やっぱり、もうダメだ。
あの頭は、自分の体に勝てない。
だとしたら、こんな意味のないことを喋っていてもしょうがないだろう。もう、さっさっと爆弾のスイッチを押せよと、ケンヂは思った。
スイッチ、あるんだよな?
⚪︎
(ハーイ、自業自得でした。ホラ、もういいだろ? お前は昔からガキだよね。成長しない空っぽ頭って言うの? 身体だけ大人になっちゃってさ。あ、大人なのは僕ね。じゃあさ、もういいからさ。お前から、こっちに来いよ。意気地ないのに爆弾なんてやめとけって。死んだらつまんないよね? 楽しもうよ。ずっと一緒に楽しんできたのに何でいきなりそんな事を言い出しちゃったのかな?」
「僕は、‥お前なんかに‥! ‥‥屈しない!」
(来いよ。またお前を楽しませてやるからさ。僕がお前を使ってやるからさ。ハハハ、下半身にコキ使われる頭とか滑稽だね。アハ、言っちゃった)
「うるさい。‥彼女だけでいいんだ」
(‥‥‥あー、そうだった。さっきので分かっちゃったんだ。お前がまた大人しくなる方法を。あの三つのルールだよね)
「僕は、‥‥‥彼女を愛してるんだ‥! それが今の僕のすべてだ」
(愛してなんかないさ。嘘つけよ。あの街にいた時も。僕が999人の女の子を抱いている間も。お前は随分楽しそうだったじゃないか。本当に何なんだい? いきなりそんな事言い出しちゃって? 今さら全部僕のせいにしていい子ちゃんぶったってしょうがないじゃん)
どんどんとタツヤ(頭)は追い込まれてゆく。
このタイプは正常な精神状態であり、自分の正しいことに疑いを持っていなければ、攻めるに滅法強い。
反面、脛に傷があり、それを指摘されるような状況になると脆い。
主権を奪う前は、長らく潜伏して機会を伺っていたはずのタツヤ(体)である。弱みは多く握っていることだろう。言われていることは、凡そは本当の事なのだろう。
だとしたら
だからこそ、この論戦の最初に自分が行った事をすべてを体のせいにのように言って、無自覚に押し付けようとしていたのかもしれない。
(あーあ、面倒臭くなっちゃったな〜。これからは金で女を買うし、女の魂が抜けるまで何度だって抱いてやろう。無理矢理だって構わないよね?)
「やめろ!」
(あ、そうか。お金は逆だったか。貰っちゃいけないのか。上京してすぐに出会った僕をお金で自由にしようとしたあのおばさん覚えてる? 服をくれて、マンションをくれて、会社も、旦那も、子供も、全部くれて、アハハ、死んじゃった)
「‥覚えてない。違う、あれは、‥僕のせいじゃない」
(僕が抱きすぎると死んじゃう子がいるの、アレ、何なんだろうね? で、だから1000人斬りをやらして、お前が
「‥やめてくれ!」
(あー、自由だよ。こんなにも自由になっちゃった。あ、だったら、おじさん、壊しちゃもったないなかったな。アレは使えたのに)
タツヤの頭はもはや完全にやり込められ、反論できなくなっている。
さらにおちょくられながら嬲られる。
(ん〜〜。いま何て言った? –––えっ、そうなの? そうなんだ? –––ジャジャーン。たった今、お前の心の声を聞いてあげました。もうボクちん泣きたくなっちゃったから、幼馴染ちゃんを抱いて甘えたいってね)
⚪︎
(なあ、お前だって、本心ではその女に対して空虚な言葉だけで愛しても満足してないはずさ。お前が満足するものをこっちが持っている。なあコレを使いたいだろう? お前も久しぶりにコイツを使えばいい。‥‥もういいだろ? もったいぶってないで、もうその女を抱こうぜ)
コレとはペニスのことである。タツヤの体は自分が持っているソレを強調する。
(‥‥お前はさ。都合よく僕に押し付けたいみたいだけど、無理なんじゃないの? だって、僕はお前で、お前は僕なんだから。それにあの時のこともすっかり僕に押し付けて覚えてもないんだね。‥‥ほら、思い出しなよ。あの街でのことを。高校の頃だよ。あの時、退学を告げられて、みんなに責め立てられて、ガタガタ震えていたよね。思い出せよ。僕がお前に代わって上げたあの瞬間をさ)
「僕は、僕は、‥僕は!」
(なあ、空っぽ頭。お前は黙って自分の下半身に従えばいいんだよ。逆らおうなんて甘いんだよ。大した事ないよ。お前の魂なんてさ)
「あ‥‥あ、あ‥‥」
(‥‥‥もう一押しか。しょうがないな)
そう言うとタツヤの体は呻いているサクラコに向かって両手を手を広げる。そして、こう呼びかけた。
(おーいで。愛してあげるよ)
それは頭が付いていた百戦錬磨のナンパ師だった頃のタツヤが、甘美な性愛で女性を骨抜きにした後、さらに肉欲に誘う時にベットの上でよく言っていた台詞だった。
その甘く囁くような言葉に、それまで自分の腕の肉を噛みちぎっていたサクラコが反応する。
「う‥あ‥‥‥。タツヤ‥?」
理性をほぼ失っていたサクラコはこの時、幻視を見た。
これまでポンコツ三昧を繰り返したきた首のない怪物が、この一瞬だけは魔性を回復したのか、別人の頭が置かれているはずのその場所に、美しいタツヤの顔を見せたのだ。
その微笑みは、すべての女を虜にする。
その甘い香りは幾人もの女性の魂を食べ尽くし失わせてきた。
それは肉欲に誘惑する者。堕落させる者。–––美しい悪魔の顔だった。
サクラコはヨロヨロと、タツヤの体に近づいてゆく。
微笑みさえ浮かべて。
「‥待て、…‥待ってくれ、サクラコ‥!」
タツヤの頭は泣き咽びサクラコを呼び止める。さながら恋人に捨てられた哀れな男のようにだ。
「‥‥お願いだ。‥行かないで、サクラコ‥‥」
彼は恋人の名を呼ぶ。しかしその声はあまりにも弱々しかった。
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