4-9 君に首ったけ①
タツヤ(頭)が絶体絶命のピンチになったその時、ケンヂが口を開いた。
「おい、タツヤ!」
ケンヂがここで会話に割って入ってくる。
途端、サクラコが見ていた幻視は消え去り、タツヤと思われていた顔がケンヂの顔へと変わる。同時に彼女の歩んでいた足も止まった。
(なんだい?)
ケンヂの呼びかけに体の方のタツヤだけが呼び声に答える。先ほどと違い、頭の方のタツヤは沈黙してしまっている。
「お前じゃねぇ! チンカスのクソ化け物! 呼んだのはお前だ、お前! 返事しろ! タツヤ!」
さらにケンヂが強く呼びかける。頭の方のタツヤにだ。
「僕は‥‥、何だったんだ? こんな人生ありえないよ。‥酷いよ、酷い。あんまりじゃないか。僕はもう自分さえ取り戻せないのか」
タツヤはケンヂの呼び声に答えず、茫然自失の体で独り言を呟いている。
「うるせえ。しょげんな! こっち向け。話を聞け。タツヤ!」
ようやくタツヤはケンヂの方を向く。ケンヂはもう首なしの化け物をタツヤと呼ばなくなっていた。
⚪︎
「お前、この余興は何だ? 何を待っているんだ? こんな言い争いしてても意味ないだろ? 何もないなら、さっさっと起爆ボタンを押せよ」
とにかく冷静になって欲しかった。意味のない口論をしかけて、落ち込んで怪物を殺し損ねるなんて事になったら洒落にならない。
とうの昔にケンヂは覚悟を決めている。自分の下にいる怪物さえ始末できれば思い残すことなどないのだ。
「僕は‥‥、どうしたかったんだ?」
タツヤは気力を失った様子でポツリとこぼす。
こっちが聞きたいよ、とケンヂは思ったが、
「俺にはお前が
というケンヂの言葉にタツヤは答えない。
先ほど一言呟いた後、タツヤは考え込むように身動きをしなくなっていた。
「なあ、落ち込むなよ。これって今、重要か? こんなヤツを論破したからって何になるんだよ。もういいだろ? マジでしっかりしてくれよ」
何かを考え込んでいるところからして意思は感じられるが、タツヤはまだ呼びかけに答えない。
ケンヂとしてはやるべき事をやってくれればそれでいいんだが、気持ちの弱い人間は、土壇場で自分の役割を放棄して勝手に自滅するパターンがある。このままリタイヤしないか不安が大きくなる。
ユリナの件もあって、正直好きな奴ではなかったが、タツヤとじっくり話し合うしかないと思った。
「‥‥見てて分かったよ。確かにお前はずっと支配されてきた自由じゃない奴なんだってな。身体的な不自由じゃなくて、精神が囚われているんだ。お前はコイツに弱みを握られすぎている。負け癖がついてる。はっきり言って、勝てないよ。なあ、もういいだろ? 起爆しろよ。協力しろって言うなら協力するし、もし何か手順があるなら、お前の指示に従って動くよ。こっちはとっくに覚悟できているからさ」
ケンヂ戦意喪失しているタツヤに決断を急かす。
しかしタツヤは答えない。動いてくれない。ケンヂはもう泣きたかった。
このタツヤという男は、頭も性格も悪くはないのだろうがメンタルは弱い。なんというか本当に頼りのない優男だ。
出鼻は果敢に攻めて、怪物に挑んだつもりだったのかもしれないが、簡単に返り討ちにあった。
ケンヂにはその理由がすぐに分かった。
–––こいつはケンカ慣れしてないんだ。もしくは、まともに競ったり、戦った事がないんじゃないか?
タツヤは感情的になって喚けば理不尽な相手にも話が通じると言うような喧嘩の仕方で、お人よしで考えが甘い。
今までの人生でそういう人間はいくらか見てきた。今から自分を食おうとしている狼に泣き落としで難を逃れようとする人間だ。
狼に弱みや傷口を見せれば、喜んでその急所をえぐってくるだけだ。死にたくなければ逃げる一択だし、立ち向かって戦うならば、相手の言い分など一切聞かず、叩きのめす覚悟が必要だ。
多分、顔が良かっただけに、タツヤの人生では色々なことが争う必要もなく免除されていたのだろう。ないし、周りの妬みは多かった事だろうから、なるべく敵を作らないように事勿れ主義で振る舞っていたのかもしれない。元々、性格も優しいのだろう。明らかに喧嘩ができないタイプだ。
しかし、この土壇場でそれでは困るんだ。戦ってもらわなければ。
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