4-7 血肉を分けた者の戦い③


「お前ら一旦ちょっと待て。おい、タツヤ」


 と今まで黙っていたケンヂが二人の会話に割り込む。


「なんだ?」

 (なに?)


 二人同時に返事がかえってくる。ケンヂは「違うお前じゃない」と頭の方のタツヤに言ってから、体の方のタツヤに向かって言う。


「お前、1000人目の愛してるとか言っていたな。じゃあ、‥444人目の女を覚えているか?」


 (え、なになに、覚えてないよ。ああそうか。お前には僕のコレクションを見せていなかったね。いいよ、見せてあげるよ。本当は愛した女の子にしか見せないんだよ)


 そう言うとタツヤはスマホを開く、そしてメモ帳に書かれている文字をケンヂに見せて、指でスクロールしてゆく。


 (あった。これだね。444番目の愛しているは『花屋の泣き虫っ子。白百合ちゃん』。あ、写真もあるよ。あー、思い出した。しつこかった子だ。泣いちゃってね。僕はすぐに次があるのに。困るよね、こういう我儘な子。添付している写真もあるよ。見る?)


「ユリナ‥」とケンヂは呟く、写真には頭の付いたタツヤに裸で肩を抱かれて幸せそうに笑うアヤがいた。

 ケンヂの驚愕した顔を見て、頭の方のタツヤは察し、鎮痛な面持ちで目を背ける。


 (アレーーー? もしかして、もしかしちゃった。この子、お前の兄弟? あ、もしかして彼女かな? ハハハ、勝っちゃったよ。僕はお前に勝っちゃった)


 ケンヂはショックを受けたが、すぐに気を取り直した。命の危険を感じたのだ。自分の命は不本意ながら怪物の手の中にある。コイツはナンパの技術や失敗を侮辱されたことを怒って、次のナンパが成功するまでの間、よく分からないプライドを理由に自分の命を見逃しているだけだ。だから怪物の基準でその条件がクリアになればすぐに殺されるだろう。



          ⚪︎



「ごめん。僕が壊してしまった女の子だ。覚えているよ。僕はその子のことを‥」

 

 タツヤ(頭)が、ケンヂにすまなそうに謝る。

 

 (そうだよ444人目のユリナちゃん‥だっけ? ユリナちゃんは可愛かったね。僕らが愛して幸せにした女の子だよ。どれだけ抱いたかな〜。もう覚えてないくらいだよ)


 タツヤの体はここぞとばかりに勝ち誇りケンヂをおちょくってくる。殺す前に彼の気力を喪失させてあざけけようと言うのだろう。

 しかしそれは逆効果だった。ケンヂには燃え上がるような闘争心が宿っていた。

 ケンヂは思う。–––お前か。お前だったのか。ユリナを踏み躙ったのは! ‥‥このクソ野郎。ふざけんなよ。だったら、なんとしでもこの化け物に一矢を報いてやる!


「‥おい、コノヤロー。ふざけんじゃねぇ! あいつを自分のものみたいに言ってんじゃねぇ! あいつは俺の女だ!」


 ケンヂはブチ切れて、吠えかかった。正直のところ写真で見たユリナの笑顔が自分が見たことのないような幸せに満ち溢れたものだったので、ダメージは大きく、かなりショックを受けていた。

 頭と胴が繋がっていたあの頃に聞かされたら、落ち込んだり、喚いたりしていたかもしれない。別れるつもりはないのに、グダグダと女々しく彼女を責め立てていたかもしれない。

 だが、今はそれどころではない。感傷的になって甘ったれている暇などない。

 言いたいことがあっても、男としてグッと感情を飲み込まなければいけない時だ。

 負けてやるものかと思った。

 こいつにマウントを取られることを許す事は、恋人を奪われることと同義だ。

 ならば誇ってやると思った。

 ユリナと過ごしていた時間は決して短くない。彼女が自分だけに見せてくれた微笑みも、遜色なく美しいものだと知っている。


「勘違いしてんじゃねぇ! ユリナはお前みたいなクソ汚いチンカス野郎は二度と見たくないって言ったぜ。それにな、誰一人だってお前の女じゃねぇんだ! 傷つけるばっかりで壊すような奴が何が愛しただ。我が物顔してんじゃねぇ! 頭がなくちゃ何もできない奴が調子に乗んな。クソ化け物。死ね!」


 そう叫び、タツヤの体を激しく弾劾して、お前にはまだ負けていないと主張する。


「それにお前もだ。あいつは俺の女だ。勘違いするんじゃねぇ!」


 続けて頭の方のタツヤにもケンヂは言い放った。

 タツヤ(頭)は驚いた顔をしている。


 (あ、そ。なんだっていいや。お前は1000人目の愛してるの後、すぐに殺すからね。そうだ。1000人目の愛しているのコレクション名は、『幼馴染のゾンビ子ちゃん』にしよう)


「はっ? 何言ってんだ? 二度と書けねーよ。オメーは馬鹿すぎてナンパなんてできねーんだよ。はっきり言われなきゃ分かんねーのか? あー、そうか。脳みそ、ねー奴には分かんねーよな。わりぃわりぃ、馬鹿に馬鹿って言っちまって。お前よ、いい加減気づけよ。実力なんて欠片もないんだから、何を頭に乗っけても同じだろ。いっそカボチャでも頭に乗っけてナンパしろよ、バカ」


 (‥‥‥‥‥‥え?)


 ケンヂの煽りに、タツヤ(体)はしばし呆然とする。


「‥‥あー、あーーー! 444人目のユリナちゃん、可愛かったな! すっごく抱き心地が良かったよ! うん、そうだ。真っ二つにしたお前の頭をぶら下げて、もう一度、ユリナちゃんを抱きに行こう。そうしよう!)


 思考停止の後、ケンヂの煽りに乗っかって、タツヤ(体)は明らかに動揺して苛立った様子を見せる。そして悔し紛れの放言を言い出した。ケンヂはその様子を見て、さらに叩きのめしてやろうと、口の中に吐き出す罵倒を用意したが、


「お前‥! また酷いことを」


 タツヤの頭が話に入ってきて、その勢いを止めてしまった。彼は真摯な態度でタツヤ(体)に非難を始める。

 せっかく優勢に話を進められていたのに、状況判断ができておらず、ここでこうした態度をとってしまうと、攻勢の流れが止まってしまう。

 やり込める為には、あくまでも効いていないアピールをするべきだった。タツヤ(頭)の発言は、ケンヂに同情するもので(人としては正しいが)、それは相手タツヤの体の口撃が有効だった事を示す事になってしまう。

 彼がここで割って入って来なければ、続けてケンヂが煽り散らかし、さらに面白いものが見れたに違いない。


 (うん? なんだいなんだい? ユリナちゃんはね〜。僕のことすっごい愛してるって言ってたんだよ。僕がもう一度抱けば、お前なんか忘れられちゃうよ〜)


「やめろ! 人を傷つけて申し訳ないと思わないのか。お前のせいでどれだけの人が苦しんだか‥」


 などとタツヤ(頭)が憤慨して非難を続けようとする。


 (あー、もう、そう言うのはいいから、お前、早く戻ってこいよ。お前がいると何でも顔パスだから、やっぱり便利でいいや。ホラ、また使ってやるよ)


 ケンヂにやり込められて苛ついていたタツヤ(体)は、矛先を変え、タツヤ(頭)にあからさまに当たり出す。


「なにを言っている。‥‥何が使ってやるだ! この野郎!」


 その怒りを見て、タツヤ(体)は喜色満面に笑った。

 そして、ケンヂへの口撃はやめて、こっちタツヤの頭の弱い方へ明確に矛先を変えた。

 また一言、タツヤ(体)が挑発するような事を言うと、タツヤ(頭)はヒステリックに叫ぶ。


 この一部始終を見て、ケンヂは思った。


 –––ヤバいぞ。こいつタツヤの頭メンタル弱くないか?


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