第三幕 死者の王国
3-1 死者の王国
ここは東京某所のホストクラブ『キングダム』。キングダムは業界内では中堅規模の店舗だが、大きな売りがある。
多くのクラブのようにビルのテナント内に居を構えるのでなく、店の建物は繁華街の中心から外れるが独立しており、VIP客を送迎するための専用の車まで持っている。敷地も広く、設備に関しては恵まれ、客が入りやすい動線さえ確立されれば急激に伸びる可能性のある環境にあった。
地理的な部分や、従業員の数や質で、東京中心部にあるクラブよりも遅れを取っていたが、しかしここに来て、現在キングダムでは従業員スタッフが爆発的に増え、店舗内に大勢の新参のホストたちが渋滞している。
けして狭くはない店舗に、歌舞伎町にあるビッククラブにさえ抱えきれないような綺羅星の如くのタレント性を持った面子を揃えながらも、しかし今のところ来店されたお客様はゼロである。
それもその筈、この2ヶ月ほど、ずっと、店舗の正門はCLOSEにされたまま一度も開かれていない。
キングダムのホームページも正門が閉ざされた同時期から更新が止まっており、リニューアルオープンの準備のための告知がなされたままだった。
⚪︎
キングダムの店内は二ヶ月前とは様変わりし、店内には所狭しと生首が並べられている。いったい幾つの首がここにあるのだろうか。ゆうに500を超える数の生首たちが、店内中に蠢いている。
彼らは一様に「アー」とか「ウー」とか言っていた。
そんな騒がしい店内で、話し込む三つの古参の生首があった。
「ブクロのチームやったの俺だからよ。これで113人目だな。俺がトップだ」
池袋を拠点としていたチーム22人をタツヤに殺害させるように仕向けたのはキョウヤだった。スコア100を越えていた二人を抜き去り、これで一気に彼がNo.1に返り咲く事になる。
「‥‥ふざけんなふざけんなふざけんな。‥‥キョウヤ〜。認めねーんだよ〜。ふざけんなふざけんな‥。だったら、‥何で、オメーはよ。‥‥首をよ〜‥。二つしか持って帰ってきて‥‥–––––ねーんだよ!」
最初は薄気味悪く小声で呟いていたリュウジは、豹変して怒鳴り声を上げる。少しテンションがおかしい。
「ヒャッハー。証拠もないないのにまたNo.1気取りですか。‥ウケケケ‥。キョウヤちゃんは本当にNo.1が好きでちゅね〜」
理性が壊れたマコトもキョウヤに敵意を見せる。
「タツヤが認めたじゃねーか。あいつらは俺がやったんだよ。本当だったらクソゴリラだけじゃなくてよ。顔を覚えているムカつく奴らのも持ってきたかったんだが、あのクソ野郎どもを壊滅させるのに大立ち回りしていたら、リュックをどこかになくしちまった。二つしか持って帰れねーんじゃしょうがねーよな」
彼はニタニタと残忍に笑い。優越感を醸し出している。表情はすっかり狂人のものだった。
だが、目だけはかつての理性の光を保っているようにも見え、目線で二人に合図を送る仕草を何度もしている。
「‥‥テメェはよ。芸能関係者になったフリしてよお〜。‥チマチマ罠にかけてりゃてよかっんだよ。‥オメーはよ〜、欲張りやがってよ〜‥」
「覚えてないのか? お前ら言っておくけどよ。アイツらは俺らが前に揉めた奴らだぜ。あの時はボコボコにされたけど。あー、気分よかったぜ」
「いーな〜。羨ましいな。俺もたくさん、た〜くさ〜ん、たーくさ〜ん、首が欲しいな〜」
タツヤがナンパの失敗帰りに、首を狩り始めてから2ヶ月ほど経ったが、警察にはまだキングダムの存在は見つかっていなかった。
進出鬼没の殺人者は警察の捜査上でも、メディアでも、さしあたり快楽殺人犯と言われていたが、まだはっきりとは不明である。テレビや誌面、街の噂では人々により犯人像に関して様々な推理がなされていた。しかしまさか真実は、動機がナンパ目的であり、ナンパを成功させるために顔が欲しいから首を狩っているなんて誰も思いつきもしないだろう。そうした動機の不明瞭さも捜査現場を混乱させた一因となっている。
加えてタツヤはあっちこっちで大きな騒ぎを起こし、その場の思いつきで誰も予測できないことをしでかすので、その奇想天外さが結果的に捜査を大混乱させた。
犯人を追跡する警察組織全体が、いまだ右往左往してしまっている状況となっており、ヤマニシが限界だと予想していた1週間を過ぎても、まだこの拠点が奇跡的に見つかっていない状況だった。
そして、この2ヶ月の間、ずっとナンパに駆り出される形となっていたキョウヤ、マコト、リュウジの三人の、あれほど固かった結束は、先ほどの言い争う様から分かるように、すっかり仲違いをしてしまっている。
彼らは度重なる殺人現場を共にしたことにより、精神に異常をきたし、狂人化してしまった。いつからか奪ってくる首を手柄のように自慢し合い、競い合うようになったのが原因であった。それはホストクラブで個人の売上を競い合っていた頃のような有様だった。
⚪︎
さて、都内を騒がしている連続猟奇殺人事件だが、殺人犯の短絡的目的の為の犠牲者はすでに1000人近くなっている。多くの犠牲者を出し、すべてではないが、かなりの数の生首がキングダムに持ち運ばれてきている。
その中には、首が繋がっている頃のタツヤ程とは言えないが、世を騒がす程の一線級の美形もおり、またタツヤをなんなくと操れるような話術や知性の高い人物の頭もあった。
それにも関わらず、まだ三人がナンパに参加するレギュラーでほぼ確定している。
お世辞にも100、300、500以上の頭を並べてランク付けをすれば、この3名はワンランクもツーランクも劣っていると言える。本来なら数が増えれば増えるほどに立場を降格させてゆく事だろう。
しかし、それでもレギュラーとして連れ出される機会が多いのには理由がある。
「タツヤくん、仕上がったこっちの新しい首だけどね。なかなかの美形だ。どうだね。入り口付近の飾りにして置いてみては?」
別室からヤマニシの声がしてタツヤが広間に出てくる。
彼はその際、床に落ちていた生首の一つに躓き蹴り飛ばしてしまう。髭面の男の生首が店内の床を転がっていく。この生首はキングダムの内勤スタッフのもので、大広間が生首で渋滞状態となったことで、家具の上に置き場所がなくなり、床に弾き出されたものだった。
「おおっと、君すまないね。タツヤくんの代わりに謝るよ。––––ん? 何だい? あ、そうそう。そこだね。タツヤくんはセンスがいいね。前に置いた三つと一緒に飾ろう。おお、いいじゃないか」
ヤマニシを頭に着けたタツヤが、両手に頭を一つずつ持ってやって来た。そして、その一つをヤマニシの指示に従い、大広間の入り口付近に置く。
この辺りにはすでに生首の先客がおり、先に置いてあった見栄えの良い顔を持つ生首と共に、新しい生首が飾られるように並んだ。もしキングダムの正門から入る者がいれば、アイドルグループが結成できそうなほどのイケメンたちが来客を迎える事になるだろう。
「それとこっちの強面の彼だけどね。あ、ちょっとゴリラに似てるね。それはキョウヤくんの前に置いておいてくれないかな?」
もう一つの首はというと、キョウヤの前に置かれる。キョウヤたちとゴリラ顔の男とは過去に因縁があった人物らしく、ギャングのチームを率いていた大層な喧嘩自慢だったらしい。
「おっさんナイス。おう、ゴリラ。昨日ぶりだな。ハハハ、お前よ。マジでいい様だな。俺らをボコった時のことを覚えてるかよ」
キョウヤは余裕たっぷりに因縁のあったその人物に語りかけている。
目の焦点が合わず、呂律も回らず、唸っているだけのその新参の首を見て、マコトとリュウジは途端に理性を取り戻したかのように喋り出した。
「あー、こいつかよ。尻軽のクソ女のせいでキレた奴か。キヒヒ」
「ダセー、死ね。歯折りやがって。テメーも糞でも食ってろ。ギャハハ」
キョウヤは一緒に笑いながら、二人の目をじっと観察していた。そして目で何かの合図を仕切りに二人に送っていたが、段々とそれがあから様のものになってくる。最初は巧妙に隠すように行っていたシグナルだったが、第三者にすぐに何かをやっている事が気づかれるほど稚拙なものになっている。
キョウヤは何度なく挑戦したようだったが、途中でやめて目を瞑る。それから彼は諦めたかのような笑みを浮かべ、二人に話しかける。
「‥リュウジ、マコト。懐かしいよな。俺たちはいつも一緒だったよな。ホストで成り上がろうって調子に乗っている時も。こいつにボコられている時も。こうしてよ、生首になった最悪の時もさ」
キョウヤの笑みは、次第に泣いているかのようなものになっている。じっと二人の目の中にあるものを見つめながら。
「死ね。死ね死ね。–––死ねがっーー、クソゴリラ!」
「ヒャッハー! (唾を吐き)ペッペッ。ゴミクズ野郎。ざまあぁぁ!」
二人は狂気乱舞してゴリラ男を煽り散らかしていた。その様を見て、キョウヤも何かを吹っ切ったかのように笑い出して、一緒になってゴリラ男を煽り出した。
ここのところ、ずっと仲違いをしていた三人は、その男を囲んで、かつてのように仲良く談笑し始めたように見えた。
三人に言いたい放題に言われているその男は、何も言い返さず言われるがままになっている。ゾンビ化はしているその生首は「アー」とか「ウー」とか言うだけで知性がほとんど感じられなかった。また、入り口付近に置かれた美貌の男たちも同じである。
そして、それはキングダムに今現在、所狭しと置かれている500以上の生首すべてが同じ状態だった。
2ヶ月の時間で、キングダムはすっかり様変わりをし、知性のない生首で溢れる化け物屋敷に変わっていた。
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