3-2 キョウヤとヤマニシ
「でよ、おっさんよ。どういう事なのよ」
昨日までにキングダムに入ってきた生首をすべてゾンビ化させ、一仕事を終えたヤマニシは、テーブルの上で
「何がだい?」
ヤマニシが聞き返す。相変わらずの柔和な応対だ。
「惚けんなよ。何で新しく入ってきた奴らはみんな知性がないんだ?」
この2ヶ月で相当数の生首がキングダムに入ってきたが、唸るだけしかできない低知能の個体が大多数だった。
覚えさせた言葉を規則性を持って喋らせたり、歌わせたりできるある程度の知能を持った個体が300体ぐらいだろうか。
そして、生前の知性をそのまま引き継いだ『知性体』の生首は、持ち運ばれた膨大な生首の総数に対して、たったの5体だけだった。
つまり初期の頃と変わらず知性体はヤマニシ、キョウヤ、マコト、リュウジ、ケンヂの5体しかいない。
ヤマニシがその答えを話そうと口を開きかけると、
「タツヤさん、俺を連れて行ってくださいよ〜」
「‥‥俺も俺も、ぶっ殺してやりますぅ〜。ぶっ殺す楽しいナンパやりましょうよ〜」
同じテーブルに置いてあったマコトとリュウジが騒ぎ出す。
二人はタツヤがナンパに出かける準備しているのを察した。タツヤがキングダムに所狭しと陳列してある生首の中から、外出時に服装を選ぶようにナンパ用に着けてゆく頭を物色している様子を見て、自分を連れてゆけと二人は大声で猛アピールしたのだった。
(えー、お前ら、役立たずじゃないか)
彼らを役立たずと断じるタツヤに、
「‥そんなのダメェ! 俺ェ俺俺をーー! 連れて行かなきゃダメェーーー! タツヤさんとナンパやりたーーい」
「タツヤさん、ヒャヒャヒャ、俺すっよ。俺と一緒に刎ねましょう。ヒャッハー!)
ただのホストだった彼らは、タツヤと幾度もナンパ(殺人)へ行くたびに人格を変えていった。彼らは完全に狂気に飲み込まれてしまっていた。
(どっちでもいいよ。どっちも使えないし)
と言いつつ、タツヤはマコトを頭に乗せて、リュウジをバックパックに入れた。
「ヒャッハー! やったぜ! キョウヤ! オメーのトップは今日までだぜ!」
「狩るぜ狩るぜ狩り尽くすぜ! ギャハハハハ!」
などとマコトとリュウジたちは煩くしながらタツヤに連れられてキングダムから出てゆく。
去り際に二人はキョウヤに対抗心を露わにして、お前よりも首を狩ってくると、はしゃいで騒ぎまくっていた。
二人とも今までにスコア100以上の首を狩ってきている。人を殺しすぎた為に、すっかり血に飢えてしまっている。
普通の青年だった彼らは、もはや殺人鬼と言ってもいい人格の変貌を遂げている。
⚪︎
「‥ふむ、君もああなって理性を失ってしまっているかと思っていたら違うようだね。君は大した役者のようだ。今まで私に話しかけて来なかったのは、私が何をしているか様子でも伺っていたのではないかね?」
二人を見送りながらヤマニシはキョウヤに言う。今の彼は池袋のチームリーダーの生首を嗜虐心のこもった笑みで眺めていた人物ではなかった。彼はこの凄惨な殺人劇の中でもまだ理性を保っていた。
「アンタほどじゃないだろ」
キョウヤはマコトとリュウジと一緒になって狂ったふりをしながら、ヤマニシが今言った通り、胡散臭いと感じていたこの中年の動向を伺っていたのだ。絶対に何かを企んでいると睨んでいたからだ。どうしてもタツヤの怪物ぶりに注目してしまうが、実はヤマニシの方が黒幕ではないかとも疑っていた。
「で、なんで知性が偏った個体しか作らないんだ? アンタの細工だろ?」
しかし、キョウヤはもう演技をやめた。多少理性が残っていると思っていたマコトとリュウジが完全に壊れてしまったからだ。もう話しかけても、呼びかけても、かつての二人はもういない。
先ほどまで一緒になって談笑してはいたが、笑いの質は、昔のように馬鹿をやって、肩を組み合っていた時と同じものではない。池袋のチームを率いていた男の生首を目の前にして、彼らは残忍なだけだった。
あの二人とはずっと目で合図をする事を決めていた。タツヤに従いながら、ヤマニシの本性を探るために暗黙で結託していたはずだった。だが、もはや彼らの目はキョウヤに答えない。覗き込んでも彼らの目には狂気しかなくなっていた。
なんだかんだと冷酷な行いを躊躇う男たちだったのに、変わってしまっていた。それを見て、二人が完全に失われてしまったと判断した。連続する狂気の日々に精神が磨耗し耐えられなかったのだろう。
先ほどの一見は、その事の確認がてら、いっそ自分も狂ってしまおうと思ってやった凶行なのだが、理性の強いキョウヤには自分を失ってしまえるほど狂気には酔えなかった。
キョウヤは親友を二人失って、自分だけが取り残されてしまったことを悟る。
そして、ヤマニシに対抗する事を諦めた。
キョウヤは身の程を弁えている男だ。一人では自分は大した事はできない事をよく知っている。だったらいっそ腹を割って話してしまった方がいいと思ったのだ。
「なあ、あれは何か狙いがあっての事なんだろ?」
キョウヤの問いにヤマニシは答える。
「そうだよ。噛み具合によって、ゾンビ化した際、知力が変わるようなんだ。だから新しく入った子たちには、意図的に知性を持たせないでゾンビ化させているね」
だいたい作れるゾンビは三つに分けられる。
おっさんがガッツリ噛むと、キョウヤたちと同じ生前の知性をそのまま残した個体になり、おっさんが甘噛みすると、知性の足らないおバカな個体になる。おっさんがちょびっと齧ると、呻くだけの個体になるのだ。
「実はね。知性の低い個体だけでなく、我々と同じ知性体も実験で3体ほど作ったよ。まあ、君はそれを警戒しているようだけど。それらがどうなるか観察した後、別室でみんな処分しといたよ」
それを聞いてキョウヤは、やはりヤマニシは自分より
「なんだよ、俺はてっきり‥」キョウヤが呟く。
「派閥でも作ると思ったのかい? 人間というのは百人十色だから、理性があればどういう行動を取るか分からないからね。そんな危険な真似はしないさ」キョウヤはその通りだと思った。「ああ、君の志向性も理解しているけど、だからと言って君が齧って、知性体を増やすのはやめといた方がいいよ。他者をコントロールするには、人間には色々な武器となるものが必要だよ。首だけの状態では厳しいよ」
「‥ああそうだな。俺もそう思う」–––何もかもお見通しかよ–––キョウヤは自分への失笑が漏れてしまう。
「だいたい私は、このホストクラブからはもっと早くに出て行くものだと思っていたのだからね。長居する気はなかったから、派閥なんて無意味なものは作らないさ」
「そうか、‥そうだよな。なんでかな。俺はアイツがこの場所から移動しないと考えていたな」キョウヤはタツヤがここにずっと居座り続けるのだと言う自分の思い込みに気づく。
「この拠点は、警察に見つかるまでせいぜい1週間だと考えていたんだよ。あまり長く
その話を聞いてキョウヤは思った。ヤマニシの言う通り。この場所にまだ警察の捜査が及んでいないのは運だけによるものだ。
タツヤが重大なヘマをやって、拠点がいつバレてもおかしくない。
それに最初に惨殺されたこの店のスタッフの縁故のものが、この店を尋ねて来ないとも限らないし、行方不明が続けば警察に連絡を入れられ、いずれ捜索は入るだろう。普通なら1週間以内には、その動きがあったはずだった。
しかし、何もない。嘘のようにここには外部からの干渉がない。恐らく外でタツヤが人を殺しまくっていることが影響しているのだろう。
だがタイムリミットはとっくに過ぎている。
自分たちは薄氷の上を、運だけで命を繋ぎ止めて歩いているだけだ。
タツヤがこのまま暴走を続ければ、いずれ確実に氷を踏み抜く。
⚪︎
「‥ヤバいと言い聞かせてもタツヤの奴は止まらないな。絶対に止まらないから、俺も最近では自棄になってる。どうせ止まらないなら逆に騒ぎを大きくしてしまえという感じだな。‥俺はアンタみたいにあいつをコントロールできないよ」
自分の無力さに呆れ、半ば自嘲するかのようだった。そんなキョウヤにヤマニシが言う。
「いやいや、君はこの状況を見て、私がコントロールできていると思うかい? そもそも彼を止めようなんて不可能だからね。迂闊に手綱を引けば大怪我するのは分かりきっているじゃないか。だから私は方向転換をさせているだけだよ。突進してゆく闘牛をいなすようにね。ま、なるようにしているだけさ」
何か常に、言動や行動に裏があるかのように見えるヤマニシだったが、この言葉は裏表ない率直なものなのだとはっきり分かる。「ヤレヤレ、私は苦労してきたのだよ」というような感じで彼は息を吐き、労力の疲れを見せる。
キョウヤはそのくたびれた姿を見て、ヤマニシが今までバックアップとして、影でやってきた気苦労を感じ取り、彼の言っていることに納得する。
ここで二人は初めて、少し分かり合えたのだった。
「何だよ。アンタも生き残るのに、必死だったってだけかよ」
失笑気味に言うキョウヤの言葉に、「そうだよ」と同じ笑いで応じるヤマニシ。
この時の二人の間にある雰囲気は、とんだ労働環境に置かれ、くたびれた労働者たちが、仕事がひと段落した小休憩時に、タバコでもふかして疲れを共感し合うひと時に似ていた。
それからヤマニシは、自分が飾りつけるようにそこかしこに置いたキングダム内の生首を見回すようにして言う。
まったくもって、現在のキングダム内は酷い惨状だった。
「それにしても、ここもなかなか手狭になってきたじゃないか。助言をしておくけれどね。もうダメだね。やはりそろそろここは限界だよ。私の予想だといざとなったら、タツヤくんはね、彼は頭を二つだけ持って出てゆくだろう」
キョウヤは横目でヤマニシを見る。ヤマニシはまたいつもの胡散臭い笑顔に戻っていた。
「定員は2名。ま、その一つは私だね」
ニコニコ笑うヤマニシの表情を、キョウヤはじっと見つめる。
「もう一つは‥‥」
ヤマニシは目線で誰かを探しているようだった。その目線は自分を探すものではないと、キョウヤはすぐに悟った。
「うん、そうだね。予想はつくけど。口に出しては、敢えて言わないでおこう。君もそれが誰だかわかっていると思うけどね」
キョウヤはヤマニシの目線を追う真似をしなかった。誰がそうなのかは検討はついていた。
「しかし君はそのもう一つの席を得るためのチャレンジを最後にしてみたらどうかな?」
ヤマニシはそのようにキョウヤに語っていると、床を這いながらこちらにケンヂが近づいて来るのを見つける。ヤマニシは穏やかな声でケンヂに話しかける。
「ケンヂくん、ケンヂくん、頑張ってるね」
ケンヂは口にペンを咥えて、それを杖のように支えにして、頭だけで移動する訓練を懸命にしていた。
「俺はアンタとは口をきかない」
そのケンヂはヤマニシに素っ気なく対応する。
「ああそう」
ヤマニシはガッカリしたようにしょげる。
そして、ケンヂはまた、ペンを咥え直して、移動の訓練を開始した。
最初は少しも進めていないようだったが、今では器用にスイスイと床を這って進んでいる。その姿を見てキョウヤはケンヂに声をかける。
「おいケンヂ」
どういう意図でこんな馬鹿げた訓練をしているのか、キョウヤは前にケンヂに聞いていた。女に連絡を入れるためだそうだ。あと警察にも。
–––どいつもこいつもクズに成り下がっている状況で、こいつだけは真っ直ぐに生きようとしてやがる。ああ、そうだ。あの時だ。あの時、絶対絶命のピンチでこいつはタツヤに啖呵を切った。きっとあの時に、こいつと俺たちの運命の選択が分かれたのだろう。
キョウヤはケンヂに声をかける。
「頑張れよ」
キョウヤは二人の友と、そして恐らく自分をもすでに失っていたが、この時だけは、かつての自分を思い出して、先輩のように振る舞った。
「はい」
最高のホストにならせるために、ケンヂに変われと何度も言い聞かせてきたが、キョウヤはこの後輩の頑なな愚直さが好きだった。
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