第十二話・地獄の怪獣〈キョウカクジョウ〉
第十ニ話・地獄の怪獣〈キョウカクジョウ〉
◯
トワキ達は遂に、悪しき巫女──
荒れた道を風が抜ける。
「寒くないか?」
トワキはコガネを気に掛ける。
暑かった夏は疾うに過ぎて、山々は紅葉に色付いている。
「全然」
コガネは平然とした様子で答えたが、彼女の身に纏う衣の袖は短く、白い腕が露出している。
「見ているこっちが寒くなる」
トワキがそう言うと、コガネは悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。
「ほほっ。トワキも他人に関心が持てるようになったんだねぇ」
「元々持っているさ」
トワキの歩幅が広がった。
それから二人は旅の途上にある幾つかの里で身体を休ませが、王陵ノ國の里はどこも侘しく、
そして何も知らない民達は、哀れにもその元凶たる存在を拝んでいる。
二人が進む谷間の先に、薄く霞んで奇妙な山が現れた。
コガネが指を差す。
「トワキ見な。あれが
地に聳える
頂を下に向けた
鏡に写したように対面する二つの山。その性質も対照に、
トワキは腕を組んで山を眺める。
「ふーん、あれが……話しでは聞いていたが、この目を疑うな。何で山が空に浮いているんだろ?」
淡々としたトワキの反応に、コガネは少々落胆した。
「もっと面白い反応ないの?」
「何だよそれ。別にいいだろ」
トワキは足元にあった石ころを拾って、
小石は常人が投げるよりは飛んでいったものの、当然二つの山には届くことはなく長い弧を描いて落ちていった。
「私達が目指すのは
「そう。上にある逆さに浮かんでいる山が、
悪しき巫女のいる
◯
険しい山々に囲まれた渓谷を抜けると、打って変わって開けた土地に出た。
地面は泥濘んで、赤黒い沼が広がっている。
進むにつれて、霧が濃くなる。
歩く二人の足元で泥が泡立った。
辺りに立ち込める煙のような霧の奥に、鋭く尖った塔の影が浮かんできた。
トワキ達が近づくと鋭利な影は増えていく。
不動の塔達は、二人がこちらに来るのを待ち構えているようだ。
トワキは身構えた。
(何だここは……)
霧と共に嫌な気配が辺りに満ちている。
剣呑に思って引き返そうかと問うが、コガネは首を振る。
「行こう。ここまで来たら、どうせどこを通ったって危険だ」
「分かった」
霧の中を更に進むと廃墟が目立つようになる。瓦礫の量からして、かつては大きな里があったのだろうが、今はもう荒れ果てて見る影もない。
見上げれば、幾重にも屋根を乗せた層塔が、無数に立っている。
斜めに傾き、崩れかかった塔の中程からは、破れた垂れ幕がだらしなく下がっており、そこには文字なのか模様なのか判別がつかないものが記してある。
コガネの脚が止まった。
「この紋様は〈ヂグモ
彼女の口から、トワキの知らない言葉が出てきた。
「ヂグモ人?」
「いろんな形の花があるように、人にもいろいろな種類がいる。ヂグモ人はその内の一つの、私達〈イザナ人〉とは違う人の種族。イザナ人とヂグモ人は古くから争い……ヂグモ人は滅ぼされた」
トワキは廃墟の町を見渡す。
「じゃあ、ここはそのヂグモ人の隠れ里ってことか?」
「だった場所。もうヂグモ人はいない……ここは、血に濡れたように赤いね」
まるで地獄のようだ──トワキはそう言おうとした口を紡ぐ。
血が染み込んだように赤黒いこの地。そこに横たわる廃墟の里は、かつてヂグモ人という自分達とは異なる人の種族が生活をしていたことを生々しく伝える。
二人は歩みを再開する。
廃墟の町を進んでいると、トワキの目に小さな光が飛び込んだ。近づくと、拳程の大きさの紅色の勾玉が宙に浮かんでいる。
霧にくすんだ廃墟を背に、音もなく浮かぶこの勾玉はヂグモ人の宝物か……ヂグモ人達が滅んでもなお、その輝きは失せてはいない。
浮遊する宝石にトワキは薄気味悪さを感じる。
コガネの気息が荒くなる。
「トワキ、この世界に干渉する天津神の中でも特に強大な力をもつ三柱の神を、私達は
鏡に御魂を宿す光の神、メギドガンデ。
剣に御魂を宿す断絶の神、イオノサミラム。
──そして残る一体。
「勾玉に御魂を宿すのは、滅亡をもたらす呪いの神──凶星・アマデオラマクタ。これら三柱の別天津神の神力は、その上澄みだけでも私達の世界に大きな影響を与える……この勾玉からはとても嫌な気配がする」
廃墟の町に重々しく伸し掛かっていた霧が晴れる。
コガネの背負う葛篭の中で、ヤエが震える。
「どうしたのヤエ?」
そのとき。
まるでこの地そのものが発したような重たい声音が響いた。
『
それはこの地に埋もれた亡者達の声だ。
「警戒しろコガネ。何か来るぞ」
赤黒い沼地が流動する。
流れる廃墟が二人をとり囲む。
コガネの頬を冷や汗が伝う。
トワキは刀の柄を掴むが、これは利刃で対処できるような相手ではない。
『
夥しい量の
そこら中から鮮血が噴き出し、生臭い臭いが漂う。
『
血肉の大地が揺れる。
里の残骸を纏い、大きく盛り上がった地面は、地中に埋もれていた大小様々な骨を混ぜて鎌状の爪となった。
巨爪は尖り、トワキ達に襲い掛かる。
「来るか化け物め!」
トワキから黒煙が上がる。
天を突く層塔よりも、更に高い位置から伸びる双角。
トワキはすぐに鬼神になり、巨爪の一撃を左手で掴んで防いだ。右手の中には、コガネが包まれている。
鬼神は掴んだ爪を引き千切り、投げ捨てる。
更に現れた巨爪の群を尾で薙いでいく。
血塗れの大地の攻撃はまだ続く。
地面より生えた骨の槍が鬼神に迫る。
鬼神はそれを左の拳で砕いた。
──突然、鬼神の脚が沈む。
夥しい量の骸骨が血肉の地面から湧き出てきた。骸骨達の額には二本の角が生えている。
『今度は骸か!』
血の沼より這い出た亡者の群れは、鬼神の脚を沼底へ引き摺り込む。
体制を崩した鬼神の背に巨爪が突き刺さる。
現れる爪は増えていく。
鬼神は紫炎を吹いて襲い来る巨爪の嵐を焼き払う。
紫に燃えながらも、地獄は流動する。
『この土地そのものが化け物か。倒しようがないぞ』
後退りする鬼神の脚がまた沈む。生きた地獄は罠に落ちた獲物を簡単に逃さない。
肉の大地を貫いて、屍でできた無数の柱が聳え立つ。
鬼神を取り囲む柱の檻はタラタラと血を流している。
「強い怨念がこの地を統べている……」
鬼神の指の間から手を伸ばしたコガネは、辺りの
だが、少女一人の力では無尽蔵に湧き出る瘴気を消し去ることはできなかった。
「どうすれば」
柱が一斉に地中へ引っ込んだ。
その反動で地面が盛り上がり、無数の骨の刃が突き出てきた。
『グオッ!』
骨の剣山に突き上げられた鬼神が、身体を貫かれた激痛に叫んだ。
剣山はその山体に紅い炎を焚き付けた。
ただの火ではない。ヂグモ人の怒りを体現する炎が鬼神の巨躯を焼く。
鬼神はコガネを包む右手を自ら捻じ切って、猛火の外へ放り投げた。
煙と化して消える鬼の右手。
コガネは地獄に降りた。
沼地で弾けた泡から瘴気が広がる。
「この怪物は一体どれほどの
コガネはあの異様な勾玉を思い出す。
しかし、辺りを見渡して探すも勾玉は見付からない。
「あの勾玉を見たときの感覚……やっぱり凶星・アマデオラマクタを祀っていたから? これはヂグモ人の呪いだけじゃない。まさかこの怪物は別天津神の力まで得ている? だとしたらマズイ! トワキあの勾玉を探すんだ!」
コガネはトワキに呼び掛けるも、燃える剣山に貫かれた鬼神は、身体から黒煙を上げ、沈黙している。
「トワキ! 何とかしないと……」
顔を上げた先に、
「メギドガンデ大御神……ここまで近づいたのなら」
コガネは地獄の沼に左手を突っ込む。
「くっ!」
沼に沈む左腕に焼けるような激痛が走った。
赤黒い泥に腕が呑まれる。
獲物に気付き這い出た亡者達が、コガネを地獄へ引き摺り込もうとその身体に掴み掛かった。
纏わり付く亡者の群れには構わず、コガネは地獄の内部に巫術の光を放つ。
呪いに穢れた泥が光に照らされて、徐々に浄化されて消えてゆく。
清浄な大地が露出する中、鬼神を包む火炎は依然その勢いを殺さない。
「矢張り私の力だけじゃ足りないっ!」
巨爪がコガネに迫る。
「トワキ!」──心の中でそう呼んだ瞬間、コガネの前を紫炎が走る。紫の炎はコガネへの攻撃を焼き払った。
紅い炎に身体を焦がしながら、鬼神は剣山を砕いていく。
血に塗れた拳の一撃が地獄を揺らした。
鬼神が戦っている隙にコガネは祈る。
少女の祈りはこの世界とメギドガンデの宇宙とを繋げた。
「届く? メギドガンデ……誰でもいいから力を貸して!」
メギドガンデは複数の魂を持つ。
コガネの呼び掛けにその一つから返答が来る。神域──
『コガネ、繋がりの弱くなった今のあなたに渡せる力では、その怪物は倒せない。あなた一人でも逃げて』
「できない。あなた
傷付きながらも戦う鬼神。
その背には幾本もの槍が突き刺さっている。
ふらつく鬼神に、大地から溢れ出た大量の血が伸し掛かる。
敵はトワキを地獄へ沈めようとしている。
コガネは更に祈る。
「お願い
暫くの沈黙の後、メギドガンデの自我の一つ──
『あなたの肉体の一部を贄としてこちらに差し出すことで、それを介してメギドガンデの力をあなたに与えることは可能かもしれない……でも、その怪物を倒すとなればコガネ……あなたもタダでは済まない……』
「それで構わない。お願いする、
『すっかり立場が逆転したねコガネ。分かった。あなたの覚悟は伝わった。片腕をもらう……それで駄目なら諦めて、コガネ』
コガネの左腕が徐々に透けていく。
左腕はメギドガンデの力を宿した結晶──無限結晶へと置き換わる。
透明になった腕の内には、光の粒が蛍火のように泳いでいる。
「ありがとう」
コガネは
強い光が纏わり付く亡者達を弾き飛ばした。
コガネの左腕から発せられた黄金の光は地獄を貫き、不浄の大地を浄めていく。
「メギドガンデの〈浄化の光〉! これならこの化け物を倒せる!」
◯
血の底無し沼に沈んでいく鬼神……
どれだけ深みに落ちても、視界に広がる血の色は燃え盛る火のように鮮やかだ。
沼の中ではあの勾玉が妖しく輝いている。
その輝きに促された亡者の群れが、鬼神の巨体に纏わり付く。
亡者達がトワキに語り掛ける。
『
『イザナ共に殺された我等の姫君』
『野蛮な異種族め。我等の憎しみを知れ……』
鬼神を通してトワキが見る一面の赤は、真白に変わっていく。
やがて……白に色が付き、八角に広がる屋根を幾重にも重ねた塔が目の前に現れる。
亡者達はトワキに過去を見せる。
立ち並ぶ層塔。この景色は在りし日のヂグモ人の里だ。
そこで暮らす人々の肌は青みがかった灰色をしており、額からは二本の角が生えていた。
彼等は黄や赤の派手な装束を身に付け、頭には筒状の冠を被っている。特別な祭りや儀式などを行っているようだ。
そのとき。
太陽が子を産んだ──そう思わせる程の眩い輝きを纏った巨大な怪獣が、ヂグモ人の里に降り立った。
地響きと衝撃で立ち並ぶ塔が崩れる。
両肩から極彩色の光を翼の如く広げた怪獣。その巨体は水晶のような結晶で覆われ、頂には逆三角形の頭が乗っている。
トワキの頭に亡者の声が響く。
『イザナの神……メギドガンデだ』
「こいつが……!」
迎え撃つはヂグモ人の守り神。
打ち鳴らされる鐘の
広がる煙に触れた建物は、白骨さながらに白く萎むと、ボロボロと崩れた。
守り神はその煙を操る。
メギドガンデに向かって押し寄せる煙の塊。
そのときメギドガンデの逆三角形の頭部が発光する。
そして──
一瞬のことだった。
雷鳴のような音と共に、メギドガンデの頭部から放たれた閃光が、守り神の分厚い殻を貫いた。
溶解した殻から黒煙を上げ、ヂグモ人の守護神は沈黙する。
亡者達が嘆く。
『
『我等の守護神はキサマ等の崇める邪な神に殺された』
『守り神を失った里にイザナ共が攻めてきた』
『我等が何をしたかっ!』
ヂグモ人の里には城が聳える。
鋭く反り返った屋根は彼等の角を思わせた。
トワキの視界に広がる景色は、城の中に移っていく。
城の内部、広い間の奥に美しい娘が座っている。
絢爛な衣装を着たこの娘こそヂグモの姫、
彼女の前にある純白の布を敷かれた台に、勾玉が置かれる。
──間違いない、あの紅色の勾玉だ。
その宝玉は自ら輝いているように見える。
里が燃える。
強い頭痛がトワキを襲う。
「ぐっ──!」
イザナ人の軍勢に殺されるヂグモ人の阿鼻叫喚の叫びが、トワキの頭の中に雪崩れ込んだ。
その叫び声を掻き分けて、亡者の声が響く。
『我等が姫、
『そして我々はこの地に呪いを込めた』
『別天津神・アマデオラマクタの殺生石から削り出した勾玉に願い、自らの故郷を地獄と変えた……罪深きイザナ共を裁く為に……』
◯
〈浄化の光〉による
この地獄を浄めるにはまだ力が足りない。
大地を照らしている光が更に弱まってきた。
「ダメッ消えないで!」
コガネは叫んだ。
しかし、神の力を宿した無限結晶の左腕にヒビが入る。
「こんな程度なんてことない!」
コガネは痛みに耐えながら、神の光で地獄の大地を浄めた。
腕を走るヒビ割れは更に広がっていく。
地面が瘴気を噴いた。
毒の霧がコガネを包んだ。
「ゴフッ」──濃密な瘴気の毒気に冒されたコガネは血を吐く。
目は充血し、鼻血が止まらない。
身体から血の気が引いて、天地の感覚が曖昧になる。
吐き気もする。それでも何とか気を保ち、浄化の光を放ち続ける。
──ここで止めれば、トワキはこの敵に敵わない。
「うおおおお──っ!」
コガネは目一杯叫び、己を鼓舞した。
肉を裂かれるような痛みが左腕を駆け巡る。
それでもまだ、光は消えていない。
血の沼に光芒が射した。
鬼神に群がる亡者達が、地上から降り注ぐ光に焼き払われていく。
『あの光だ! イザナの邪神の光だ!』
『我等を焼く気だ! ヤメろぉ!』
光のすじは鬼神を介してトワキにも伝わる。
亡者達の思念がトワキから抜け出る。
絹糸のように細い、その優しい光を浴びて、トワキは意識を取り戻した。
「コガネ、ありがとう」
鬼神が紫炎を吹く。
高熱の火炎に自らも焼かれながらも、鬼神は吹き出す火力を更に上げる。
『
鬼神の周りに紫色の炎の海が広がる。
煮え立つ血の中で亡者達は焼かれていく。
高熱に膨れた地獄の沼から、凄まじい勢いで紫炎が噴き上がった。
熱風は煤を舞い散らせる。
それに混じって、勾玉も打ち上げられた。
「勾玉! あれを壊せば呪いは消えるはずだ!」
煤の中に輝く勾玉に向けて、コガネは残された最後の力を込めて、左手から一筋の閃光を放った。
真直ぐに飛ぶ光の束は、勾玉を蒸発させ、この世から消し飛ばした。
──そして。
閃光を放つと同時に、コガネのヒビだらけの左腕は砕け散った。
「あっ──!」
ポロポロと儚く崩れる左腕は風に溶け、
大地の流動は緩慢になるもまだ止まらない。
呪いの勾玉を砕いても、この地に宿る全ての穢れを祓えた訳ではない。
──少女の目の前には依然として地獄が広がっている。
鬼神を呑み込んだ血の底無し沼は、
コガネは沈んだトワキの身を案じた。
「トワキーッ!」
コガネは血の沼が固まってできた岩塊に向けて名を呼ぶも、トワキからの返事は返らない。
ざわつく胸を抑えようとした左腕は、もう存在しない。
気息が落ち着かない。
息を吸っているのか、吐いているのかすらも分からなくなって、コガネは苦しむ。
戦いはまだ終わっていない。
血肉の大地が鳴動する。
コガネの心臓は恐怖に踊る。
地の底深くより悍ましい唸り声が響き渡る。
痛みに悶える人々。
怒りに狂う人々。
そして恨み嘆く人々の負の感情を織り交ぜた怪獣の呻き声だ。
コガネの背後──地響きと共に地面を砕き、現れたのはトワキの鬼神を凌駕するほどに巨大な怪獣。その身は生白い死体の色だ。
現れた怪獣は狗の頭骨に似た頭から、二本の長い角を垂直に伸ばしている。
左右に広げた腕の皮は伸びて、手首から腰元まで繋がる。
溶けた下半身は肉の大地と一体化して、まるで聳え立つ墓標のようだ。
地獄の怪獣・キョウカクジョウ出現。
キョウカクジョウの漆黒の目がコガネを睨む。
遥かから見下ろす巨大な顔は憎しみに歪み、怒りに牙を食い縛っている。
『メギド、ガンデ……邪神……の信奉者め、が』
キョウカクジョウの口から紅い火炎が溢れる。
泡立つ血溜まり。
蠢く肉塊。
辺りには火の粉が舞う。
地獄が再び凄みを増した。
『灰に……して、やるわ』
コガネに被さるキョウカクジョウの影が荒々しく揺れ動く。
怪獣が少女に火を吐き掛けようと、身を反ったそのとき──岩塊を突き破った鬼神の腕が地の底から出てくる。
「トワキ! よかった、生きてた……呪いの玉は壊した! あとはこの怪獣を倒すだけだ!」
固まった血の沼から這い出た鬼神。
その身体は焼け焦げ、黒煙を上げる。
鬼神の限界が近い。
キョウカクジョウの黒い
『鬼とは……地獄には、おあつらえ向き……の姿よ。その血は我等と同じ……人の、怨に、満ちている……キサマ、随分人を、殺したな』
『今更恨みの一つや二つ貰うくらいどうってことはない。私達の邪魔立てをするならば、お前をこの地より消し去ってやる』
鬼神の両腕から十拳の剣が伸びる。
『無理だ……この地に入った者は、皆殺しにせな……ならん……アマデオラ……マクタとの、契りだ』
キョウカクジョウが紅炎を吹く。
鬼神は放射された火炎を掻い潜ると、剣で敵の喉を斬り裂いた。
迸る血と共に、キョウカクジョウの喉から空気が漏れ出る。
『グアアッ!』
紅炎が止まる。
鬼神は間髪を容れずにキョウカクジョウの脇腹を斬り、そのまま回り込んで、巨体の背部から双刃を突き刺した。
『終わりだ!』
鬼神は腕を広げた。
左右に開かれた双刃はキョウカクジョウの腹部を斬り開く。
『イザナ、めが……呪って……やる! 呪ってやるぞっ!』
断末魔の叫び声を上げ、崩れるキョウカクジョウ。
流血に混ざり、破かれた腹部から数多の骸が流れ出る。
そして……
怪獣の死体と大地の血肉は溶けて消えた。
鬼神の身体も限界を迎え、こちらの世から消滅する。
大地を駆ける一陣の風が吹き去った後には、何事もなかったかのような静けさが辺りを包んでいた。
コガネは残った右腕で顔の血を拭いながら、消えた鬼神から抜け出て倒れたトワキの元に駆け寄った。
「トワキ、大丈夫? 生きてる? 死んじゃあ嫌だよ!」
コガネに揺さぶられたトワキは、顔を顰めて苦痛の声を出す。
「痛いよ、ちょっと火傷した」
「ごめん、でも生きてるね。よかった!」
暫くしてトワキは上体を起こした。
幸い火傷は軽かった。
「君も元気そうで良かった。ヤエも無事だろ──」
トワキは言葉を詰まらせた。
コガネの袖から出た左腕は、肘から下がなくなっている。
「どうしたんだその腕は!」
トワキが狼狽する。
コガネは視線を逸らした。
「ヤエは無事。多分籠の中で寝ているよ……私の腕は、神に捧げた。あの怪物を倒すにはそれしかなかった」
トワキは血の底無し沼に届いた光のすじを思い出す。
あの光のおかげで、トワキは地獄より這い出ることができた。
「あの光線は矢張り君の力か……その腕、痛くはないのか」
「大丈夫」と、コガネは微笑む。
失った左腕の断面は結晶で固められ、保護されていた。
「さあ進もう! トワキ!」
気丈にそう言って、コガネは右手を差し出した。
トワキはその手を取って立ち上がる。
「ああ」
そして、二人は旅を再開する。
宇宙怪獣メギドガンデ 伊吹参 @ibk3
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