春野奈津紀

 僕は雨の日が好きだ。

 雨の日はいつも、お姉さんに会えるから。


 ■


 初めて会ったのは、忘れもしない5月の日。私立の中学に入って、ようやく一ヶ月が経った時のことだった。

 授業は難しいし(特に英語)、小学校の時の友達は皆公立に行っちゃったから、友達もゼロ。学校の人たちとも、全然仲良くなれる感じがしない。なんだか違う世界の住人みたいな感じだ。これから三年間もここで過ごさないといけないのかと思うと、正直うんざりしていた。

 しかもその日は、ゴールデンウィークが終わったあとの月曜日だった。朝目が覚めて、布団の中で雨の音を聞いた時は、休んじゃおうかな、なんて思ってしまったぐらいだ。

 それでも僕は臆病で、そんなことをしたら父さんと母さんに怒られてしまうから、いつものように支度をして、朝ご飯を食べて、時間通りに家を出た。

 駅まで歩いて、電車に乗る。下りの電車だから、基本座れる。というか、乗客なんて他に全然いないから、座席で寝そべっててもセーフだ(やらないけど)。学校までは電車で40分。いつもならスマホでゲームをして時間を潰すところだけど、その日は全然集中できなかった。

 はあ、とため息を吐いて、ふと顔をあげると、向かい側の座席には、セーラー服を着た中学生ぐらいのお姉さん(何故か年上に思えた)が、座って本を読んでいた。

 ーーその人を見た瞬間、心臓がドキンとした。

 メチャクチャ綺麗な人だった。長く艶やかな黒髪、透き通るぐらい白い肌、折れてしまいそうなほど細長い手足。顔も超絶美人で、しかもそんな人が本を読んでいる姿は、灰色の月曜日を一気に薔薇色に変えてしまうぐらいの衝撃だった。

(でも、どこの学校の制服だろう?)

 あんまり見たことのない制服だったけど、多分、この先の沿線にある学校なんだろうと思った。

 そんなことを考えながら見とれていたら、ふと、お姉さんが本から顔を上げた。

(やべっーー)

 直ぐに目線を逸らして別の方向を見たけど、既に時遅く、一瞬だけ目が合ってしまった。

 顔は熱いし、心臓はメチャクチャドキドキした。顔が赤くなってなければいいな、なんて期待をしつつ、必死にお姉さんの方を見ないようにスマホのゲームを開いた。でももちろん、ゲームなんて出来るはずもなかった。

 そうして、僕が降りる駅に着いた。電車から降りる一瞬、チラッとお姉さんの方を見たら、なんとお姉さんはこっちを見ていて、それから、優しい笑顔で笑いかけてくれたのだった。

 ーー薔薇色どころか、虹色の月曜日になった日だった。あの日のことは、多分、一生忘れることが出来ないと思う。

 それが、お姉さんと初めて会った日のことだった。……


 ■


 それから一ヶ月が経った今でも、お姉さんとは時々電車で会うようになった。とはいっても、話したことは今日まで全くない。それでもお姉さんについては、少し分かったこともある。

 第一に、お姉さんは雨の日しか電車に乗らないこと。そして第二に、どんな時でも本を読んでいるということ(それも難しそうなやつ)。この前本屋に行って、前にお姉さんが読んでた『自省録』という本を買って読んでみてるけど、正直、全然分からない。そもそも、マルクス・アウレリウス・アントニヌスなんて二千年も前の人の本、読んでて何が面白いんだろう。ラノベとか漫画とか、他に面白い本なんて山ほどあるのに。それでも、お姉さんに影響されて、なんとか10ページぐらいまでは読んでみた。毎日通学の電車で頑張ってるおかげだ。今度会ったら、これ見よがしに読んでるところを見せようと思っていたけれど、最近は全く会えていなかった。

 読書以外にも、新しく始めた習慣がもう一つある。天気予報を見ることだ。毎日毎日、明日は雨が降るかどうか、そわそわしながらテレビを見ていた。ここのところ晴ればかり続いていたが、それでも僕は楽しみで楽しみで仕方なかった。

 明日からようやく、待ちに待った梅雨入りだからだ。


 ■


 朝、目を覚ます前から、遠く雨の音が聞こえてきていた。その音で、ぼんやりとした意識が急速に目覚めていく。ヤバい、ワクワクが止まらない。

 嬉しさをなんとか抑えながら支度をして、朝ご飯を食べて、行ってきますと家を出ていった。

 時間通りに駅に着いて、電車に乗る。お姉さんが乗ってくるのは、次の駅からだ。それまでの間に本をカバンから出して、読むふりを続けた。

 そうして、ようやく電車が駅について、ドアが開いた。いつもの通り、同じ車両の同じドアからお姉さんが入ってくる。なんとかそっちを見ないようにしながら必死で読むふりを続けたけど、内心、お姉さんを見たくて見たくて仕方なかった。

 電車が発進した後も暫くそのままでいたけれど、そろそろいいかなと思って、チラッと、本越しにお姉さんを盗み見てみた。

 ーー相変わらず綺麗だった。初めて会った日から全く変わらない。むしろ、ますます綺麗になってる気がする。儚げな雰囲気で読書する姿は、テレビに出ているアイドルなんかより、よっぽど綺麗で美しい。このままお姉さんと話せなくても、こうして見ているだけで幸せだな、なんて思ったりした。

 すると突然、お姉さんが本から顔を上げて、僕の方を見てきた。

 ……目が合ってしまった。

 僕はすぐさま目線を本に戻したが、心臓はメチャクチャ速くなっていた。

(見てること、バレたかな?)

 嬉しさ半分、しかし気持ち悪がられたかもしれないという不安半分とがないまぜになって、僕の心はグチャグチャになった。

 するとお姉さんは、突然、それまで読んでいた本を閉じると、座席から立ち上がってしまったのだった。きっと、離れた席に移動するに違いない。

(ああ、完全にやってしまった……)

 僕の心は、後悔でいっぱいになった。

 というか、お姉さんに会うためにわざわざ時間を合わせて同じ電車に乗って、そのうえ同じ本を買うなんて、これじゃストーカーと同じじゃないか。気持ち悪がられても不思議じゃない。僕の軽率な行動のせいで、これからお姉さんとは永遠に会えなくなってしまうのだ……。

 ーーなんて思っていた次の瞬間、なんとお姉さんは、僕の隣に座ってきた。

 そして、

「ねぇ、君も本、好きなの?」

 と、話しかけてきたのだった!

「え、ああ、まあ、はい」

 なんて言ったらいいのか分からず、とりあえず返事をする。

 するとお姉さんの顔が、パッと明るくなったかと思うと、

「私も! その本、前に読んだことあるんだけど、凄く良い本だよね!」

 と、メチャクチャ楽しそうに言うのだった。

「え、ああ、はい。……いやでも、実はこの本、なかなか難しくて。友達の影響で読み始めたんですけど、なんか言ってること難しくて、よく分かんないんですよね」

「分かる! なんか色々な人たちの名前出てくるし、全然分かんないよね」

「えっ……お姉さんでも、分からないことあるんですか?」

 つい「お姉さん」と呼んでしまったが、それよりも、お姉さんにも分からないことがあるということに、勝手に驚いていた。

「そりゃあ、あるよ。でもね、別にそれでもいいと思ってるの。分からないことをいちいち調べてたら先に進めないし、なにより、調べたって分からないことだってあるし」

「じゃあ、分からないことを分からないままにしといてもいいってことですか?」

「うん。だって、この世界で起きてることなんて、分からないことだらけだもん。全部分かる必要なんて、きっとないと思う」

「そう、なんですね……」

 お姉さんの言葉には不思議と説得力があって、僕は「分からないことがあってもいいんだ」という、およそ学校では絶対に教えてくれないような言葉に、何故か安心感を覚えていた。

「ーーさては君、真面目くんだな?」

 唐突な指摘に、僕は思わずポカンとしてしまった。

「どうせ、1ページ目から馬鹿正直に読んでたんでしょ?」

「な、なんで分かるんですか?」

「だって、最初の方なんて何言ってるか全然分かんないから、つまんないんだもん。私がそうだったから、きっと君もそうかなって」

 そこでお姉さんは、優しく微笑んで続けた。

「いい、この本の読み方はね、適当に開いたところから読んでくの。小説みたいにストーリー仕立てになってないし、どっちかというと名言集みたいな感じだから、適当にパラパラ開いて目に止まった箇所から読んでけばいいんだよ」

「……でも、それでいいもんなんですか? なんていうか、本って1ページ目からちゃんと読まなきゃいけないものなんじゃないですか?」

「ほら、やっぱり真面目くんだ〜」

 お姉さんの指摘に、つい顔が赤くなってしまった。

「君はさ、読者の権利10か条って知ってる?」

 初めて聞く単語に、僕は頭を横に振った。

「ペナック先生って人が言ってたらしいんだけど、読者には10個の権利があるんだって。その中に、『拾い読みする権利』っていうのがあるんだけど、この本はまさにそれ。他にも『飛ばし読みする権利』とか『読み終えない権利』とかもあって、初めてそれを知った時、本を読むのが凄く楽になったの。だから、君にも知っていて欲しいなって」

 僕のことを真剣に思ってくれる眼差しに、僕は嬉しさと同時に、不思議な安らぎも覚えた。

 そうして、僕とお姉さんは、駅に着くまで色々なことを話した。好きな本や漫画の話から、中学に全然慣れないという僕の悩みまで、色々と話を聞いてくれた。その中で、お姉さんは僕よりも一つ年上だということが分かった。やっぱり、お姉さんで良かったみたいだ。でも、何処の中学に通っているのかは分からなかった。

 そうして駅に着いて、電車を降りる時が来てしまった。ずっとこのまま話していたかったけど、「真面目くん」な僕にはそれが出来なかった。代わりに、

「あの……また、会えますか?」

 と訊くと、お姉さんは凄く優しい笑顔で、

「うん。また、雨の日に」

 と言って、手を振ってくれた。

 ホームに降りて、電車が行くのを見守る。別れるのは残念だったけど、その分、次に会う時の期待もメチャクチャ膨らんでいた。

 ーー明日も、絶対に雨が降りますように。


 ■


 それから一ヶ月ぐらいは、ほぼ毎日お姉さんと会うようになった。

 色々なことを話した。お姉さんの影響で、様々なジャンルの本も読むようになった。それもこれも、全部梅雨のおかげだ。天気予報によると、今年は梅雨明けが7月中旬とかになるらしい。日本に生まれて良かったと、これほど思ったことはなかった。おかげで学校生活が楽しくなくても、毎日が楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 期末テストでも、毎日の読書のおかげか、国語がスラスラ解けた。それをお姉さんに報告したら、

「凄いじゃん!!」

 とメチャクチャ喜んでくれて、それが人生で一番嬉しかった。

「でも、英語はやっぱり全然ダメで……」

「英語って、日本語と全然文法が違うから、意味分かんなくなるよね。今、動詞の過去形とか未来形とかやってるけど、正直私も苦戦してる」

 そう言って、お姉さんは苦笑いした。

「ほんと、なんでこんなこと勉強しないといけないんですかね。別に英語なんて出来なくたって、生きてけるのに」

「私も最初はそう思ってたよ。でもさ、もしも英語が喋れるようになったら、世界中の色々な所に行けるようになるんだよ。誰も私のことを知らない場所に一人で行ってさ、その国の人たちとたくさん友達になるの。そう考えたら、なんか夢があると思わない?」

「うーん……確かに」

「そう考えるようになってから、英語に対する苦手意識が薄くなったんだよね。だから君もさ、何か目標を作ってみたら、きっとそんなに苦手じゃなくなる気がするな」

「じゃあ……」

 僕も頑張って英語を勉強して、いつかお姉さんと二人で旅行に行きたいです。

 そんなこと、口に出して言えるはずもなかった。だから代わりに、

「……そうですね。僕も、何か探してみます!」

 と言うことしか出来なかった。

 それからも、毎朝お姉さんと会った。お姉さんのおかげで、なんだか自分が変わってきたような気がして、そのせいか分からないけど、学校でも友達が少しずつ出来ていった(と言っても、まだ少し話す程度だけど)。

 そうして、いつものように電車で話していると、「そうだ」とお姉さんが言って、一冊の本をカバンから取り出して言った。

「前に読みたいって言ってた本、貸してあげる」

 それは、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』という本だった。

「え、いいんですか?」

「もちろん! 読んで、感想聞かせて!」

「でも僕、読むスピードかなり遅いから、返すの遅くなっちゃうかも……」

「もう、本当に真面目くんだなぁ。大丈夫大丈夫、今のやつ読み終わってから、ゆっくりでいいよ!」

「はい、ありがとうございます」

 初めてお姉さんから本を借りたけど、内心、凄く嬉しかった。なんだか、お姉さんに凄く近づいた気がした。

「はぁ〜、明日から梅雨明けだね」

 珍しく、お姉さんがため息を吐いた。

「……はい、梅雨明けです」

 僕も心のなかでため息を吐いた。今朝見た天気予報だと、これから一週間は晴れが続くらしい。日本に生まれたことを、これほど残念に思ったことはなかった。

「でも、また会えますよね?」

 期待を胸に、お姉さんに訊いてみた。

「……うん、また、雨の日にね」

 そう言うお姉さんの顔は、凄く残念そうな感じだった。でも、僕にはそれが嬉しかった。だってそれは、お姉さんの中で僕の存在がかなり大きくなっているという証拠だ。僕にはそれが、誇らしくて仕方がない。

「絶対、絶対ですからね! 僕、それまでにこれ、読んでおきますから!」

 そう言うと、お姉さんは凄く嬉しそうに笑ってくれた。

 ホームに降りて、電車を見送る。電車の中から、お姉さんは僕に手を振ってくれた。

 帰ったら、逆さてるてる坊主を作ろうと、心の中で決めた。


 ■


 しかし、作った甲斐空しく、その後一週間は、天気予報通り雨が降らなかった。

 気温はどんどん上がってきて、7月だというのに、既に猛暑日が続いていた。

 期末テストの結果が返されたかと思うと、あっという間に夏休みが始まってしまった。今年の夏休みほど、人生でこれほど残念に思ったことはない。

 夏休みの間、一回だけ雨が降った日の朝に電車に乗ってみたけれど、案の定、お姉さんは乗ってこなかった。それでも、新学期が始まればまたお姉さんに会えると思い、貸してもらった本を読み、読み終えたらまた読み返してを繰り返して、夏休みの終わりを待ち望んだ。

 そうして、夏休み最終日になった。幸いなことに、明日は朝から雨らしい。

 ーーようやく、会える。会えたら、まず本の感想を伝えよう。それから、夏休みの間に起こったことを色々話そう。もちろん、そう多くはないけれど、お姉さんならどんな話でも聞いてくれる。


 でも、次の日の朝に、お姉さんと会うことはなかった。


 ■


 それから一ヶ月が過ぎた。

 雨の日は合計で一週間ぐらいあったけど、未だにお姉さんには会えていない。最初は風邪かなとも思ったけど、一ヶ月も続くと流石に心配になってくる。もしかして、転校しちゃったのかな、なんて不安になったりもした。

 そうして10月に入った。暑さもだいぶ和らいできて、過ごしやすくなった。

 僕はもう、学校で息苦しさを感じていなかった。苦手だった英語も少しずつ出来るようになってきて、先生やクラスの皆から注目されるようにもなった。友達も少しずつ増えてきて、一学期の最初にあれだけ苦手だったのが、嘘みたいに思えてきた。

 このことを、お姉さんに伝えたい。会って、直接感謝を伝えたい。

 そう思ってた矢先、お姉さんに会った。

 それは11月の最初の雨の日、同じ時間、同じ電車に乗った時のことだった。


 ■


「久しぶり」

 そう言って挨拶をしたお姉さんは、少し痩せているように見えた。でも、なんだかそれを言うのは良くない気がして、代わりに、

「あの本、読み終わりましたよ」

 と言って、カバンから『若きウェルテルの悩み』を取り出した。

「あ、ちゃんと読んでくれたんだ! さすが真面目くん。どうだった?」

「なんていうか、ちょっと分かる気はするけど、でもやっぱり主人公がしたことには納得出来ないっていうか。例え好きな人と結婚出来なかったとしても、それでも自殺はしちゃいけない気がします」

「ふ~ん、なるほどね。でもさ、主人公からしてみたら、もう生きてけないぐらい辛かったからこそ、自殺という道を選んだと思うんだよね。そこのところは、納得出来るかなぁって思うんだけど」

「でも、それでも。自殺してしまったら、好きだった人に対して失礼だと思うんです」

「失礼?」

「なんていうか……どんなに結ばれなかったとしても、それで自殺を選んでしまったら、その人と過ごした時間そのものを否定してしまうような気がして……上手く言えないんですけど」

「……ううん。分かるよ、君が言いたいこと。本当に真面目くんだね」

 久しぶりにお姉さんからそう言われて、くすぐったさと同時に嬉しさも感じた。

「そうだ、聞いて下さい! お姉さんと話したかったこと、いっぱいあるんです!」

 そう言って僕は、お姉さんと会っていなかった最中に起こったことを、出来るだけ多く話した。

 学校で友達が出来たこと、文化祭のこと、今読んでいる本の話や漫画の話もしたりした。その間、やっぱりお姉さんは、僕の言うことをなんでも聞いてくれた。

 そうして、僕が降りる駅が近づいてきた。

「はぁ、まだまだ話し足りなかったんだけどなぁ……」

 僕はわざと口に出して、そんなことを言った。

 すると、

「……ねぇ。今日はさ、学校サボって、このまま電車に乗り続けない? そうすれば、いつまでもお話し出来るよ?」

 唐突な提案に、僕は驚いた。お姉さんが、そんなことを言うなんて。しかし、その提案は物凄く魅力的だった。

 でも僕は、

「……でも、学校がありますから」

 と、断腸の思いで、お姉さんの誘いを断ったのだった。

「そうだよね。分かってる。ちょっとイタズラ言ってみただけ! 真面目くんなら、どう言うかな〜って思ってさ」

「もう、試すようなこと、しないでくださいよ」

 僕は苦笑いして言った。

 駅に着いた。ドアが開く。

「バイバイ、頑張ってね」

 電車から降りる前に、お姉さんが手を振りながら言ってくれた。

「はい。お姉さんの方こそ!」

 僕も手を振り返して言った。

 ドアが閉まる。それでもお姉さんは、僕に手を振ってくれていた。

 電車を見送りながら、次にいつ会えるのか、訊き忘れたことを思い出した。でもすぐに、たいしたことはないなと思った。だって、それは愚問というものだろう。

 雨が降れば、お姉さんに会えるんだから。


 ■


 それから一ヶ月が経った。

 雨の日はまだ来ない。でも天気予報によると、来週にようやく降るらしい。その時は、今読んでる本を読み終えて、この前新しく買った本を読んでいることだろう。そしたらまた、感想をお姉さんに伝えよう。

 そんなことを考えながら、夕食後、天気予報を見るためにテレビをつけたら、ニュースをやっていた。内容は、近くの中学校で自殺があったという内容だった。テレビに映し出された生徒の顔は、お姉さんだった。学校の屋上から飛び降りたらしい。

 頭の中が、真っ白になった。……


 ■


 その後、僕はありとあらゆる媒体のニュースを漁って、お姉さんのことを調べた。

 分かったことは、お姉さんが学校で壮絶ないじめを受けていたことや、家庭内暴力があったということ。通っていた学校は、僕が乗る電車の反対方面の沿線にあったということで、普段お姉さんは自転車に乗って通学していたということ。そして、最近は不登校気味だったようで、特に6月から7月中旬にかけては、ほとんど学校に行っていなかったということ。

 学校側はいじめの存在を否定しているが、その証拠はどんどんマスコミによってあげられていた。でも、もうどうしようもない。どんなことをしようとも、もうお姉さんとは、永遠に会えないのだから。


 最後に会った時のことを思い出す。

『……ねぇ。今日はさ、学校サボって、このまま電車に乗り続けない? そうすれば、いつまでもお話し出来るよ?』


 ーーあの時。

 もしもあの時、「うん」と答えていたらどうなっていたのだろう。

 いやそれよりも、あの日、痩せていたことを指摘していたら、いじめのことを言ってくれたのだろうか。

 あるいは、もしも僕が、自分の話をするより、もっとお姉さんの話を聞いていたら?

 ……いや、きっと僕は、例えどんなことをしてたとしても、お姉さんの心の支えにはなれなかったんだろう。


                 ーー本当に?


 分からない。どんなに考えても、答えは出ない。


 そんな時、お姉さんの言葉が、少しの慰めになる。


 ーーこの世界で起きてることなんて、分からないことだらけだもん。全部分かる必要なんて、きっとないと思う。


 ■


 僕は雨の日が嫌いだ。

 雨の日はいつも、お姉さんのことを思い出す。

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春野奈津紀 @H-Natsuki

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