十二支~変質した世界の在り様の中で

「やだぁ~美佳!それ、すっごく可愛い!何処で買ったの!?」

「うん、すっごい似合ってる。でも、これって高かったんじゃない?」

「お年玉で、奮発しちゃった。一目惚れだったから、後悔は無いわ」

 チリリン。

 軽やかで涼やかな音を誇るように、美佳と呼ばれた少女は自分の首を彩ったピンク色の首輪に人差し指で触れ、小さな銀の鈴を動かしてみせる。

 人通りの多い街並みの中、おしゃべりに夢中になりながら歩いている三人娘が纏うのは、ここからそう離れていない徒歩圏内の有名私学の制服。白色が降り注ぐ太陽の光に映え、さわやかで生き生きとして感じを見るものに与えるデザインの制服は、陽気にはしゃぐ少女達にぴったりと似合っていた。


美佳、と両隣の友人達に呼ばれた少女は、灰色の猫の耳を頭の上でぴこぴこと動かし、スカートの裾からは灰色の長い尻尾が垂れ下がり、ゆらゆらと機嫌よさげに動かしている。


右隣で買った店を聞き出そうとしている少女の頭には純白の長い耳が伸び、周囲の音に反応しているようでクルクルと方向を変えるように動いている。


左隣の少女は、美佳の首にぴったりと嵌まった首輪をじっくりと鋭い目で観察し、羨ましそうに頬を染めている。その目は細く釣りあがり、「いいわねぇ」と呟く口の中には二つの牙が覗いた。


「本当に羨ましいわぁ。どうしたって、蛇が似合う装飾品って限られるんだもの。可愛いのなんて、本当に頑張って探さないと見つかんないのよ?なんかケバかったりとか」


「兎はその逆。可愛いっていうか、子供っぽいものばっかり!」


「でも、猫だって一緒だよ。そんなに売ってないもん」

「それはしょうがないよ!猫って、外国人かハーフくらいしかいない、希少種なんだもん」

 キャッキャ キャッキャと歩きながら話を盛り上げる少女達。

 その周囲に歩いている人々も、彼女達のように友人との話に没頭していることを除けば、そう代わり映えの無い姿、様子でそれぞれの向かう先へと足を動かしている。


頭の上に角を持った者。兎や馬、犬などの耳を頭の上に晒している者。お尻から尻尾が垂れ下がっている者。時には肌が爬虫類のように鱗状になっている者。


だが、そんな光景に驚いたり表情を変える者はただ一人としていない。

日本においては、この光景こそが日常そのものとなっていて、もう、そんな事ごときでは表情一つ動くことも無い。そんな事実を、穏やかな街並みに行き交う人々の、変わらぬ表情がしっかりと物語っていた。




「いいなぁ~あの子達。兎に蛇に、猫!私もそう成りたかったぁ!!」

「うるせぇな。羨んだって仕方ねぇ話だろ」


 そんな三人の少女達が通り過ぎる光景を、カフェのオープンテラスで眺めていた一人の女が、さすがに声を抑えてのことではあったが、羨ましいと小さな絶叫を口から吐き出していた。

 それを呆れながら嗜めたのは同じ席につく、コーヒーを口に含みながらノートパソコンに向かい長いこと打ち込み続けていた男。

 女の叫びが、叫んでもどうしようもないことではないか、とすっぱりと切り捨てる。

「だってぇ~」

 男に自分の主張を受け付けて貰えなかった女は、ぶぅと頬を膨らませ、ストローを口にすると残っていた飲み物をいっきに飲み干した。二十代前半と思われる容姿の女がするには少し、その行為は幼すぎるように見える。

「少なくとも、あぁだったなら。こんな風な人生にはなってなかったし、こんな面倒臭い仕事に追われていることは無かった。そうじゃない?」

「まぁ、そうだな」

 先程の女の主張はさっさと切り捨ててみせた男だったが、今度の、少しだけ落ち着きを取り戻したような低く窄められた女の言葉には、大きく溜息を吐き出し、カチカチと動き続けていた手元の動きを止めて、認める言葉を吐く。こちらは先程の女の行為とは真逆に、同じく二十代前半に見える容姿にしては年嵩のように窺える雰囲気をかもし出していた。


「亜紀。次の仕事だ」


「えぇ~。今度は何?虎が暴れでもした?猪が迷子?それとも、龍が狂った?」

「喜べ。珍しいことに、猿による集団引ったくりだ」

「喜べないぃぃぃ!猿って、今年一番力が漲ってる奴等じゃん!そんなの相手にするなんて、なんで私達!?特別手当くらい出るんでしょうね、イーサ!」

 女-亜紀は頭を掻き毟り、その苛立ちを分かりやすく表現した。

 男-イーサはそれを冷静な眼差しで受け止め、落ち着けと繰り返し口にする。表情をほぼ動かさず、その手元だけはノートパソコンを素早く鞄に仕舞ったり、伝票に記されている値段ぴったりのお金を用意するなど、忙しなく動いていた。

「その力に溢れて手に終えない状況の猿を押さえ込めそうなのが、龍であるお前と、鯨である俺しかいない。そういう判断だ。勿論、特別手当は出る。お前が欲しがっていた、あの意味の分からない程にデカく値段の張る水晶玉もちゃんと買える額だ。言っただろ、喜べ、と」

「マジ!?それなら、私、頑張っちゃうわ!雨でも雹でも、雷だって落としちゃう!」

「また、余計な被害をもたらして、特別手当没収になりたいのならば止めはしない」

「チッ」

 以前から欲しい欲しいと恋焦がれていた水晶玉。龍である亜紀には本能のレベルからの垂涎の品。けれど、節約に節約を極めなければ絶対に購入なんて無謀なことが出来ない値段だったそれが買えるだろうと言われ、亜紀は任務へのやる気を分かりやすく漲らせた。だが、相棒であり過去の所業の全てを知られているイーサの淡々とした制止に、そんなやる気も意欲も一瞬にして大きく削がれてしまった。意気揚々と小さな炎が零れ落ちていた口からは、ついつい舌打ちが漏れ出た。

 だが、その殺がれた意欲も、うまく動きさえすれば手に入る水晶玉を思い返せば、すぐに盛りなおし、口角も持ち上がった。

 龍にとって玉とは、猫にマタタビ、犬に骨、馬にニンジン。


 猿の集団など、龍たる私の敵ではない。

 いかに今年の干支であるという最も力が増す年回りであろうと、だ。


 亜紀は目を爛々と、縦長の瞳孔が金色に光り輝せた。


 さぁ行こう。すぐに向かおう。

 

 背中でそう語り、足早に歩き出した亜紀。

 褐色の肌を持った、人よりも頭一つ、二つも長身のイーサは代金を近寄ってきたウェイターへと支払うと、さっさと歩いていってしまっていた亜紀の頭を人波の先に捕捉した。


 場所をろくに知らないくせに。


 溜息を吐き出しながらイーサは長い足を足早に動かし、亜紀の後を追うのだった。





 今からおよそ、百年と少し前の事だ。

 世界中でその勢力を誇っていた人間が大きく、その数を減らす出来事があった。

 大きな戦争が起こった、という訳ではない。

 ただ、一陣の光が世界中の上空に瞬いたのだと記録されている。

 その光は世界中の生きとし生きる人々の上に降り注ぎ、それを浴びた人々に大きな変化をもたらした。

 そして、その瞬間から世界は二極化した。西洋と、その他。人と干支族、という具合に。

 何が起こったかといえば、世界の一部文化圏に生まれ育った人々の、十二に区分される存在へと変化、変質だ。

 十二の区分とは、すなわち「子丑寅卯辰巳午未申酉戌猪」。

 そう十二支と呼ばれる区分だ。それ故に、変化・変質を果たした人々は、変質しなかった人々の人族と区別する為に「干支族」と今では呼ばれている。

 干支族とは、その人が生まれ持つ干支の姿への変化。例えば、子年に生まれた老若男女は鼠へ、巳年生まれは蛇へ。

 といっても、完全にその生物になってしまうという変化は、無いとは言えないが、少ない。その変化の仕方は千差万別、ある程度の区別が出来るというように、一律ではなかった。

 体の一部だけ、人と獣の姿を使い分ける、稀にその性質、その能力だけという報告もあった。その上、十二支といってもそのままの生物だけではなかったりもした。

 例えば辰。伝説上の龍になった、という事例はほんの少数に留まり。ドラゴン・竜と称する方が適任なもの、蜥蜴、恐竜、タツノオトシゴ、リュウグウノツカイなど、竜・龍と名についていた既存の生き物に変化したという報告が数多かったのだ。

 戌といっても、柴犬からチワワなどの品種の違いが現れたし。酉も本来の鶏ではなく、インコや鴉、稀に神話・伝説上の鳥となった者も居た。


 そして、世界中に降り注いだ光が原因となったであろうこれは勿論、日本だけでの事象ではない。干支、というものを起用し伝統としていた国々全てで、これは報告された。

中国、韓国を始めとするアジアの国々。

ロシア、ベラルーシ、ブルガリア、フィンランドなどの東欧の国々。

アラビアの一部の国まで。

それらの国では、日本で確認された十二種の存在の他に、猫、ワニ、魚、豹、鯨、山羊、蟹となった人々が確認された。


 影響を受けることのなかったのは、干支を持たない国々、人族。

 主に西洋、一神教の文化圏に属していたそれらの人々は、変化してしまった人々を亜人、異形と呼び、激しい嫌悪を露にした。

 仕方無いことだ。純粋な人、と今や彼らは自分達を称しているのだが、彼らの多くが信仰していた宗教は一つの神を崇め、人を最上の存在と位置づけていたのだ。そもそもにして、同じ人間であったも宗教の違い、習慣の違い、という理由で戦争を起こし、終わりなき戦いを長年にかけて起こしてきたという歴史を刻んでいた。

 そんな彼らが、人ではない姿、力を手に入れてしまった相手を、素直に友好的に受け入れることが出来る訳がなかった。彼らにとっては、夢物語のような、世界の終わりが起こったように思えたのだろう。一部で確認された変化・変質が、彼らにとって神の敵、人の敵、悪魔と呼ばれるそれであったことも、嫌悪感、忌避感を増幅させた。そういった恐怖などから始まった戦争は数多く。それを正当なるものと高らかに叫んだ、テロもあった。移住や留学、旅行などで、そういった文化圏内で変化・変質してしまった干支族への攻撃、迫害、捕獲からの人体実験など、悪しき記憶も数多く残る。それらは今も絶えてはいない。特に地続きにある欧州では頻繁に起こり、消えては生まれる過激な組織に対する緊張感は続いている。


 が、それでも百年。

 彼らからすると亜人である存在を友好的な関係を築き直す国、組織も生まれ、亜人と人による国際結婚を行うものも現れ始めている。


 ちなみに、自身の生まれた干支へと変化したのは、光を浴びた人々だけだった。

 その後に生まれてきた子供達は皆、生まれ年に関係なく親の、特に母親と同じ種に生まれている。光を浴びた時点では家族でも違う種になってしまった為か、自分とは違う種と結婚することへの戸惑いや忌避する感覚は無く、異なる種の親を持つ子供はそう珍しいことではない。

 流石に、自分達を亜人と、差別したり嫌悪を向けてくる人々への抵抗感などをあるものの、その延長上で亜人と人の結婚も、亜人の国の中であっては厭われることもなかった。

 だがそれも、純粋な人、というものを尊ぶ者達には唾棄するべきことで。

 過激な組織からは攻撃の対象として、付け狙われることだった。

 ありとあらゆる方法をもって、彼らは干支をもって変化を成した国々へと入り込み、『正義の鉄槌』『神の裁き』を降していくという、悲しい事態も少なくない。

 干支族の国となった各国もそれぞれ対抗策を練り、国民を守る為の対処に追われている。現状の日本では、優秀な人材を集めた一つの組織を作り、如何なる状況でも対処出来るようにと特別な権限を与えることで、外からの脅威を退けている。


 長くなったが、そんな組織に属する職員、それが亜紀とイーサの肩書きだった。

 しかも、組織が創立された際から所属している古株にあたる。

 組織が創られてから百年近く。二十代前半にしか見えない容姿の二人を見れば、誰もがその事実に疑問を浮かべるだろう。

 だが、それは紛れも無い事実。

 これは、二人が変化した存在の影響があった。


 亜紀は辰年生まれで、大学への通学途中に光を浴び、正真正銘の龍となった。

 同じく龍になったという者の中には姿形だけだった、という者も居たが。亜紀は伝説に語られる龍そのものの力を発揮することが出来た。その上、光を浴びて以来年を取ることも無くなってしまったのだ。龍の寿命など誰も知りようもなく、亜紀は同胞の龍達と共に、自分達の寿命は何処までかと推し量る日々と歩んでいる途中だった。


 イーサはこの日本では数人しか存在しない、鯨だった。

 イラン人の父親と日本人の母親の間に生まれ、生まれたのはイラン、幼児の頃から育ったのは日本、という経歴を持っている。日本で言うところの辰年はイランでは鯨年。イーサは亜紀と同期として同じ大学に通っていた、それ以来の腐れ縁として仕事の良き相棒を長年務めている。

 イーサもまた亜紀と同じ様に、あの日以来年齢を重ねることなく生きている。ただ、亜紀とは違ってイーサは自分の寿命を知っている。鯨は二百年程の寿命という研究結果があり、イーサは自分がそれくらいで死ぬだろうと理解しているのだ。

 何時か亜紀を置いていくだろう。そんな覚悟はとうに出来ていた。


「ねぇ、イーサ」

 人波を器用に潜り抜け、ようやく追いついた相棒に、亜紀は置き去りにしたことを歯牙にもかけずに話しかけた。

「何だ?」

「猿って、どんな奴等か報告はあるの?」

 そう聞いてきた亜紀の目が楽しそうに煌いている様子に、ずっと無表情に近かったイーサの目元に少しだけ、笑みが浮かんだ。

 同い年ながら亜紀の保護者などを自任しているイーサは、何だかんだ言いながらも亜紀が楽しそうなのが一番嬉しい。龍の力を制御せずに大暴れした後始末などを考えると、苦言を呈さなければならない。これは組織の一職員として怠るわけにはいかないことだ。だが、亜紀にも滅多に晒さない本心から言えば、亜紀が何にも制御されない自由そのままに楽しむ様子こそが、イーサの望むものなのだ。

それを見ることが出来るのなら、後始末くらい幾らでも負おう。

 それこそが、イーサの偽らざる本心だった。

「人数は18人と大所帯。色々が混ざった集団らしい。ただ、それにしては纏まりがあり過ぎるな。きっと、伝説級、もしくはそれに準ずる猿が率いているのだと考えられる」

「へぇ。それはそれは…ふふっ楽しそう」


 狒々、猿鬼。


 好戦的に笑い、亜紀は知っている猿の上位に位置する名を口にする。

「加減してくれよ?上位格の猿が本当に居たとしても、結局は龍には勝てる訳が無いんだからな」

 国民からの税金によって活動している公務員として、やっぱり一言は制止の言葉を告げることを、イーサは止められない。

 だが、やっぱり本心では口にした言葉とは真逆なことを、言葉にすることなく亜紀の背中にかける。実を言えば、亜紀だってそれくらい知っているのだ。長い、本当に長い付き合いなのだから。

 イーサが自分の背後で、正面を向いていては見せくれない笑みを浮かべていることだって、知っている。

「分かってる。ちゃぁんと分かってるわよ、イーサ」

「それならいい」


くすくすくす

ふっ


 二人の笑い声が重なるように響いた。



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