短編 隣の席の無表情美少女が実は読心能力者でポンコツで死ぬほど口下手だけど内心は馬鹿ほどハイテンションなことを読心能力者の俺は知っている

佐城 明

絶対に笑ってはいけない教室

 知ってる人は知ってるだろうが、超能力者は普通にいる。

 クラスに一人……とはいわないが、大体の学校に一人か二人くらいはいるだろう。


 なんで知らない奴は知らないのかといえば、能力者は能力者であることを隠すからだ。

 なんせ『他人の心を読める能力』なんてものを持っていると知れたらまず間違いなく大変なことになるからな。

 あ、因みに心を読む能力――つまり『読心能力』以外の超能力者というのはこの世に存在していない。心を読める俺が言うのだからほぼ確実だ。


 うっかりバラしちまいそうな奴がでそうだけれど、そうはならない。

 これは多分、能力者としての本能のようなものなのだろうが『読心能力は危険なものなのだ』と遺伝子に刻み込まれているのだ。

 昔はよく魔女狩りとかされて火あぶりとかにあってた過去でもあって、危険回避の本能と化しているのかもしれんな。マジこわい。


 つまり、能力者は絶対にバレたくないのだ。

 例え同じ読心能力を持った者同士だとしても、絶対にバレたくないのである。




(今の俺のようにな)


 そう。まだ座り慣れない、進級して間もない教室の隅っこの席に座り、気だるそうに頬杖をついている俺のようにである。

 ぼ~っとしている様に見えてその実、意識は油断なく隣の席に座る人物に向けられていた。


 隣に座っている、氷のような美貌をもったクラスメートに。


「今日のミニテストさ、意外と範囲広くて予習ムズかしかったね」

「あぁ、キツいキツい~! てかぶっちゃけ絶望的~。あ、ねぇねぇ。風音ちゃんは勉強してきた~?」

「ばーか。風音さんは余裕に決まってるじゃん。あんたと一緒にすんなって。ねぇ?」

「――――――えぇ。まぁ」


 風音、と呼ばれた女。

 奴こそが隣の席の住人。風音セイネだ。

 どうでもいいが、カザネセイネってなんか韻踏んでるみたいで呼びにくい。


 いつも通り澄ました無表情で女子二人の会話を切ってすてている。


 が。


「――――――ふッ……ふッ」


 あぶねぇッ。ま、また吹き出しそうになっちまった。

 ダメだ。笑うな。笑うな俺!


 ………………ふぅ。お、落着いた。


 これだ。

 このクラスになってからというもの、コレが怖い。

 俺は現在一つの問題を抱えているのだ。


 問題も問題、大問題である。

 自身の弱点といってもいい部分が露呈されつつあった。


 俺の弱点、それは『笑いの沸点』の低さ。

 というか、隣に座っている女がモロに俺の笑いのツボだったという事実である。


 先ほどの会話。

 端で普通に聞いている分にはなんの変哲もない世間話だろうが、俺にとっては全然違う。


 具体的にどう違うかというと。


『今日のミニテストさ、意外と範囲広くて予習ムズかしかったね』

『あぁ、キツいキツい~! てかぶっちゃけ絶望的~。あ、ねぇねぇ。風音ちゃんは勉強してきた~?』

『ばーか。風音さんは余裕に決まってるじゃん。あんたと一緒にすんなって。ねぇ?』

『――――――えぇ。まぁ』(ねぇえええええ!? って、テスト!? テストっつった今!? 知らぬ! 私それ知らないんだけど!! なんで誰も教えてくれなかったのよッ。って私が風邪で休んでたからじゃんね!? そして今まさに私に話しかけてきた目の前の二人も含めて誰も教えてくれなかったからっ! 何で教えてくれなかったのかというとぉっ)

(まったく、いきなり風音さんに話しかけるとか度胸あるなぁこの子は。このクラスになってからまだ誰も風音さんとまともに会話できた人いないっていうのに)

(やっぱすごいな~風音さん。これぞ、くーるびゅーてぃーってやつだよね~。憧れる~)

(そう! こんな具合で私がクソ口下手なだけなのにクールビューティーとか勘違いされてて話しかけにくいからですよねーそうですよねっーあぁっもうファック!! こんな調子でまた楽しい学生生活は絶望的! 圧倒的爆死! アバーッ!!)


 この辺で俺は吹き出しそうになった。


 コイツ……! 頬をピクリともさせない無表情の下でなんてテンションでいやがる……!?


 みたいなところが主にツボなのだ。

 アバーッ、じゃねぇよ。一体どういう感情の発露なんだそれは。


 つまり。

 風音セイネという女は『死ぬほど無表情』で『クソほど口下手』で、なのに内心は『馬鹿ほどハイテンション』で、俺と同じ『読心能力者』なのである。


 じゃあ俺の思考も風音側に筒抜けなのか? と、いうと今の所そういうわけではない。

 同じ読心能力にも強弱、序列、性能差というものがある。

 俺は風音よりも能力が強かったらしく、先に心を読めたというわけだ。


 とはいえ、向こうだって同じ能力者。なにか切っ掛けがあればこっちの心を読めてしまうだろう。


 今までの観察から察するに、風音の能力適応範囲は『近距離にいて、自分が意識を向けた相手』程度なのだろうと予想できる。


 そう考えると、今の俺はマズイ立ち位置だ。

 何しろ隣の席に座っているのだから距離的にはかなり近い。

 だからこそ、いつもヤツに意識されないように気配を消してぼ~っとしているのだ。


 風音はどうやら重度のコミュ障らしいが、俺は俺であまり活動的に喋ったり動いたりできないでいる。

 下手に目立って風音に意識を向けられたら心を読まれてしまう。

 心を読まれたりしたら俺が読心能力の持ち主だとバレてしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 バレたらどうなる? という結果に関係なく、能力者の本能として絶対にバレたくないのだ。

 ゆえに俺は学年が上がって風音とクラスが別れるまでの間、ヤツに意識を向けられないようにひっそりと過ごしていくほかない。


 だからこそ、大問題なのだ。

 風音セイネ自身が俺の笑いのツボそのものだという事実が。




 テスト中。

 教室は静まりかえり鉛筆の音だけが響いている。物理的には。


 俺には色んな人の心が聞こえてくるわけで、本来ならカンニングしたくなくてもし放題な状況なのだが。


(ぬぁああああああ! ほ、ほんのちょっと心を読めば、分かるっ。私には答えが分かる! 例え全く勉強してこなかったとしても、ちょっと意識さえすれば心が読めるっ。でも、いいの!? この力、そんなことに使っていいの!? 矜持はないの!? 私はそこまで堕ちていいというの!?)


 お隣の声が五月蠅すぎて、他のヤツの声がロクに聞こえてこねぇ。


(あぁっ、特に前の席に座ってる一条君は秀才そうだわっ。きっと成績だっていいはず。だってなんか眼鏡で、大人しそうで、眼鏡だし!)


 ほとんど眼鏡しか印象ねぇじゃねぇか。


(いやでも待って? 私も別に頭いいわけじゃないのに、ただ無表情で黙ってるってだけでクールビューティーの完璧超人みたいな扱いされてない? ってことは大人しそうで眼鏡だからって頭いいとは限らない説ない?)


 限らないよ。

 でも一条は頭いいよ。心読んだ限りではこのクラストップだよ。


 あまりの葛藤ぶりに、つい気になって隣をチラリとのぞき見た。

 するといつも通り、まるで永久凍土に封じられたのかのような無表情の美貌がそこにある。


(いやでも! もう私には一条君の眼鏡に頼るほかないっ。でもでもっ、モラル的に……くぅうううッ。どうするの私っ。悪魔に魂を売るの? 読んじゃうの心!? 読まないの心!? どっちなんだぃっ。――よ~むっ!!)

「!?――――ふ……ッ」


 読むんかぃ!!


 クソ。あぶねぇ。また吹きそうになった。

 ど、どうしたらあんな無表情のままにあそこまで愉快なテンションを保てるんだ。


(どれどれ~? 一条君の回答は~?)

(やれやれ。この程度のミニテストにこんなに時間とることないのに。解き終わっちゃうのが早すぎて退屈なんだよねぇ)

(ふぎゃあああああああッ!? もう終わってるぅっ!!)

「――ふっ!? ふ……ひ」


 ば、馬鹿だ。

 そもそも葛藤が長すぎてテスト時間がもう終盤になってることに気が付いていない。


(も~~ヤーだー! テスト終わんない~! すぐ馬鹿だってバレる~っ。顔だけクールビュー! とか、雰囲気と頭脳が反比例! とか言われるぅ! またママに『あんた顔だけはいいんだからモデルにでもなんなさい、顔のみ一点集中でいいんだから』とか言われるぅ~!! びゃあああああああっ)


 やめろぉおお!

 これ以上俺に表情とのギャップを食らわすなっ。笑うだろうがっ。

 あとお前の母親は自分の娘に対する評価がえらく大胆だなっ。


 テスト中なんてモロに笑い声が響いてしまう。

 絶対に笑うわけにはいかない。

 じ、地獄の時間だ……ある意味で。







 笑いを抑え続ける日々が続いて、数週間。


 なんとか俺は耐えている。

 徐々にヤツの顔面内心ギャップにも慣れてきて、どうにかボロを出さずに過ごせているのだ。

 この調子ならどうにかクラス替えまで耐え忍べるかもしれん。


 そんな想いが、油断を生んだのかもしれない。


「あっ――――」


 風音セイネが消しゴムを落とした。

 足下に転がっていたソレを、咄嗟に拾ってしまう。


 し、しまった。


 ヤツとは目を合わせないよう、会話もしないようにしてきたのに。

 しかし、流石に拾った以上はちゃんと返さないと逆に不自然。ここは仕方ない。


「落としたぞ」


 なるべく意識させないよう、サラッと返すことを試みる。


「――どうも」(あ、ずっと気になってる人に消しゴム拾ってもらっちゃった)

「へ?」

「え?」


 あ、ヤベ。

 は、反応してしまった!?


 笑いを堪えることだけに警戒心が向けられてたせいで『気になってる』とかいう単語に普通にビックリして、つい反応をっ。

 思春期男子の弱点をよくも的確についてくれたな!?


(なに? 今の反応? まるで心を読んでついリアクションをとっちゃって変人扱いを繰り返された幼き頃の私みたいな……って、まさか……?)


 悲しい過去をサラッと思い出すな!

 そりゃまぁ俺も覚えがあるけれどもっ。


(なんか定期的にブッ! とか ふっ! とか吹き出すから、実はお笑い好きで、思い出し笑いを発作的に繰り返すという私と同じ性癖を持っているのかな? と思って気になっていたけど……。同志の心を読むのは失礼にあたるかなと思ってあえてスルーしてきたけど……。まさか……まさか……)


 気になってるってそういうのかよ!?

 んな性癖は持ってねーよ!!


(ごめんなさい! 読むねっ!!)


 やめろおおおおぉおおお!!!

 今読まれたら、俺が読心術者でずっと心が読めていた事実がバレ――――。


(!!?ッ)


 あ、バレたわ。

 見るまに、風音の顔がす~~っと紅く染まっていく。


(わわわわわたしが心よめるバレてた!? だだだだだだけじゃなくて、今までの思考ずっとダダダダダダダもれてたッ!? じゃじゃじゃじゃあ私のあんなコトもこんなコトもモロに聞こえてててて――――死ぃッ!!!!)


 いやいやいきなり死ぬなっ。


(殺ッ!!!)


 いやいやいやだからといってこっちに殺意をむけるな。


(あああああああああもうっ、どうして!? どうしてこんな!? 私以外にも心が読めるヤツがいて、一方的に読まれていたなんて!?)


 こっちだって大変だったつーの。

 笑いこらえるのがどれだけ大変だったか。


(きききさまぁ!? 私のことを見て内心は大爆笑していたのね!!? あざ笑っていたのねっ!!? 抱腹絶倒してたのねッ!!)


 そこまではしてねーよ。

 ただまぁ、おもしれー女、とは思っていたけど。


(ふざけろ! 貴様そんなイケメンだけに許されたセリフ吐けるほど顔面偏差値高くないじゃん!)


 うっせぇな!?

 ほっとけや! そりゃお前さんほど顔は良かないけどもそこまで言われる謂れはねぇ!


(え? 顔? 私の面ってやっぱいいかな? てへへっ)


 うっざっ! いきなりウザ!?

 っていうか面って、もうちょっと言い方あるだろ。


(うるさい! 貴様のせいで尊厳が完全破壊された今の私にとっては顔面がカワイイということだけが精神を保つ唯一の褒め言葉なのよ!)


 いえいえ、風音さんの魅力はその顔面と中身のギャップだと思います。マジで。


(ききききさまぁ!? それ本心で思ってる! 本心で思ってるなぁ!? 嬉しいけど嬉しくないぞごらぁ!! あーもうキレた。私キレちまったよ。貴様のことはもう生かしておかねー!)


 どうでもいいけど人のことをいきなり貴様とか呼ぶのはどうかと思うぞ。


(うっせうっせ! 貴様の指図なぞうけぬ~! 貴様の弱点ももう分かってんだからね!?)


 なに!?


(こっちだって心が読めるんだから当り前でしょう!? 貴様、私がツボなのよね? 私が滑稽で面白くて笑いが堪えられないのよね? ……ってクソむかつくんですけどぶっ殺すぞ貴様ぁ!?)


 思考がループしてんぞ。


(ハッ!? そ、そうだ。うん。そう。貴様、許さない。私。お前、殺す。おっけー)


 全然オッケーじゃないが。

 お前、片言レベルにまで思考を落とさないと冷静に考えられないのか?

 どーりでいつも思考が暴走気味なわけだ。


(うっさい! とにかく、貴様はこの学校という社会の中で死ぬことになるんだから! 何も起きてないのに突然笑い出す変人、というレッテルをはられてね!)


 くっ!?

 お前、まさか!?


(そうよ! これからことある毎に貴様のことを笑わせる為に爆笑ヒットパレードな思考をダダ漏れさせてあげるんだから! 正直別に意図的に笑わせたかったことなんて一度もないにもかかわらず自動的に笑いのツボを提供してきた私を舐めないことねっ!)


 なんて恐ろしいことを!

 ただ存在しているだけでこんなに愉快な生物が、更に意図的に笑わせになんてきたら俺は……笑い死んでしまうかもしれない……!?


(きさまぁッ! やっぱ絶対にぜったいにゆるさんからな! 貴様の腹筋を夏休みまでに完全に破壊してやる!!)


 な、なんてことだっ。

 どうやら俺は、とんでもない女に喧嘩を売っちまったらしいぜ……!


 ――こうして、絶対に笑ってはいけない教室での生活が始まったのだった。

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