再び、自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話

浅賀ソルト

再び、自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話

なぜか恋愛相談を受けてしまった。相談してきたのは15歳になる女の子で、好きな人に振り向いて欲しいがどうすればよいかというものだった。

これまでにもなんとなく色々な学生から、どうすればあんなにいつまでも仲良く関係を続けられるんですかとか、交際のきっかけはなんですかとか聞かれてきて、そのたびに普通に答えてきたのだけど、今回の相談はストレートだった。私の恋の話ではなく相手の恋の話だ。

魔法学校内での私を見る空気が少しずつ変わってきているのには気づいていた。いままでは見て見ぬフリというか遠くからチラチラ見られるだけだったのに、話し掛けられることも増えてきて、それどころか食事やパーティ——誰かの誕生日とか記念日とか打ち上げや祝賀会など、名目は様々だ——に誘われることも珍しくなくなった。私自身もそういうのは久し振りというのもあって暇だったら参加するようになったんだけど、いつも何人もの学生が話し掛けてくるので退屈ではなかった。女生徒たちは複数人のグループで私を囲んで熱心に私に質問してきた。

私自身は研究生であり学生たちとは年齢や立場も全然違っていたが、それでも囲まれて話し掛けられていたのである。卒業記念パーティにまで呼ばれたので、まあ、学生たちの間で私が人気者になっていたと自分で言ってしまってもいいだろう。うぬぼれても調子に乗っているわけでもないくらいに事実だったと思う。他の研究生や教授はこんな風にあちこちには呼ばれない。ましてや私は授業などを担当しているわけでもないので、普段は学生との接点は皆無なのだ。

もちろん心当たりはある。私に恋人ができて、私の実家のツテで彼を魔法学校に入学させたからである。元は地方の神童で、学校の図書館に研究で通っていたのだけど、彼が12歳になったときに私が手をつけてしまい、そのまま毎晩のようにセックスをしてほぼ同棲のようになり、彼の研究が打ち切りになるときに私の方で彼を引き取ったのである。去年のうちに私は1人目の子供を出産して——子供はそのまま実家に預けた——現在は2人目を妊娠中だった。16歳になった彼はもう神童というよりは普通に成績上位の学生の1人という存在であったが、その年齢で研究生の女性といい仲でほぼ同棲しているというのは学生仲間からは相当に目立ってしまったのだろう。その恋人である私が注目されるというのも仕方がないことであった。

「仲良くなりたいといっても、もちろん『魅了』の魔法とかは使わずにってことだよね?」私は安楽椅子に座ってお腹をさすりながら言った。

場所は私の研究室だ。ノックして入っていた生徒を招き入れて私は一歩も動かなかった。妊娠5ヶ月を過ぎて安定期に入りお腹も膨らみかけていた。

ちょっと話は脱線するが、1人目のときに私は『流産防止』の魔法を開発して自分にかけていた。2人目の今回は『流産防止』に加え、『つわり防止』もかけていた。また出産があまりにしんどかったので『安産』と『無痛分娩』の魔法まで開発して準備を整えていた。今回の経験もあって、今後は子宮と胎児を異空間に隔離して肉体的負荷を完全にゼロにする魔法も作れないかなと思っているところである。酒を飲みたいとは思わないけど、階段の上り下りとかトイレとか、子宮に子供を入れたまま体を動かすのは厄介すぎる。なんとか肉体的に解放されたいものだ。あと妊娠中でもセックスしたいし。そこは人として。子育ては実家に丸投げだから別にどうでもいいけど(作者注:そのようなわけで彼女は『夜泣き防止』のような育児系の魔法はほとんど開発してない)。そんなわけで妊娠しているといってもこの恋愛相談の話に私の妊娠の不安などは無関係である。

さらに話は脱線するが、私が昔開発した『生理痛軽減』の魔法は学内の女生徒たちに絶賛され、その時点で私はちょっとだけ有名になっていた。今となっては誰が開発したとか話題にならないので、私の名声——というほど大袈裟なものでもないが——はどこかに消えてしまっている。

「あ、はい」女生徒は答えた。

相談に来た女の子——名前はミョゼヤヒヌソバというが覚えなくてよい——はもっと自信を持っていいくらいにはかわいかった。黒髪に褐色がかった肌。瞳は鳶色。身長は平均より低め。椅子に座って手を膝の上でぎゅっと握っているが、手が小さく指も短くてそこがどこか赤ちゃんっぽい。服は学生制服のローブを羽織っていたが、首につけた装飾品がちょっと高級で、私物というよりは相続した家宝か何かのようだった。

「恋愛成就の手段にも色々種類があると思うけど、相手に魔法をかけるのアリナシ。自分に魔法をかけるのアリナシ。あとはまわりに魔法をかけるのアリナシ。ポーションを魔法に含めるかどうか。全部無しにして会話とか心理誘導の技術だけ磨くとか、どこまでにしたい?」

「あの、ザラッラさんはどうしたんですか?」

「私は相手によるかなー」言い忘れてたがザラッラというのは私の名前である。ギュキヒス家の娘、ザラッラ゠エピドリョマス・ギュキヒス。「どうしても欲しい相手なら全部あり。それほどでもない相手ならポーションは面倒だからやらないかな。ライバルがいるとつい深追いしちゃうけど」

相談に来た女の子は私の最後の言葉にちょっとだけ笑った。心当たりがあるのだろう。

一応聞いてみた。「相手って別にネゾネズユターダ君じゃないよね?」この名前は私の恋人——お腹の赤ん坊の父親——の名前である。

「あ、いえ、違います」女の子はブンブンと手を振った。「ちがいますちがいます」

私は笑って、「ごめんね。たまになんか一方的に私にライバル宣言してくる子がたまにいて」と言った。「『彼を自由にさせてあげてください』とかなんとか」

特に束縛しているわけではないので目の前の子が彼に興味があるなら本心からそれで構わないのだが、違うというならそれ以上を言うのも野暮だった。私もやっと安定期に入ったところで彼もたまってるだろうし、この数ヶ月で浮気してても不思議はなかった。浮気している感じはないけど。毎晩同じベッドで寝てるし。

「すいません。違います。いや、ネゾネズユターダさんが魅力的じゃないという意味ではないですが……」

その言い方があまりに社交辞令で笑ってしまった。全然好みじゃないですという気持ちが漏れていた。「オーケー、オーケー、ごめんごめん。私の方が自意識過剰だった。そんなにいい男じゃないよな、あいつは」

「『魅了』は試そうと思ったんですけど、同じ魔法学校の生徒ですし、普通に抵抗されるかなって……」

「なるほど」つまり場合によっては相手への『魅了』もありだということか。「私がその彼の抵抗を破ってあなたへの『魅了』をかけるのはあり?」

「そんなことできるんですか?」

「ん? どういう意味? あなたって何年生だっけ?」

この話のすれちがいの修正に少し時間がかかった。『魅了』の魔法は基本的には相手から自分への好意を発生させるものだけど、接頭辞や修飾によって第三者が他人同士の好意を発生させることも可能である。反転させれば『嫌悪』も発生できる。私の質問はこの呪文の応用を習ってないのかという意味の質問だった。そして女の子はそれを習っていた。ただ『魅了』に応用できるとは思っていなかった。そして『そんなことできるんですか?』という彼女の質問はそういう『魅了』という魔法の応用についての質問ではなく、また、彼の抵抗を破ることができるんですかという質問でもなく、得も何もないのに倫理的にも怪しいそんなことを私がやってくれるのかという質問だった。

「私がやるかどうかはとりあえず置いておいて、あなたがそれを頼むかどうかを聞かせて欲しいな」

このいかにも魔女的な質問に彼女はしばらく考えていたが、「いえ、それはお願いしません」とはっきり言った。

「いいね。相手への魔法は無しでいこう」

「はい」

「自分にかける魔法はどうする? 『肌のシミとシワを取る魔法』『肌をスベスベに保つ魔法』とかあるけど? 『魅力的な体臭をまとう魔法』とか」

「そんな魔法あるんですか!」

「あー、いや、私のオリジナルの魔法だから別に授業でやるようなものじゃないけど」

「ええ?」

彼女は何か変な目で私を見た。半信半疑と畏怖と恐怖が混じったような、なんだか相談相手に向ける顔じゃない感じだ。心理的に距離を取られてしまった。

「え、いや、その、そんなに難しいわけでも邪悪なわけでもないよ。あなたも卒業する頃にはそれくらいの応用はできるようになるよ」私は言い訳するように手を振り身振りを混じえて言った。これは嘘ではない。普通に学校の授業の内容を理解していればできるようになるはずだ。「そんな顔しなくても」

「あ、すいません」彼女は自分で自分の顔に触れた。硬ばった表情を手でほぐした。

「『いくら食べても太らない魔法』とかもあるよ」

「ええええ!」彼女の口が完全に○になった。そのまま固まってしまった。

ちょっとリアクションが面白くなってしまった。研究生と学生だと魔法への認識なんてこのくらいズレてるか。

「それはそうと、『モテる魔法』とか『魅力的になる魔法』というのはあるけど、こういうのは自分にかける魔法だけど対象が不特定多数だからなー。こういう場合にはあまり向いてない気がする。モテたいわけじゃないでしょう?」

「モテたいです」女の子は即答した。

「あ、そうなの?」意外。「じゃあそれでいく?」恋愛相談として最初に私が想定してた方向とは違ってきた。

「え、いや、ちょっと考えさせてください」彼女は私の研究室をぐるりと見ながら考えていた。インチキ魔導書とか歴史書とか変な道具とか、基本的に役立たずの物ばかりのコレクションである。そういうものを理解するでもなくじーっと見ていた。物品を見るというより、それを持っている私という人間について考えているのだろう。

「まあ、即答じゃなくよく考えた方がいいよ。モテって思っているのとは違うと思うから。とくにあなたみたいに、自分に自信がないタイプが使うと慣れなくて逆に苦労するから」

「……」聞いているような聞いていないような態度だった。彼女は私の言葉に反応せずにずっと研究室の中を見ていた。

私もまた、そんな彼女を興味深く観察していた。どんな選択をするにせよ、それは彼女が選ばなくてはならない。私が何か誘導するのは違うと思った。何も言わずに彼女の選択を待った。

「その魔法を解除することは可能ですか?」

「もちろん」

「じゃあお願いします」

「どれ?」

「全部お願いします」

「『肌のシミとシワ』『スベスベ』『魅力的な体臭』『モテ』『魅力的』も全部?」

「はい。彼に『魅了』もかけてください」

「あはは、いいね」私は親指を立てた。「『絶倫』もいる?」

「え、いや、そこまでは」彼女は遠慮がちに言った。

「淡白よりはいいと思うよ」

躊躇していたが、恥ずかしがってもしょうがないと思ったのだろう。多少の開き直りのある顔で彼女は言った。「じゃあそれもお願いします。解除できますよね?」

「もちろん。全部解除可能だよ」私は胸を張って請け負った。

「じゃあそれで!」朗らかに頼まれた。

よしよし。私は無意味に手を組んで指のストレッチをした。腕が鳴るぜ。

『巨根』とか『巨乳』とか『名器』とか、ちょっとアレな方向の魔法もあるのだけど、さすがにそれはいいか。『感度増幅』とか下手すると廃人になるし。

私は彼女の思い人の名前と特徴も聞いた。知らない名前だったが調べればすぐに出てくるだろう。

『倦怠期解消』『いつまでも新鮮な刺激を保つ』といった魔法もある。『いつまでもお互いに気づかい慈み合う魔法』まで使えば完璧だ。

……いや、それはさすがにやりすぎか。使うか使わないかは彼女の選択に任せよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

再び、自分の欲望に忠実な魔法使いがたまには人を助ける話 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ