砂漠の星

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砂漠の星

 砂漠の星(短編・完結)



 かつて、この星は水の惑星と呼ばれていた。表面の七割が海水に覆われ、母なる海に抱かれた青い地球。資源は潤沢で、海中に溶け込んだ酸素や炭素、窒素は様々な生物を生み出す源となった。太陽系で唯一、沢山の生命が育まれた、恵まれた星。四十億年前から、長きに渡り多くの生物が進化し、繁栄した。

「――だってさ。ピィ」

 ざくり、ざくりと白い真砂を踏み、足元を一歩進むごとに埋もれさせながら、たった五歳ほどの子どもは傍らの相棒を見た。教え諭すような口調だったが、むしろ、その内容を忘れないよう、自分自身に語り掛けているようでもあった。

 見渡す限りが砂漠のこの星には、砂以外もう殆ど何も残っていない。全てが塵芥と化してしまった。人も、モノも。

 かつての青き水の星、地球。

 その星は、今、白い砂漠に覆われた、死の星となっていた。


「やっと日本まで来たね。ピィ」

 子どもは足を止めた。見渡す限り砂漠しかない景色は何も変わらない。ただ、記憶媒体に残された座標上、ここが日本だとわかるだけだ。地形は変動し、母なる海に囲まれていたはずの日本は、もうすっかりその形を変えてしまっていた。違う大陸と一部は陸続きになり、そして、その他は海溝の奥底へと沈み、消えていった。地球全体が砂漠化したのは、その後のことだ。

「多分、ここが僕たちの生まれた国だよ」

 太陽も上らず、月もない。地球は、元の均衡をまるでなくしてしまっていた。あれほど生物に溢れた、賑やかな星に、今はもう物音一つさえない。子どもはそれでも、と膝近くまで白い砂に埋もれながら、両手を広げて深呼吸をした。

「何かあるかもしれない。探してみようよ、ね。ピィ」

 傍らの金色をした、ほんのゴルフボール大の大きさをした機械は、嬉しそうに子どもの周りを飛び回った。ここが母国だと、自分たちの生まれた場所だと、ピィもよくわかっているのだ。子どもはそうやって考古学者のように、掘り返し、何かを見つける度にインプットして、情報を収集していた、日本を目指すもっと以前から、ずっとそうやって旅をしてきた。子どもとピィは、色々なものを見つけてきた。遠い異国の地で、奇跡的に残っていた、ぼろぼろの建物や、流れ着いた瓶。機械部品の一部など、ありとあらゆるどうしようもないものまで、写真に収め、情報として取り込んだ。どれもこれもガラクタばかりだったが、子どもはその拾いものから、さまざまな情報を得ることが出来た。地球が死の星となったのは、たった二十年前だということ。それだけの間に、すべての生命が死に絶えてしまったこと。そのメッセージを子どもに伝えようとするかのように、物は語り掛けてきた。僅かに輪郭だけを残した物たちは、子どもに拾われると、卵の殻のようにぼろぼろと崩れ去った。まるで、残りの力のすべてを振り絞って、その原型を留めていたかのように。子どもは水の星の遺物を労っては、その終わりを看取った。そうしてすべては、砂へと還っていった。

「わかるよ。みんなつらかったんだね」

 子どもの「親」もまた、日本に居るはずだった。しかし、いつの頃からか、子どもが呼びかけても、呼びかけても、一向に返事がなくなった。これまで、子どもに甲斐甲斐しく連絡し、昼夜問わず見守ってくれていたとは思えないぐらいに、一切の通信が断たれた。

「どうしたんだろう……」

 けれど、子どもは親から教えられた通りに、すべての任務をこなして帰ってきた。

「きっと、他の子にかかりきりで、忙しいんだね」

 子どもが地球から離れている間、連絡がないことが淋しくはあった。しかし、子どもには託された使命があった。相棒として用意された「ピィ」も、いつも傍にいた。だから、必要以上に悲しくなることがなかったのかもしれない。公募によって、世界中が平和になるように祈りを込められた、“PEACEへいわ”、それが相棒の名前だった。子どもは、その機械を、ピィと呼んでいる。名前の頭文字と、鳴き声の音声が、ピィと鳴くように設定されていたからだった。

「たいへんだったよね。おしごと」

 子どもは、記憶を辿る。そうすると、僅かに視界に砂嵐が走った。何かを思い出そうとすると、不意に砂嵐に襲われるのだ。しかし、一緒にいるピィは、そんな現象は起きていないという。子どもの記憶媒体に、バグが起きているのかもしれない。

「どうしてかなぁ。僕だけなのかなぁ」

 親に逢えないことは、子どもの郷愁をも感じさせたが、問題は別のところにあった。地平の彼方よりもまだ、長く長く続く砂漠を歩きながら、いよいよ子どもの足もとがふらついた。

「マズいよ。ピィ。やっぱり足りなくなってきたかもしれない」

 動けばこうなることはわかっていた。しかし、日本に辿りつけば、何とか、メンテナンスを行う技術者が居ると信じて、ここまでやって来た。しかし、世界中を旅して来て、現実はそれほど甘くないことを思い知る。他国の全ての生物が絶滅している中で、日本だけが無事などということは、やはりありえなかった。見てみなければわからない、そう信じて辿り着いた。しかし、どの道生命は死に絶えていたのだ。

「推進剤が、もうすぐ無くなる。時間の問題だよ」

 子どもの身体を支えているのは、僅かな推進剤と、宇宙空間に適すように体内に備え付けられたホイールだ。これまでどうにかこうにか持ちこたえてきたが、いよいよ限界が近いらしい。ピィは慌てて、子どもの周りを飛び始めた。ピィは話せないが、子どもの気を奮い立たせようとしていることは間違いなかった。

「惑星……探査……」

 子どもは、白い砂に膝を付き、喘ぐようにその言葉だけを絞り出した。浅く荒い呼吸を繰り返す。科学衛星――惑星探査機。それは、人類最高の叡智の結晶といっても過言ではない。子どもに課せられた使命は、かつて十億㎞を踏破した、小惑星探査機、「はやぶさ」よりも、遙か彼方の惑星探査だった。往復約三十年以上かかる、巨大プロジェクトに、人類は邁進した。子どもは完成当時、沢山の「親」と、日本の期待を一心に背負って、宇宙空間へと飛び立った。あの時の高揚感と、自分にしか出来ない大役を任された嬉しさで、相棒のピィとそれは熱心に宇宙を駆けまわった。可視分光撮像カメラ、はやぶさで、世界初の搭載となったリチウムイオンバッテリー、望遠光学航法カメラ、蛍光X線スペクトロメータ、最新鋭の科学全てをその小柄な身体に詰め込まれた子どもは、親から送られる信号を頼りに、昼夜構わず夢中で探査に明け暮れた。苦難は勿論あった。だが、それでも、難しいミッションをすべてこなしながら、子どもはいつも、遠く離れた水の星のことを思い描いていた。

 しかし、やっとの思いで還って来たときには、そこはもう、青き星ではなくなっていた。生き残った人類を探しに探して、今に至る。子どもにはもう、立ち上がる気力がほとんど残されていなかった。

「誰かに――誰でもいいから、おかえりって、言ってほしかった」

 難題をクリアした子どものポケットには、百グラムほどの大きな惑星サンプルが入っていた。それは大変な収穫だった。持ち帰ったサンプルを調査すれば、これからの人類の未来が変わるほどの、世紀の大発見だ。人類にとって、これ以上ないギフトに違いなかった。だが、肝心のそれを喜んでくれる人はもういない。

 信号も、親からの連絡もない中で、地球への帰還軌道に乗れたことが、ほぼ奇跡だった。

「ごめん、ピィ。僕、もう歩けないや」

 元々、ミッション到達可能な限界までしか、計算された推進剤やバッテリーは搭載されていないのだ。地球に還り着いて尚、ここまで動けた。そのことだけでも、余程運が良かったと言うしかない。

 朦朧とした子どもの視界に、ざくりざくりと、砂を踏み分けるようにして、向かってくる人物が映る。子どもは、目を瞬かせた。あらゆる体内の媒体に通信するが、どのカメラから映し出しても、間違いなく、その人物は映っていた。

「ピィ! 見て、誰か来た!」

 手足はもはや硬直して動かせなかった。それでも、子どもは興奮を抑えきれなかった。何しろ、遠い異国の地に流れ着くように帰還してからここまでというもの、人っ子一人、生命体には出逢っていない。その生命体は、真っ白な砂を二本の足で踏みしめて、子どもの前に立った。そうして、子どもの脇にしゃがみ込んだ。

「どうした。歩けないのか」

 それは、人間の形をした男性だった。年のころは中年、ワイルドと評して何ら問題ない容姿をしている。髪も無造作に後ろで縛り、髭も生えた野性的な外見だ。ただ、少し目尻が垂れていて、そこだけが柔和な印象がある。もしかしたら、ある程度身なりを整えれば、まだ青年なのかもしれない。男はくたびれた服装をしていたが、長く旅をしてきた者だけが身に着ける、聡明さを瞳に宿していた。

 男は抱えていた荷物を下ろすと、子どもを砂の上に座らせるようにして、体勢を変えるのを手伝ってくれた。男が持っていた水を酒杯のような小さなカップに淹れて手渡されたが、子どもは小さくかぶりを振って遠慮する。

「お前さん、もしや惑星探査機か?」

 子どもの脇に腰をおろして、男は尋ねた。

「どうして、わかるの」

 子どもは、惑星探査機としては小柄であるとはいえ、人間の目からは、五歳ほどの子どもにしか見えないはずだ。男は苦笑する。

「そりゃあ、こんな荒廃した砂漠のど真ん中で、生きている人間なんてもういない。しかも年端もいかない子どもだ。親が傍にいないなら、それはもう、惑星探査機でしかない」

「僕、少し前にこの星に還って来たんだ。そうしたら、もとの地球はなくなって、こんな砂の星になっちゃってた」

「そうか。驚いたろ。たった二十年でこのざまだ」

 帰還してから、他の誰とも出逢わなかった。もしかしたら、表面が砂に覆われたこの星は、地球ではないのかもしれない、という思いがあった。子どもの座標軸が壊れていれば、ありえないことではない。間違いだったらどれほど良いだろうと思いながらも、それでも薄々気付いていた。座標軸が間違っていて欲しいと思うのは、単に、子どもが描いた幻想に過ぎなかったのだ。

「やっぱり、ここは地球なんだね」

 心の奥底で、間違っていなかったという喜びと、どこかで間違いであれば良かったのにという気持ちが交錯する。いざ此処が地球となると、変わり果てた世界を受け入れることが難しかった。

「残念ながら、ここは地球だ。俺は宇宙を飛び回る衛星じゃない。ずっと地球の軍部にいたからな。まさかこれっぽっちの年数で、地球が滅びるとは、思ってもみなかった」

 男は煙草を取り出した。子どもが風下でないことを確認し、火を点ける。

「せめて、こうなった経緯ぐらいは知りたいだろう。知っていることなら、話してやろう」

 音もなく光もない、そんな真空状態の世界で二人だけが、こうして話している。それはまさに邂逅とでも言うべき、途方もなく低い確率だった。

「地球が砂漠の星となった原因は、何だったの? 色々なモノを見てきたけど、それがわからなかった」

 人間だけではなく、地球上にはさまざまな生物がいたはずだ。その一切合切が死に絶えてしまうような何かが、子どもには想像がつかなかった。

「原因は幾つかある。そもそも、お前が地球から探索に出かけたとき、既に未知のウィルスは世界中の人類を襲いはじめていた。人類は何とか対抗し、人も経済も制限されながら、打開策を取った。一度や二度、その病原菌は抑え込まれたかに見えた。だが、徐々に時間を掛けて、形を変えるウィルスであることがわかった。それが厄介だった。一旦沈静化されたかのように見えたウィルスが、水に溶解し、どうしても人類の現在の技術では、消毒が出来ないとわかったとき、世界はパニックになった。何たって水の惑星だ。水がなければ生きていけないからな。どんな生物だって水なしには存在出来ない。そうして、水に混じったウィルスを退治することが出来ずに、世界中に病原菌がばら撒かれた。そうして、僅かな間に人類と生物は死に絶えた。中にはほとんど水を必要としない生物も居たかもしれない。だが、生態系が一旦壊れれば、瓦解は早かった。そうして、此処は死の星になったんだ」

 めでたしめでたしとでも言うように、男は子どもを覗き込んだ。

「どうだった? よくわかったか?」

 子どもは頷く。

「だから、親たちも連絡をくれなくなったんだね。単に僕に興味がなくなったのか、他の子を作るのに忙しいのかとおもってた」

 男は短くなった煙草を、傍らの砂に押し付ける。煙草の火が押し付けられた砂の部分は、一瞬で漆黒に変色していく。男は、子どもの思惑に苦笑した。

「お前を見捨てるなんて、そんなことは有り得ないだろう。お前は、最新の惑星探査機。言わば人類の悲願だ。生き残ったJAXAの人間がいれば、人類の未来の為に、お前だけは何とかしようとするだろうさ。こうなってしまったのはまぁ――仕方ない。どうすることも出来なかった。俺たちにも、どうにも出来なかった」

 もはや、涙は枯れ果て、鎮痛な面持ちを浮かべることにも飽きたように、男は小さく笑った。

「人類が築いた叡智だけが、こうして地球に残ったってわけだ」

「おじさんは、どうして無事なの?」

 男は、吐息だけで返事をする。

「さあ――どうしてだろうな。俺にもわからない。今はこうして、出来ることをしているまでだ。これまで、ずっと休んでいた身分だ。それなのに、ようやっと働く気になったのが、今、ってわけだ」

「休む……って何?」

 子どもは、休むことがどういうことなのか、よくわからなかった。産まれてから、三十年、働き続けてきた。朝も、夜も、大気圏でも、宇宙でも。それが当然だと思っていた。親と連絡を取り、常に遠い宇宙を走り回っていた。そんな子どもを不憫そうに見やると、男は目を伏せた。意外と睫毛が長い。だが、砂漠の中では、砂塵で漆黒の睫毛も少し白っぽく見えた。

「そうだな。お前さんは、少し……休んだ方が良いかもしれない。休むってのは、その、身体を動かさず、じっとして、目も開けず、体力を回復することだ。人間で言えば『眠る』ことだな」

「へぇ、活動を停止させるんだね。僕もそう出来るかなぁ」

 男は、僅かに迷ったあと、頷いた。

「出来るさ。人間は眠らないと、活動出来ないようになっている。もし、お前さんが人間同様、そうプログラムされているなら――可能なはずだ」

「そっか。……おじさん、僕だんだん、記憶媒体に砂嵐が発生してきているみたいなんだ。手足も、思うように――動かせない。眠れば、良くなるかな。また、前みたいに宇宙を探査出来るかな」

 子どもは、ポケットの中にあるサンプルを思った。初めての惑星探査は、子どもも、親たち――JAXAの科学者たち――も、大昂奮だった。未知の惑星から持ち帰った、大切な資料だ。子どもはどうにか、ぴくりと手足の先だけを動かした。もう、すべての――中でもメインとなるイオンエンジンも、燃料は空になりつつある。

「少し、眠るといい。三十年、一度も休むことなく、宇宙を旅し続けてきたんだ。お前さんは、よく頑張った。誰も成し得ないことを、やり遂げてみせたんだ。その褒美に、少しぐらい目を瞑ったって、構わないはずだ」

 子どもは、もう意識すらも混濁して来ていた。

(どうして、親は、僕を大気圏で燃え尽きるプログラムにしてくれなかったんだろう。そうすれば、僕はこの地球で、独りぼっちになることなんて、なかった。帰還して、地球が滅亡していることを、知ることも、なかったのに)

「ね、ぇ……僕の、名前、……を……知ら、ない……? も、う、僕……じぶん、の名前、も、わか、ら、な、く――なっ……」

 ピ、ガー、ピピ、ガーと、脳裏で砂嵐が鳴りやまない。異常があることは、もう随分前からわかっていた。機体を安定させる、R/Wリアクションホイールだって、二つも壊れている。推進剤だって、もう尽きかけている。

 子どもの様子は、男もよくわかっていた。もう幾ばくも猶予がない。そのさまが、ありありと手に取るように見て取れた。男は、本当に、子どもが眠りにつこうとしている気配を察知して、大急ぎで子どもに話しかけた。

「自分の名前も、忘れてしまったのか? さっき言っただろう! お前は、人類の『願い』だ! 相棒は、PEACE平和、お前の名前は、HOPE願い、人類最後の悲願だ! そうだったろう!! 聴こえるか!? お前の名前は、HOPEだ!!」

 男はほとんど、叫ぶようにそう告げた。

 もう、手足を動かせなくなった子どもは、それでも、苦しそうに微笑んだ。

「そ、っか……。ぼ、くは――HOPE願いだっ、た……、ど、して、わす、れ、てた、んだろ……だい、すきな、なま、え、だった、のに」

 男は、今わの際に、言葉が届いたことに安堵する。

「――そんなの、名前は、呼ばれるためにあるからに……決まってるだろう」

「そ……か。よか、った……。よんで……くれて……あり……がと……」

 子どもは、眠るように息を引き取った。一体、どれだけ、彷徨ったのだろうか。親を探して、忘れていた名前を取り戻そうとして、何キロも、何百キロも、何千キロも、小さな身体で歩き続けた。男は無言で、拳を握りしめた。

「本当なら、日本中、いや世界中から祝福されるはずだった。人類の偉業を成し遂げた、栄光に残る惑星探査機として」

 苦節三十年を駆け抜け、やっと帰り着いた母星の有り様を見て、子どもは何を思っただろうか。子どもらしいことなど何一つ出来ず、大人の都合で、採集と研究に忙殺された、この子どもは。それでも、苦労してサンプルを持ち帰り、手渡す人を探し続けた。子どもは、ただ、誰かに「おかえり」と言って欲しかったのだ。栄光も、名誉も何一つ望んでいなかった。家に帰って、家族に「おかえり」と言って貰えること。ただそれだけを欲して、気の遠くなる距離を、平気な顔をして、帰って来たのだ。

「たった、それだけのことを、願って……!」

 何がHOPE願いだ、と男は思う。帰ったら、「おかえり」と言って欲しい。たったそれだけのことすら、叶えてやれなかった。人類は確かに、子どもから多くの恩恵を受けただろう。しかし、この子どもに何かを与えられたはずの人間は、もう存在しない。

 どうして世界がこうなってしまったのかさえ、誰にもわからなかった。

「馬鹿野郎……っ」

 誰に対しての悪態なのか、わからないまま吐き出した。簡単に滅びてしまう人類に対してのようでもあり、今わの際に「おかえり」さえ言ってやれなかった、自身に対してのようでもあった。長い間、傍らで罪滅ぼしをするかのように、男は変わらぬ砂漠を眺め続けた。

 子どもも、この星と同じように、いずれ風化し、朽ち果てていくのだろうか。考えなくても、そうに違いなかった。男は立ち上がる。情けは無用だ。この星は、人々のよすがの願いを残酷に裏切ることで、成り立っている。苦労し続け、ほんの僅かな希望の糸に縋ることすら許されない。大勢の、哀しみと慟哭が可視化出来るなら、砂漠の砂一粒一粒が、成し得なかった夢に違いなかった。

「それを踏みつけて歩いてるってんだからなぁ」

 幻想に過ぎないが、如何にもそんな感じがして、瞼を伏せた。

 すると、先ほどまで静かにしていた、子どもの相棒が、男の周りを飛び回った。

「おわっ、お前は動けんのか!?」

 ピィと呼ばれていた、金色のゴルフボール大の機械だ。子どもの顔面は、既に半分が砂に覆われはじめている。ピィは訴えかけるように、ぶんぶんと羽音を立てた。

「何だよ。ここでコイツと一緒に居るんじゃねえのか!」

 男と子どもの間を何度も飛んで往復する。男は、漸く、ピィの言いたいことを悟った。

「まさか、連れて行け、って言ってんのか!?」

 言うと、肯定するようにぴたりと空中に停止する。男は呆れて、煙草を取り出して、火を点けた。

「お前なぁ……。コイツ、子どもに見えて惑星探査機だからすげぇ重いんだぞ。連れていけるわけ……」

 すると、ピィは許さんとばかりに男の顔面に何度も体当たりをした。

「痛ぇ、痛ぇよ!」

 例えゴルフボールでも、顔面に当たればかなり痛い。子どもを一緒に連れて行くまで、男を解放するつもりはないらしい。男は、ポケットの中に入っている小銃に手を伸ばした。武器はある。しかし、一つ溜め息を吐くと、諦めたように紫煙をくゆらせた。

「仕方ねえなぁ。どうしていっつもこう、貧乏くじばっかり引いちまうかな」

 こんな死の星と化した地球で、一人生きていること。人の死に目に行き遭うこと。どれもこれも、男の意志では何ともしがたい。まさに、天の配剤とでも言うしかなかった。男は、子どもを砂の中から掘り起こす。これまで全てを知らぬふりをして、捨ててきた。

「こんな真似をすんのは、はじめてだ。俺にこうまでさせるんだ。お代は高くつくぞ」

 相棒が砂の中から救出され、ピィは喜びで飛び回った。

「ったく、何が嬉しいんだか」

 子どもはすっかり寝入ってしまったかのような、安らかな顔をしていた。

「折角一人だったってのになぁ」

 独りごちて、子どもを背負う。金色の相棒は、先導するかのように、男の前を飛んだ。

「二人と一匹になっちまったな」

 前を飛んでいたピィは、男の顔面に再度体当たりを仕掛けた。

「今度は何だ!? あぁ、二人じゃねえ、三人ってことか」

 すると、ピィは上機嫌で再度先頭に立った。

「然るべきところに、お前らを届けたら、たんまり礼は弾んで貰うからな」

 苦し紛れに悪態を吐く。そして、男は、ふと思い出したように言った。

「そういや、お前にも、まだ言ってなかったな。――おかえり」

 砂漠の砂が、呼応するように、砂塵を舞い上げた。

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