第6章 第1艦隊旗艦クーデター事件 編

第68話 うっかり、ヤバい奴の正体を探ってしまった

(あの女……ただのメイドではない)


 セオドアの屋敷の屋根裏部屋に忍び込んだ赤影は、眼下の銀髪のメイドの身のこなしに警戒心を強めた。明らかに素人ではない。

 いつ襲われても反撃できるよう警戒を怠っていない。一見、普通に家事をやっているように見えるが、赤影には分かる。


(あの女……絶対に何人か殺している)

(いや、何人とかのレベルではない……大量殺人者だ)


 自分と共通するものが銀髪のメイドにはあると赤影は確信している。赤影もこれまで何人もの人間を始末してきた。そういう人間が放つ特有な臭いがするのだ。

 赤影は主であるクローディア姫からセオドアの動きを探るように命じられ、彼の屋敷に潜入した。蜘蛛狩り事件の後、何かと大学を休むセオドアに疑いの目を向けたクローディアがそう命じたのだ。

 当初、赤影はクローディア姫が嫉妬に狂って、自分をこの任務に送り出したと思った。そういった意味ではクローディアの心配は杞憂であったと言える。銀髪メイドの方はセオドアに気があるようだが、肝心のセオドアは関心がないようである。クローディア姫が心配するようなことはない。それよりも別の件で知りえた情報は想定以上であった。


(この情報を何としてでも持ち帰り、お嬢様にお伝えせねば……)


 しかし、潜入したものの脱出は至難の技であった。そもそも、知りえた情報もわざと漏らしたような感じであったし、自分の存在もばれているような気配を感じる。


(もしそうならば、生きて帰す気がないのか……)


 そう考えると赤影は屋根裏から一歩も動くことができないでいる。このまま、夜を待ち、暗闇に溶け込んで逃亡するしかない。

 セオドアのためにお茶を入れて運んできたエリカヴィータは、屋根裏からこちらをうかがっている赤影に気が付いている。


(今日もテディ様の様子を探りに来たようだな……)


 エリカヴィータは赤影の存在にだいぶ前から気が付いていたが、セオドアから彼がバーデン公爵家の諜報部員だと知らされていた。セオドアも随分前から赤影の存在に気が付いていたのだ。

 赤影はバーデン家のお抱えの諜報部員で、その能力は随一とバーデン公爵にもクローディアにも信頼されている。

 当然、監視も普通なら気が付かれないはずであるが、セオドアとエリカヴィータには通用しなかったようだ。

 セオドアはクローディアが、自分を調べさせるために赤影を遣わしたことに気づいていたから、泳がせていたのだ。


「テディ様、わたしが排除しましょうか?」


 エリカヴィータはそうセオドアに進言したが、害はないのでそのままにと言われていた。


(しかし……)


 エリカヴィータは気に食わない。赤影がクローディアの配下だと知った以上、心穏やかではないのだ。


(少佐は気が付いていないようだが、あの令嬢、絶対に少佐に気がある。早いうちに排除した方がよい)


 エリカヴィータは、クローディアがセオドアのことが気になって、バーデン家の諜報部員を使っていると思っている。実際にその通りなのではあるが、残念ながら、まだクローディアが心配するような関係になれないでいる。

 そう考えると何だかむかついてきた。


「ゴ、ゴホン!」


 エリカヴィータはわざと咳をして、持っていた掃除モップの柄を天井にぶつけた。そこには赤影が腹ばいになっているところだ。


(うっ……)


 一瞬だけ、赤影は腹を引っ込めた。それはわずかな反射による動きであったが、その気配をエリカヴィータは見逃さない。


「あら、ネズミでもいるのかしら?」


 モップの柄をどんどんと天井にぶつける。


(ばれたか!)


 赤影の額から汗が一筋流れる。気配を消すために呼吸を止める。そして体を硬直させて無心になった。

 さすがにエリカヴィータも赤影の行動に、屋根裏部屋から去ったと判断した。少なくともこちらに対する殺意はなさそうだ。


(ふん、逃げたか……)


 エリカヴィータは立ち去った。赤影は少しずつ呼吸を再開し、5分後にやっと動けるだけの空気を体へ取り込んだ。


(恐ろしい奴らだ……)


 赤影はエリカヴィータとセオドアをそう評価した。並みの諜報員では彼らの情報を探ることはできないだろうと思った。


(お嬢様はとんでもない人物を下僕にしている……)


 赤影はセオドアについて、言いようのない恐れを抱いている。普段の様子は善良な人間にしか見えない。銀髪メイドのようなあふれでるような殺気も感じない。しかし、それもわざとそうしているような感じも受ける。もしそうであったなら、銀髪メイドをはるかに凌駕する戦闘マシーンということになる。

 一見すると、ただの田舎貴族の青年である。爵位は伯爵だが地方の辺境伯。しかし、非常に控えめなのでつい忘れてしまうが、その頭脳はボニファティウス王立大学を軽々と合格してしまうほど。そしてその戦闘力。手慣れたテロリストの襲撃をほぼ一人で制圧した。


(恐らく、大陸派遣軍で噂になった暗殺部隊。グレーターデーモンズに関係している)


 セオドアが関係していたとは確証は取れていない。しかし、エリカヴィータが彼を隊長と呼んでいることを考えれば、グレーターデーモンズで『最後の審判』と呼ばれた少年である可能性が高い。

 グレーターデーモンズとは、エルトラン王国大陸派遣軍内に組織された特殊部隊。敵地に潜入し、指揮官を暗殺。その働きは公にできないが、戦争の行く末を左右する働きであったという。

 グレーターデーモンズがいなければ、膠着状態であった大陸での戦争は終結していなかったであろう。

 赤影は屋根裏から出ると、ウォール家の広くない庭へと下り立った。そこから植え込みに潜み、脱出を図ろうと考えたのだ。

 廊下で去ったエリカヴィータは、まだ自分の存在が屋敷内にあると思っているだろう。塀を越えれば逃げられることは分かっているが、急ぐのはまずいと思っていた。


(ここで1時間ほど時間を過ごしてから逃げよう……)


 そう赤影は考えていた。そうすれば警戒は緩くなり、脱出できるはずだ。

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