第67話 うっかり、王太子をかばってしまった

「確かに王太子の圧力で嘘の証言をした学生は多かった。しかし、真実を語る者も中にはいる。証言を合わせれば嘘はつじつまが合わないが、真実は整合性が取れる。そうやって我々は真実を知ることができた」

「父上……それは嘘です。嘘を言っているものがいるのです」

「黙れ、愚か者が!」


 国王の怒りはすさまじい。普段は温厚な人徳者と称えられた国王が、まるで暴君のような目で王太子をにらみつけている。


「……畏れ多いことです。しかし、陛下、王太子殿下がみんなの代表としてテロリストと交渉したことは事実です。この国の未来の王として堂々としたお姿でした」


 クローディアはあくまでもエルトリンゲンを庇う。しかし、当の王太子には逆効果であった。悔しさに歯をぎりぎりとこすり合わせて、こざかしいとクローディアに感謝の気持ちもない。クローディアに庇われることが気に食わないのであろう。


「父上、この女は穢れております。あのような状況とはいえ、テロリストに手籠めにされたのです!」


 王太子はとんでもないことを主張した。クローディアはあまりのことに言葉を失う。宰相であるクローディアの父、バーデン公爵はエルトリンゲン王太子を怒りをはらんだ目でにらんでいる。娘を侮辱されてかなり怒っているようだ。


「殿下、我はそのような目にあっていないことは周知の事実ですよ」

「うるさい。お前のような穢れた女……」

「黙れ、エルトリンゲン!」


 国王が怒声を放った。王の間にいた家臣一同の背筋が伸びる。


「学生たちの危機において、王太子であるお前は王族の名誉にかけても凶悪犯に立ち向かわねばならぬ立場。それなのに無様に殴られ、挙句の果てに婚約者であるクローディア嬢を差し出すなどという破廉恥な真似をした。そしてもっとも許せないのは、それらのことを隠し、学生に口止めをしたという姑息さ」

「……父上」


 へなへなとエルトリンゲンは椅子に崩れ落ちた。


「お前はしばらく謹慎だ。離宮へ赴き、そこで反省をしろ。そしてクローディア嬢に1週間に1度、詫びの手紙を書け。1年間それを続けて許しを請え」

「そ、そんな~」


 国王はクローディアの方に向き直った。そして頭を下げた。これには家臣一同が驚きの声を思わず上げたのであった。


「すまぬ、この通りだ。バカ息子の罪を謝罪する。だがクローディアよ。余はそなたが将来の王妃となることを願う。こんなバカ息子の隣に立ち、支えてもらえないだろうか」

「はい。もとよりその覚悟です」


 クローディアはそう言って頭を下げた。ただ、クローディアは心にチクリと何か刺さったような感覚を受けて思わず、そっと自分の胸に手を添えた。


(なに……この痛みは……)


 生まれた時から将来の王妃候補として育てられ、ここまで努力してきた。すべてこのエルトラン王国のためである。結婚相手のエルトリンゲン王太子がどんな人間であろうと、王妃としての務めは果たす。そう幼少より思い込んできた。しかし、最近、何となくそれでいいのかという疑問がわいてきた。

 エルトリンゲン王太子がもっと器が大きく、そしてクローディアの事を慈しんでくれたら、こんな思いは芽生えてこなかったのかもしれない。

 しかし王太子はあまりにも器が小さく、この国の王としての矜持も覚悟もない。能力がないわけではないが、どこか姑息なところが全てを台無しにしてしまっていた。

 今もナターシャのような身分が低く、そして品性も教養もない娘にぞっこんで、婚約者のクローディアをないがしろにするどころか、貶める行為も厭わないのである。

 好きとか嫌いとかという問題ではないとクローディアは自分に言い聞かせるのだが、最近は比べる対象があってどうしても比較してしまう。


(セオドア・ウォール伯爵……。あいつは我にふさわしい相手……いやいや!)


 思わず脳内で浮かんだ言葉を打ち消す。セオドアの顔を思うかべると、なんだか顔が熱くなる。


(なんであの下僕が我にふさわしいのだ。そんなわけない。あいつは伯爵で我は公爵令嬢だぞ。身分違いもはなはだしい)

(だが……)


 クローディアはセオドアのことを調べさせている。凄腕の諜報員である赤影からの報告。セオドアの家は元ラット島を治める国の王。3世代前は国王の家柄なのだ。エルトラン王国に併合され、今は王国の貴族に列せられているが、家柄は名門ともいえなくはない。

 ラット島は辺境の小さな島のように思われているが、実はその領土は意外なほど広大。ただ、平野は少なく産業もない。貧しい領地である。貴族の体面を整えるのに精いっぱいの経済状況である。

 セオドアが自分に近づいたのは妹の社交界デビューで格を上げたいからという理由も知っている。


(しかも謎が多い男だ……)


 セオドアがエルトラン軍の大陸派遣軍に従軍していたのは分かっている。最初は10歳の時。司令官の侍従として大陸へと渡った。

 それが8年の間に少佐まで出世している。最後はエルトラン軍の裏の暗殺部隊の隊長をしていたという。


(あいつのあの身のこなし……確かに素人の動きではなかった)


 テロリスト7人を瞬時に制圧する戦闘力と作戦能力。警備隊の調べでは分かっていないが、うち2人は外からの狙撃によるものらしい。

 それはセオドアの命令で動く者がいるということを示している。狙撃手が誰かは分かっていないが、赤影によると対面の塔の上から狙撃したようだ。


(もしや、セオドアの屋敷で見たあの女軍人ではないか?)


 そう考えると心の中が一層もやもやする。

 今回の事件でエルトリンゲン王太子は離宮で謹慎することになった。しかし、王太子は全く反省をしていない。公式の場には出られなくなったが、相変わらず大学には通っているし、いつもその隣にはナターシャを侍らせている。

 1週間に1度の詫びの手紙は届くが、明らかに王太子付き侍従が代筆したと思われる文面で全く心がこもっていないものであった。

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