第66話 うっかり、国王の怒りを買ってしまった

 蜘蛛の巣狩り事件から事件から1週間が経った。

 捕らえられたオズワルド以下のテロリストへの取り調べは、連日連夜行われていたが、謎の人物に雇われて戦闘訓練や強盗の手伝いをしてもらったという以外、収穫はほとんどなかった。

 オズワルドがその謎のエージェントとの連絡に使っていた宿を強襲しても、そのような人物につながる物証も関係者もいなかった。武器の手配や大学祭に参加するために偽の招待状の作成。オズワルドたちならず者を1年も訓練し、その間の贅沢な暮らしを支える資金がどこから出ていたのか、未だに掴めずにいた。

 そんな中、クローディアが王宮に呼ばれた。呼んだのは国王ザナックス3世。エルトリンゲン王太子の父親である。

 盛装したクローディアは公爵令嬢として、気品をもって参内した。王の間には政府の大臣や高位の貴族たちが序列ごとに並び、クローディアを出迎えていた。貴族の先頭に立っているのがクローディアの父、宰相ウィリアム・バーデン公爵である。自分の娘の姿に目を細めている。

 玉座には国王。隣には王妃。そしてそこから離れた一段低いところに王太子が座っている。なぜか王太子は腕を包帯で覆っており、頭も包帯でぐるぐると覆っていた。


「クローディア・バーデン公爵令嬢、よく来た」


 クローディアが前へ進み、ドレスの裾を持ち上げて礼をするやいなや、国王のザナックス3世が声をかけた。

 呼ばれた理由は父から聞かされていたので、クローディアは笑顔で答える。


「麗しき偉大なる王、ザナックス3世陛下におかれましては、お変わりのないご様子。我、クローディア・バーデンにとってはこの上ない喜びでございます」

「うむ。そなたも相変わらず美しい。我が息子の伴侶にふさわしく成長しているようだ」


 国王はちらりとエルトリンゲンの方に視線をやったが、再び、優しいまなざしでクローディアを見る。

 エルトリンゲンはそんな国王の様子に不満気に目をそらした。


「陛下はバーデン公爵令嬢にいくつか質問があるようじゃ。そのためにそなたをここへ呼んだのじゃ」

「はい、ベアトリクス王妃陛下」


 クローディアは改めて王妃ベアトリクスにスカートを持ち上げて、礼をする。クローディアに好意的な王と比べて、王妃は少し距離を置いている感じだ。クローディアに厳しい言葉を言う時もあり、息子の将来の嫁に対して様々な注文をつける。


「先日の蜘蛛の巣狩り事件についてだ」


 王はそう言って間を開けた。ボニファティウス王立大学の人質立てこもり事件は、学生たちの反撃でテロリストを捕縛。逮捕したオズワルドを始め、実行犯たちへの事情聴取が行われている。新しい情報はない一つ王には知らされていないが、犯行過程で看過できない出来事が浮かび上がってきた。


「王太子がテロリストにそなたを差し出したと聞いたが、それは本当か?」


 王の言葉にエルトリンゲンがビクッと体を震わせた。しかし、そのことはいつか糾弾されることを予想していたため、それに対する対策も用意していた。エルトリンゲン王太子は、力強い返事と共に椅子から立ち上がって反論する。


「父上、そんな噂はどこから聞いたのですか。学生たちも証言したように、テロリストに連れていかれそうになったバーデン公爵令嬢をこの私が助けようとしたのです。それでこのようなケガをしました。しかし、それを合図に学生たちが蜂起し、奴らを捕らえたのです」


 クローディアは黙った。どうやら王太子の証言により、事実とは違った顛末になっているようだ。王太子にとっては、そのように改ざんしないとあまりにも自分にとって都合が悪いからだ。

 そこにいた学生たちに、自分の指示どおりに証言するよう圧力をかけていたのだ。今の右腕に巻いた三角巾も擬態。ほとんど戦わなかった王太子が大けがをするわけがなく、オズワルドに殴られたケガ以外はごく軽傷であったはずだ。


「……殿下はわたくしを守るためにテロリストのリーダーに暴行を受けたのは事実です」


 当初、オズワルドたちは会場内に王太子がいることを知らなかった。それくらいお粗末な犯行だったのだ。クローディアは王太子の存在を隠そうとしたが、エルトリンゲンは王太子であることを自ら名乗り、そしてその後愚かな行為で殴られたに過ぎない。しかし、クローディアは王太子をかばった。


「そのときに王太子と一緒にいた男爵令嬢とそなたのどちらかを手籠めにするから、どちらかを選べとテロリストに言われ、このバカ息子がそなたを差し出したと聞いたが?」

「……そのようなことは……なかったです」


 クローディアは言葉では否定したが、心がともなっていなかった。あの王太子の冷たい態度を思い出すと自然と涙が出てくる。


「なるほどのう……」

「父上、やはり私の言っていることは事実だったでしょう」


 エルトリンゲンは勝ち誇ったようにそういって立ち上がった。王の間に集っていた高官たちはそれを冷たい視線で見ている。どうやら、本当の真実は明らかになっており、ここにいる大人たちは王太子の茶番劇を知っているようだ。

 国王は深いため息をついた。ここでエルトリンゲンが本当のことを告白し、反省している態度を見せれば、穏便に済ませようと考えていた。しかし、父親の愛情以上の怒りで身を震わせた。


「黙れ、エルトリンゲン。公爵令嬢がお前の手前、本当のことが言えるわけがなかろう。令嬢の涙が真実を語っている」

「いえ、陛下、これは……」


 慌ててクローディアは取り繕ったが、賢い彼女はもはや事件の全容が解明されており、自分の嘘で庇いきれないことを悟った。

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