第63話 うっかり、悪役令嬢を救出してしまった

「はははっ……。こいつはいい。どうだ強気のご令嬢様は。おやおや、泣いていらっしゃる」

 

 クローディアの両目から涙があふれてくる。抑えつけられていても抵抗していたのに、王太子の残酷な言葉を受けて、がくんと力が抜けた。


「最高のシチュエーションだ。あんたのような強気なお姫様を絶望の縁に落としてから美味しくいただく。今宵は最高に楽しませてもらえるだろう」


 オズワルドはクローディアを抑えつけていた部下に命令する。


「王太子殿下の許可は取った。最初のいけにえはこのご令嬢だ。そこの小部屋へ連れて行け。ここでやるのはさすがに気の毒だが、そこなら声も聞こえよう」


 オズワルドの宣言にさすがに人質になっていた令嬢たちから、非難の声が上がる。それを制するかのようにオズワルドが意地悪く言い放つ。


「ではこのご令嬢に代わってもよいというものはいるのか?」


 会場はシーンとなった。オズワルドは満足げに笑う。何度も受験しては失敗したこのボニファティウス王立大学。不正な方法で合格していると思われる王太子に対しての意趣返しは痛快であった。そして、今から特権でいい思いをしてきた貴族の女どもに地獄を味合わせるかと思うと、脳汁があふれでて興奮度が上昇してくる。


「くくく……。人間とは残酷なものだ。自分が助かれば他人は犠牲にしてもよいというわけだ。この国を担うエリート様が集うこの大学でさえこうだ。情けない限りだよな」

「貴様……絶対に許さぬ」


 クローディアはそう声を振り絞るようにそう言った。まだ心は完全に折れてはいない。


「おやおや、このお姫様だけは未だに誇りを失っていない。面白い。あんたが完全に屈服するのを楽しみにしているよ。おい、連れて行け」


 オズワルドはそう2人の部下に命じた。クローディアは小部屋へと引きずられていく。


「準備ができたらいただくとするか。次期国王陛下の許可も得ているからな」


 オズワルドは高笑いをした。そして人質になっている学生たちを見渡す。みんなオズワルドから目をそらす。

 オズワルドは勝ち誇ったように高笑いする。


「やめろ、離せ、こんなことをしてあとでお前らどうなるか!」


 小部屋に連れ込まれたクローディア。必死の抵抗をするが小部屋へと連れていかれる。姿見がある試着部屋用にしていた部屋だ。


「暴れても仕方ないぜ。ボスがお出ましになる前にそのきれいなドレスを脱げよ」


 テロリストの男がクローディアのドレスに手をかけた。


「やめろ!」


 クローディアは目をつむる。だが、男の手がクローディアの肩に触れる瞬間に、クローディアを連行していたもう一人の男が強烈なパンチを放った。


「うっ……」


 不意のパンチは見事にテロリストの男の顎を捉え、脳震盪を起こしてその場に倒れ込んだ。急な展開に言葉も出ないクローディア。

 殴った男は顔を隠していたマスクを取った。クローディアは驚く。テロリストの一味だと思ったのがよく知った人間だったのだ。


「クロア様、大丈夫でしたか?」

「テ、テディ……なんでお前がここに!」


 クローディアを連行した男の一人はセオドアであった。


「なぜって……」

「ま、まさか、お前がテロリストの一味だったなんて」

(おいおい、そんなわけねえだろう!)


 セオドアは黙って指を指した。部屋に入った時には気が付かなかったが、部屋の隅に男が縛られて転がされている。気を失っているようだ。


「奴らの存在に気が付きまして、一人を倒して入れ替わっていました」

「……なるほど。さすがテディだ。敵の中に紛れ込むとは」


 クローディアはセオドアの的確な行動に感心した。自分をいけにえに差し出したバカな王太子に比べて、この下僕にした青年は有能過ぎる。

 そして自分の胸がキュンと何かに刺されたような感覚を受けた。思わず両手でそっと胸を抑える。そそて目を伏せた。


(なんだ……この息苦しい感じは……。テディのことがまともに見れない……)


「どうかしましたか、クロア様」

「な、なんでもない……」


 セオドアはクローディアが急に下を向いて深呼吸しているので、どこかケガをしているのではないかと顔を近づけた。


「ち、近いぞ」


 クローディアは顔が熱くなる。耳まで赤くなってくる。


「怪我はしていませんか。王太子殿下は蹴られていたみたいですが」

「わ、我は大丈夫だ。どこも悪くない」

「それなら結構です。今から奴らを制圧します」


 侵入したテロリストはオズワルドを含めて7人。人質さえ救出すれば、警備隊で制圧できる。

 だが凶悪な連中である。目的のためなら手段を選ばないだろう。セオドアは先ほど殴って倒した男から短剣と銃を奪っていた。それをクローディアに渡す。


「持っていてください。銃は撃てます?」

「お前、誰に言っているのだ。文武両道の我にそれは愚問だ」

「それなら結構です。まずはクロア様を手籠めにしようと部屋に入ってくるオズワルドを倒します。リーダーさえ倒せば奴らは殲滅できます」

「そういうことか。お前が我をここに連れ込んだわけがわかった」


 テロリストの1人を密かに倒し、そいつと入れ替わって隙をうかがっていたセオドアは、クローディアが別部屋に連れていかれるのをうまく利用したのだ。 

 こうすれば部屋に一人ずつ呼び出し、始末することができる。


「そういうことです。ではクローディア様。まずはこのテーブルに寝てください。奴をおびき出します」


 セオドアはそう言うと、クローディアに部屋の中央に置いてある簡易なテーブルにあおむけに寝るように言った。オズワルドを油断させるためだ。


「狂犬の餌に我を使うとは……」

「御不満ですか?」

「くくく……。奴をぶちのめせるかと思うと笑いがこらえきれないぞ」

「ちゃんと演技してくださいね」


 セオドアは扉を少し開けて、ホールにいるオズワルドに合図を送った。

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