第62話 うっかり、王太子を助けてしまった

「おおお……王太子もいたのか。参加リストにはなかったが」

「当たり前だ。余はそのようなものに縛られぬ。余はしたいときにしたいようにふるまえるのだ」

「それはそれは……」


 わざとへりくだるオズワルド。そのものの言い方に敬う気持ちは一切ない。しかしエルトリンゲンはそれを畏怖していると誤解した。


「余は命ずる。武器を捨てて降伏せよ。様もなくば、極刑に処すぞ」


 そう言い放った瞬間にエルトリンゲンはオズワルドに鼻を殴られた。鼻血が空中に舞う。後ろにいたナターシャが叫んで倒れた王太子に駆け寄る。

 エルトリンゲン王太子は何が起こったか分からないという表情であったが、自分の威厳を守るために台詞は放った。


「ぶ、無礼な……余をなぐるとは……不敬罪だぞ。いや、神を仇する重罪だ」

「重罪ね。どんな刑罰をお望みですか?」

「王族の玉体を傷つけたものは、古来より牛裂きの刑だ」


 牛裂きの刑とは、四肢をロープで縛り、4頭の牛につないで引っ張るという残酷な死刑法である。罪人の四肢は引きちぎれ絶命する。

 100年以上前に行われていた残酷な処刑であるが、当然ながら、今はそのような野蛮な処刑は行われていない。


「ほう。ということは、俺の体は引き裂かれるわけだ!」


 オズワルドは片足を着いたエルトリンゲン王子を蹴飛ばした。王子はぎゃっつと品なく叫んでもろくも倒れる。

 オズワルドは倒れたエルトリンゲンをさらにめった蹴りにする。周りの学生は立ちすくむ。助けに行きたいが、王太子すら躊躇なく暴力を振るう蛮人である。見せしめのより手にした銃で撃たれる危険性があった。


「やめろ、やめてくれ……ううううっ」


 エルトリンゲンは頭をかけて芋虫のようになり、オズワルドに蹴られるのに耐える。こんな屈辱はない。しかし力の差は歴然である。


「止めなさい!」


 駆け寄ったクローディアはオズワルドの頬を叩いた。近くにいたとはいえ、不意を突かれたオズワルドは強烈な平手打ちに頬を赤く染める。


「やるな、お嬢様」


 にやにやと不気味な笑いを浮かべるオズワルド。すぐさま2発目をお見舞いしようとしたクローディアの右手首を掴む。

 すぐにハンス、アラン、ボリスがクローディアを助けようと動くが瞬時に周りの犯人たちに取り押さえられる。


「王国宰相のバーデン家の姫君と言うことは、そこに転がっているへたれ殿下の婚約者ということだな」


 そういってオズワルドは床でナターシャに介抱されているエルトリンゲン王太子を見下ろす。


「その王太子は勇気ある婚約者はなく、別の女に夢中というわけか。これはおもしろい」


 オズワルドは目で合図する。すぐに2人の部下がナターシャを取り押さえる。


「や、やめてください!」


 ナターシャが恐怖でおののく。エルトリンゲンの顔色が変わった。クローディアの腕が掴まれた時には、何も反応がなかったのにだ。


「ナターシャに触るな。許さぬぞ!」


 凄まじい形相で王太子は立ち上がった。これでオズワルドは気が付いた。そして意地の悪い質問をする。


「王太子殿下。お前はこの場にいる人質の中で最も権力をもつ者だ。お前に決定させてやろう」

「……な、なにをだ……」


 エルトリンゲン王太子は鼻から流れる血を袖で脱ぐった。かなわぬまでもナターシャを拘束している2人のテロリストに今にも飛び掛かりそうである。


「そのナターシャという女とこのバーデン家の婚約者。どちらかを助けてやろうというわけだ」

「……どういうことだ?」


 人質の学生たちもオズワルドが何を言うか注目する。その宣言はあまりにも残酷なものであった。


「なに、簡単なことだ。人質を取った我々は多額の身代金を要求する。そしてそれを得てからここから逃亡する。それには多少なりとも時間がかかるんでな。退屈を紛らわせるためにいつものことをするのだ」


 オズワルドの目がいやらしく濁り、手首を掴んだクローディアの足先から顔までゆっくりと視線を動かす。


「何をするのだ?」


 ごくりと唾を飲んだエルトリンゲン王太子は、ゆっくりとそう聞いた。


「ふふふ……・人質のご令嬢方に慰めてもらうのさ。まず手始めにこの婚約者と王太子殿下の愛人。どちらを先にいただこうか。王太子殿下、選びたまえ」


 オズワルドはそう質問した。このパーティー会場はやがて警備隊によって包囲される。オズワルドは人質の身代金を要求し、それを得たら何人かの人質を盾に国外へ逃亡する。それが今回の作戦だ。彼をこの場に送り込んだスポンサーは、逃亡まで綿密な行動計画を立てているのだ。

 そして人質にした女は全部慰みものにするのがオズワルドたちの流儀だ。今回は高貴な貴族令嬢たちがその人質である。オズワルドもその部下たちも歓喜に浸っている。


「卑怯な。お前たち、絶対に許さぬぞ」


 手首をねじるように回転させたクローディアは、オズワルドの拘束から自由になった。しかし、すぐに3人のテロリストが抑えつける。


「生きのいいお姫様だ。今、王太子の返事を聞く。さあ、王太子殿下よ。まず一人目を選べ。1時間ごとに犠牲者を1人ずつ選ぼう。心配するな。慰めてもらうが命は取らない。身代金を取れないのは困るからな。まあ、心は死んでしまうだろうが」

「ゲスが!」


 王太子はそう強がりを言ったが打開する策はない。


「殿下、まずはそこの愛人を差す出すのが普通でしょう。まさか、高貴な身分の婚約者を差し出すわけにはいかないでしょう」


 オズワルドはそう意地悪く尋ねた。明らかに挑発である。


「助けて、殿下、嫌です」


 オズワルドの合図で連れていかれそうになるナターシャ。慌ててエルトリンゲン王太子は制止する。


「やめろ、ナターシャだけは許してくれ。最初はその女でいい」


 エルトリンゲン王太子はクローディアを指さした。信じられないという表情で王太子を見るクローディア。オズワルドはこうなることを知っていたように、笑い声を上げた。

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