第61話 うっかり、人質になってしまった

 パーティーが開始されたタイミングでテロ集団は動き出した。一人が短銃を天井に向けて撃ったのだ。

 最初は何が起こったのか分からなかった学生たちも、その後に続く怒鳴り声で騒然となった。


「この場は我ら蜘蛛が支配する。ボニファティウス王立大学にエリートの諸君、静かにしろ!」

 

 学生たちが周りを見る。いつの間にか覆面をした男たちに囲まれている。みんな銃をもっており、腰には短剣を下げていた完全武装である。客として大学内に侵入したようだ。武装も容易に持ち込めた。

 まさかテロリストが大学内で何かやるとは思わなかったので、招待状さえあれば会場へ入れた。荷物のチェックも行われていない。

 招待状もその手の専門家にかかれば偽造するのは容易である。


「あなたたち、ここに集う学生がどういう家柄か、知っていての狼藉ですか!」


 委縮し黙り込んだ学生たちの中で最初に口火を切ったのはクローディアである。真紅のドレスが美しく、そして艶めかしい。そんな淑女が毅然と言い放った。

 会長のリックは席を外しており、ここいる主催者の中で最高位はキャビネットの副会長であるクローディアなのである。後ろにはハンス、アラン、ボリスの下僕が控えている。普通の学生だから他の学生のように恐怖で体が動かないはずだが、クローディア愛でそれを超越していた。3人ともクローディアに何かあれば盾になる決意が顔に出ている。迷いがない。


「ほう……さすがはエリート様の集う大学。気の強いお嬢様がいたものだ」


 首領らしき男が前に出てきた。黒いあごひげと口ひげでぐるりと顔全体を囲んだむさ苦しい容貌だ。狡猾な目つきで肌艶が悪く、年齢は若いのか老齢なのか判断が難しい。


「あなたがたの目的は何?」


 クローディアはそう質問した。状況から判断してここの学生を人質に取った身代金目的であろうことは推測できた。

 そうとなれば、ここにいる学生たちの身の安全を守るために交渉が必要だ。


「決まっているさ。ここにいる坊ちゃん、嬢ちゃんの命と引き換えに身代金を要求するのさ。この国を変えるには、莫大な金が必要だからな」


 男はそういって、クローディアのつま先から頭のてっぺんまで嘗め回すように見る。そして手にした長剣をポンポンと肩で弾ませ、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてクローディアに近づいてきた。腰のベルトには短銃をはさんでいる。クローディアは一歩も動かず、男をにらみつけた。


「ならば交渉相手が必要でしょう。わたしはバーデン公爵家令嬢クローディア・バーデン。この学園祭の主催者キャビネットの副会長をしているわ」

「おお、あんたがバーデン家の令嬢か。リストにあるとおりだな。お前は金になる。いいだろう。俺は蜘蛛のリーダー、オズワルドだ」


 男はそう名乗った。蜘蛛という名の犯罪集団が地方都市で散発的に暴れていることは聞いたことがあるとクローディアは思った。今回も同じように強盗目的であるようだが、大学をターゲットにしてる点ではこれまでより大規模な犯罪をしようとしている。


「ここにいるのはほとんど貴族か金持ちの親がいるだろう。家の裕福度に応じて身代金を払えば命は保障する」


 テロリストたちの目的は金であった。金と聞いてクローディアは、少し安心した。主義主張を前面に出すテロリストよりも、金を要求する方が計算高く、行動が合理的である。そしてそうだからこそ、行動が予想しやすい。金を要求した時点で、テロというより強盗という犯罪者ではあるが、


「すぐに警備隊が動くわ。あなたたち、投降した方がよくてよ」


 クローディアはそう強気を装った。大学内は自治が認められており、簡単に国の治安当局が踏み込めないのだ。すぐに警備隊が来るとは思っていない。

 それはオズワルドも承知していた。このダンス会場は学内の中心部にあり、建物の構造上、出入り口が限られている。

 軍隊でも投入されない限り、簡単には落ちない。そしてここには大人数の人質がいる。


「強気だな。さすがは宰相家のお嬢様だぜ。だがなお嬢さん。俺たちはプロのテロリストだ。警備隊ごときにまるで怖くない。お前たちにできるのは、金を払うことだけだ。まあ、数人のお嬢様には支払われる間の暇を潰すためにご奉仕をしていただくが……ね」


 そういってオズワルドは卑猥な笑いを浮かべた。これは周りで学生たちを威嚇している男たちも同じである。学生たち、特に女学生たちは恐怖で顔がひきつる。


「おい、待て」


 クローディアと首領のオズワルドの会話に入って来たものがいる。王太子のエルトリンゲンである。


「でん……先輩、ここは危ないです」


 慌ててクローディアがエルトリンゲンを止めた。殿下という言葉を飲み込んだ。この国の王太子がいると分かれば、犯人たちの選択肢が広がる。王太子を人質に取れば要求は一層過大なものになる。しかしエルトリンゲン王太子はクローディアの危惧に全く気が付かない。片手を上げてクローディアを黙らせる。クローディアは頭を抱えるしかない。


「余はこの国の王太子エルトリンゲンである」


 クローディアの努力もわずか3秒で消し飛んだ。

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