第60話 うっかり、テロ対策をしてしまった
「殿下、大学祭の舞踏会にそのような下賤な女を伴うなど、品位を問われます!」
学園祭の初日。オープニングを祝う夜の舞踏会に現れたエルトリンゲン王太子にクローディアは噛みついた。
クローディアはキャビネットの副会長であるので、主催者としてこの舞踏会のホストを務めている。参加者を笑顔で出迎えていたが、王太子とそのパートナーのナターシャを見て顔が一瞬でこわばった。
「お前はこの会のホストだろう。僕の同伴ができない以上、僕が誰を誘っても文句は言えまい。それに大学内でのダンスパーティーは公ではない。私的な催しに格式もなにもないだろうが」
エルトリンゲン王太子はそう反論した。左腕には着飾ったナターシャがいる。ナターシャはクローディアに怯えた素振りをしており、端から見るとクローディアが悪者にしか見えない。
「その女は殿下と常々噂があるでしょう。そのような者を夜会に連れてくることがいけないと言っているのです。殿下なら我でなくとも親戚の姫君がおられるでしょう?」
「ふん。そんなのつまらないではないか。余はナターシャと楽しみたいのだ」
悪びれもせず、そうエルトリンゲン王太子はナターシャを慈しむように見つめる。それを見つめ返すナターシャ。意地悪な姫君に陰湿ないじめをされるヒロインを救うの図である。
クローディアは手に持った扇をぎゅっと握る。折りたたまれた扇はギシギシと音を立てている。
「それです。そういう言動がダメなのです。殿下は我という婚約者がいる身です。周りに誤解されないよう振舞う……」
「あ~っ、うるさい。余はお前が嫌いだ。せっかくのパーティーがつまらなくなる。ナターシャ、行こう。余の友人に紹介しよう」
「はい、エルトリンゲン様」
王太子はナターシャを伴って、さっさとクローディアから逃げるようにして会場の人込みへと消えていく。
ホストであるクローディアはついて行くことができない。会長のリックと共に参加者を出迎えねばならないのだ。仕方なしにクローディアは下僕3人衆を呼ぶ。
「ハンス、アラン、ボリス」
「はっ。姐さん。ここに」
クローディアには忠実な下僕がいる。常に声がかかるのを後ろで待っているのだ。
「王太子殿下とあの女を監視せよ」
「了解しました」
「それはそうと、テディが見当たらないようだが?」
3人とともにクローディアの下僕であるセオドアがない。彼の場合は自由に動き回っているので、常に控えているわけではないのでいないことは珍しいことではないが。
それでもクローディアはセオドアがいないとなんだか不安になる。この気持ちは何だと疑問に感じるこの頃である。
「セオドアはどこかへ行きましたよ」
「なんだか慌てていた様子でしたが」
アランとボリスはそう報告した。いつもひょうひょうとしているセオドアが、自分に報告することもせずどこかへ行ってしまったことに、クローディアは何か嫌な予感がしたが、今日は学園祭のオープニングパーティーである。主催をしているキャビネットの一員として仕事をしないといけない。
(あいつのことだ……。何か考えがあるのだろう)
クローディアはそう考えた。
「わかった。セオドアに会ったら我が呼んでいたと伝えろ」
「はい、姐様」
3人はクローディアに変わって、気づかれないよう交代で王太子とナターシャをさりげなく尾行する。
*
その頃、セオドアは大学内で一番高い建物の屋上にいた。そこには狙撃ライフルを持ったエリカヴィータがいた。
「やはり、挙動のおかしい奴がいる。あれは大学の学生ではないな」
「学生の知り合いでもなさそうですね。あの動きは戦闘訓練を受けている」
屋上からは夜会の会場であるメインホールを目にすることができる。パーティーのドレスコードで着飾った学生の中に、違和感のある動きをしている者が数名いる。服装が同じでもよく観察すればすぐに分かる。
学生に紛れるために同じような服装をしているが、残念ながら顔がどいつも老けている。どう見ても年齢は5,6歳上。下手すると中年だろというような容貌のものもいる。
大学祭できらびやかな雰囲気であるので、周りの学生は気にしていないのだが、それでも近づくのは嫌なせいか、微妙に距離を置かれている。
双眼鏡で確認しながらセオドアとエリカヴィータは、怪しい人物たちの数を把握した。
「全部で7名ですね」
「会場はそれくらいだが、学内にどれだけ潜んでいるか分からないぞ」
セオドアはそう言って、今夜起こるかもしれない事件にどう対抗しようか思案していた。
セオドアがエリカヴィータを伴って、大学祭に参加したのはエリカヴィータからあるテロリストの動向についての情報を得たからだ。
*
「敵国が教育したテロリスト集団?」
「はい。軍からの極秘情報です。私が都にいることを知って、調査するよう命令がありました」
一応、エリカヴィータは軍人である。所属する部隊は敵地に侵入し、要人の暗殺。機密情報の奪取といった裏方の仕事である。その極秘部隊からの情報である。
「蜘蛛の魔窟というコードネームの部隊です。構成員は全て王国出身者。社会の落伍者を訓練したものだそうです」
「……そいつら、警備の薄い地方でいくつか事件を起こしていたな」
セオドアは思い出した。小さな田舎町に武装した男たちが出没し、裕福な商家や貴族の屋敷を襲う事件が起きていたのだ。
ただの強盗団と違うのは、犯人たちがよく訓練された戦闘員であること。駆けつけた警備隊が全滅させられたケースもあった。
そして逃亡した後に、行方はきれいさっぱりと消えてしまっている点である。恐らく、力のある有力者が支援していると思われた。
「そいつらがボニファティウス王立大学の大学祭に入り込み、テロ事件を起こそうとしていると?」
「そこまではわかりません。しかし、この都でのテロを計画していることは間違いがありません。それに……」
エリカヴィータはセオドアに紙のチケットを1枚手渡した。大学祭のチケットである。しかし、手にした瞬間にこれは偽物であると分かった。
印刷されたデザインは本物と見分けがつかないくらい精巧であるが、紙厚が少しある。よって、発行者であるキャビネットの役員なら違和感をもつ。そうなるとよく似せた印刷もところどころにおかしな点があることも分かる。
「都の警備隊が奴らの1人が潜伏していた色町の宿に踏み込んだ時に接収したものの中にあったそうです」
「……まずいな」
明日から大学祭は始まる。対策を立てる時間がない。それにこれだけの証拠では、大学祭の中止や警備強化など期待はできないだろう。
そう考えてセオドアはエリカヴィータと自分だけで、万が一、『蜘蛛』がテロ行為を行った時に対応しようと考え、この塔にやってきたのだ。
「とりあえず、人質に取れそうなメインホールの客人を抑える人数は多くはありません。ここからの狙撃で排除できます」
「分かった。僕は今から会場に潜む。奴らが動き出したら合図する。場合によっては容赦なく狙撃せよ」
「了解」
エリカヴィータは『セイレーンの魔女』と呼ばれた狙撃手である。彼女のために特別にしつらえたライフル銃は、取り扱いが難しいが、その射程距離は1キロにも及ぶ。塔からメイン会場であるオープンテラスを十分に射程内にいれることができた。
「自分は予定通りの行動に移る」
「ご武運を……」
エリカヴィータは寝そべり、ライフルを構えながらそう言った。セオドアの行動はかなり危ないものであったが、エリカヴィータは全く心配していない。
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