第5章 大学祭テロ事件 編

第59話 うっかり、テロリスト集団に勧誘されてしまった

 セオドアとクローディアが合格した年の1年前。

 7回目の入学試験に落ちてがっくりしている青年がいる。名前はオズワルド・ヒックリー。東の小都市ヘカントから来た学生だ。今回が7度目の挑戦であったが、結果は七度同じであった。


「ちくしょう!」


 オズワルドは地面を何度も踏み慣らし、そしてもう一度掲示板を見る。受験番号735番はどこにもない。言うならば734番と736番はある。試験会場で前後に座っていた受験生は合格している。


(前は明らかに貴族のお嬢様だった。後ろの奴は貴族のドラ息子……)


 実際に貴族出身かどうかは定かではなかったが、育ちの良さそうな顔立ちであったことは間違いがない。

 前のお嬢様の髪からは何とも言えぬいい匂いが漂ってきて、オズワルドは無事合格したら、この女を自分の彼女の一人にしてやろうとギトギトした視線を送ったものであった。何しろ、オズワルドは今回の入試は間違いなく合格。しかもベスト10入りで合格すると信じていた。

 もう6回も不合格をもらっている。いい加減に問題傾向は分かった。真の実力を引き出す。眠れる獅子は今回目覚めるはずだ。

 そうなれば大学内でモテモテになるのは間違いない。そう信じていた。

 そんなオズワルドの視線を気持ち悪そうにしていた734番の女は受かっていた。


(嘘だ……ありない。この俺が落ちる。もう7度目だ)


 いくらなんでもありえないとオズワルドは思った。その原因を考える。


(そうだ、きっとそうだ!)

「貴族の奴らが不正に入学しているから、俺が落ちたんだ。そうに違いない!」


 オズワルドはそう決めつけた。7度落ちて年齢は25歳になった。5度目の受験に失敗した時に、実家からの仕送りは打ち切られてしまった。今は日雇いの仕事をしながら、名門ボニファティウス王立大学の入学を夢見ている。

 オズワルドは抗議に行こうと考えた。優先枠で貴族の子弟が合格しているという話は聞いている。しかも今年は王太子であるエルトリンゲンが受験したという。


(そういう奴らのせいで俺のような真面目な学生が泣きをみるのだ)


「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」「許せない!」


 黒々とした口ひげとあごひげで覆われた顔は、25歳とは思えない老け顔で、ぶつぶつと「許せない」を連発するオズワルドを周りの学生は気味悪く眺める。


「ちょっと、いいですか?」


 オズワルドに話しかけた人物がいる。つばの広い大きな帽子を被った背の高い痩せた男だ。年齢は40過ぎだろう。白いもみあげが上品ではあるが顔立ちは特徴がない。そして少々、エルトラン語の発音に訛りがあるように感じた。服装は仕立ての良い生地の服。一見、貴族のようだが裕福な商人にも見える。


「なんだよ、あんた」


 年齢ははるかに上だと思われるのに、オズワルドは非礼な口調で返した。


「ボニファティウス王立大学の入試は不正だと感じておられるようですね」


 そう痩せた男はにやりと笑った。オズワルドはこの男が何かを知っていると直感した。


「ああ。どう見ても俺より頭の悪いお坊ちゃんが受かって、俺は7回も落ちている。これで不正がないと言えるか!」

「おっしゃる通りですよ」


 男はそう肯定した。オズワルドは体を震わせた。まさか自分の言葉を肯定されるとは思わなかったのだ。


「今年、この国の王太子エルトリンゲンが受験しましたが、彼は受験勉強など全然していません。それなのに軽く合格です。しかも政治経済学部。将来の国を背負って立つ人材が入る学部です」

「やはり、そうか!」


 オズワルドは憎悪に満ちた目をもう一度、掲示板に向ける。王太子が掲示板を見に来るはずがなく、今頃は王宮で美女に囲まれて家来からの報告を待っているのであろう。合格すると分かっている結果をだ。


「どうでしょう、オズワルド君。あなたのような優秀な若者が損をするこの世界。あなたの力で正しい方向に変えませんか」

「どういうことだ?」


 オズワルドは少し警戒した。この男の言葉は、自分の知らない世界に誘うように感じたからだ。


「まずはここに来なさい。君のような真のエリートが集う場所ですよ。あなたはそこで英雄になる」


 そう言って男は小さなカードをオズワルドに手渡した。


「私の名前はミスターK。Kと呼んでください」


 オズワルドはミスターKと名乗る男がくれたカードを見る。都の繁華街の外れにあるバーの店が示されていた。

 受験に失敗したオズワルドは、その店に足を運ぶ。危険な臭いはしたが、受験に失敗した今、何かやらないと何も起きないという衝動がそうさせた。

 そしてその行動はオズワルドに変化をもたらした。そう。オズワルドに新たな生きがい、居場所を見つけさせてくれたのだ。


 それは……。テロリストという集団である。


 あの特徴のない顔の中年男。ミスターKは、ある組織のエージェントだということが分かった。

 バーには無職で都に職を求めてやって来た男。ギャンブルで多額の借金をしてしまい、逃亡中の男。傭兵崩れの足の悪い男。社会の底辺で生きる男の見本市のようであった。オズワルドのように受験に失敗した学生もいる。


(みんなバカばっかしだ……)


 話してみてオズワルドはここにいる連中は、低能で非合理的。本能だけで生きるクズばかりであることに気づく。そうやって見下したオズワルド自身もそう思われて仕方がない人間であったものの、社会に対する不満と今の政治体制の間違いを議論すると誰もオズワルドを言い負かすことができない。


「あなたはこの革命軍のリーダーにふさわしいです」


 ミスターKにそう言われてオズワルドはいい気分になった。ミスターKはとある権力者の手先。豊富な資金と情報を持っていた。


「まずは武装化して戦闘力を身に付けることです」


 ミスターKはそういってオズワルドたちに戦闘訓練の機会を与えてくれた。人がほとんどいない山野で、元軍人だという数人の男たちに剣や銃の使い方をみっちり訓練してもらった。

 その期間は1年。十分な報酬をもらい、時折、街で酒と女に溺れる生活ではあったが、オズワルドは満たされない。そうオズワルドはこの王国の政治体制を破壊し、自分のような真のエリートが導くという過激思想をもつようになったのだ。

 それもミスターKが用意した思想教育プログラム。やがて集められた集団は、オズワルドのようなインテリ組と体力はあるが粗暴な戦闘組とに分かれ、インテリ組が指揮する部隊へと編成されていた。

 革命組織『蜘蛛』と名付けられたオズワルドの部隊は、その初陣を無防備な大学で行う指令を受けた。


「ボニファティウス王立大学……。ああ、俺の復讐がここから始まる。不正を正して、俺は英雄になる」


 オズワルドはミスターKから手渡された偽造の招待状を見つめ、これから起こす真の大学祭に驚喜したのであった。

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