第56話 うっかり、好きかどうかを聞いてしまった

「テディ、真実の声の評判は上々だな」


 クローディアは今日発売された『真実の声』第3号を手に満足そうに微笑んでいる。セオドアは無言で頷いた。

『真実の声』設立の大口スポンサーはクローディアである。もちろん、彼女が直接お金を出しては、真実の声がクローディアの御用聞き新聞と批判されよう。

例え、編集方針にクローディアの考えが反映されていなくても、世間はそう見る。だからセオドアはクローディアの存在を完璧に消している。

 OB会を経由しての資金援助という形を取っているが、これも複雑なしくみにしているので、クローディアが資金を出していることを調べることはほぼ無理だ。そしてこのことを知っているのは、クローディアとセオドアだけである。


「発行部数は3号にしてブルーベル新聞を超えているから、今後は広告収入だけでやっていけそうだよ」

「テディ、よくやった。お前に新聞社経営の才能があるとは思っていなかった」


 クローディアはそう褒めたが、セオドアは自分にそんな才能がないことはよくわかっている。ブルーベル新聞に不満をもった優秀な部員を集め、資金調達を手伝っただけだ。

 新聞が評価されたのは作っている学生たちの才能と努力の結果である。


「このミリアムという記者はすごいな。ブルーベルと謎のスポンサーとの癒着を見事に調べ上げている。この謎のスポンサーという書き方もいい」


 名指しこそしていないが、読んだ学生はおおよそ誰かを想像できる。王国王太子エルトリンゲン王子である。

 名指しをしていないのは、王太子の面子を潰さないことと、これでエルトリンゲンが権力を使って『真実の声』に妨害を仕掛けたなら、想像が本物になってしまうから動けない。

 今頃、エルトリンゲンは何もできない状況に怒り狂っているであろう。怒りは『真実の声』に向けられているから、クローディアには向かってこない。


「うむ、我は満足だ」


 そう上機嫌な公爵令嬢であるが、セオドアはハッピーエンドでもないことを承知している。

「真実の声」の検証記事のおかげで、クローディアのスキャンダルは一掃されて名誉回復の一助になってはいる。それは基本的にはやっていることが間違ってはいないクローディアの評価を上げることにつながり。そして相対的に裏で糸を引き、優秀な婚約者を遠ざけ、ふさわしくない平民女を彼女にしている王太子の評判を落とす結果になる。


(結局、このお姫様は王太子に嫌われる。気の毒に……)


 クローディアの目的は婚約成就。エルトリンゲンと結婚してこの国王妃になることである。その目標にはマイナスである。


「クロア様はエルトリンゲン王太子が好きなのですか?」


 セオドアは肝心なことを聞いてみた。今までクローディアを見ていて、すごく疑問に思ったことだ。


「は?」


 きょとんとした顔でクローディアはセオドアを見る。(あんた、一体何をいってくれちゃっているの?)という表情だ。


「だから、クロア様は王太子を愛しているから、結婚に向けて努力しているのかと聞いているのですよ」

 こういう突っ込んだ話はあまり聞きたくなかったが、そもそも結婚は当人の意志が大切だとセオドアは思っている。互いに信頼し合い、愛し合う結婚がよいに決まっている。

「テディ、お前が賢いことは認めるが、やはり田舎貴族の発想しかできないようだな」

「はあ……。まあ、田舎貴族は本当ですから否定はしませんが」


 こういう失礼な物言いが明らかに悪役令嬢なのだが、セオドアは反論をしない。そしてクローディアの答えはセオドアの淡い期待のはるか斜め上であった。


「愛している? 愚問だわ」


 とんでもないことを言うお姫様だ。


「じゃあ、クロア様は王太子のことを好きじゃないってことですか?」

「当たり前よ」

(えええええええっ~!)


 大好きではないが、少しは好きだと思っていたセオドアはさすがに驚いた。


「好きでない相手との結婚をそんなに望むクロア様の考えが理解できない」

「それだからあなたは田舎の三流貴族なのよ」


 重ね重ね酷いことを言うお姫様だ。そして当人は酷いことを言っていると思っていないのだろうが。


「王妃の役割は王を支えること。この国の民の平和のために働くことよ。王妃に王の愛など不要よ」

(このお姫様、割り切っていやがる……)


 これは田舎貴族の自分では到達できないレベルの自己犠牲精神である。セオドアは、クローディアが生まれながらの皇太子妃候補だったのだと改めて思った。だが、その割り切り具合に一抹の不安を感じたのだ。


「一応聞きますが、王妃様なら跡継ぎ作らないといけないでしょう。王家の血をつなぐのも王妃の役割ですから」

「そりゃまあ、そういうこともしないといけないのだけど……」

「クロア様は好きでもない王太子と子作りするわけですか?」


 クローディアは顔を真っ赤にして、セオドアの胸を拳で叩く。これが結構な力で思わずセオドアはのけ反った。


「いやらしいことを言うな、テディ。それも義務なのだから仕方がないのだ」


 プンプンと怒っているクローディア。たぶん、このお姫様。性的な知識はあるが、それは令嬢同士の情報交換程度のレベル。あまりよく分かっていなさそうなところが初心で可愛いとセオドアは思ってしまった。

 そして少しいじめてやろうかと意地の悪いことを考えてしまった。

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