第57話 うっかり、悪役令嬢に性教育をしてしまった
「クロア様、少し突っ込んだ質問をしますが、よろしいでしょうか?」
「な、なんだ改まって……」
「子供の作り方はご存じなのですか?」
かあ~っとクローディアの顔が赤くなっていく。どうやら、その方面の知識はあるようだ。
「し、知っているに決まっておる!」
「ほう……」
「こ、こんなところで話すようなことではない。恥ずかしいではないか!」
「そりゃそうですが……。さすがにこの歳で知らないわけないですよね」
セオドアはバーデン公爵家がきちんと性教育をしていることに安心した。やはり、一国の宰相を務めている家である。娘の教育をきちんとしている。
「神の前で夫婦の誓いをして……その……あの……せ、接吻をすれば、1年後に玉のような赤子が天より降りてくるのだ。もう、こんな恥ずかしいことを言わせるな!」
(はあ?)
セオドアはふざけているのかとクローディアの表情を見る。耳まで真っ赤である。
(嘘だろ……。前言撤回。バーデン公爵家、全然、性教育していないじゃないか!)
「あの、クローディア様。そのような子供だましの知識だけで王妃陛下になろうとしていたのですか?」
「な、なんだと!」
「いいですか」
セオドアはクローディアの耳元でささやく。耳まで真っ赤だった顔から煙が上がるがごとく、さらに赤くなる。
「う、嘘だ……。男女が裸で抱き合い、わ、我のこ、ここに……た、種をまくだと」
セオドアは、クローディアがまた違う勘違いをしていないかと思ったが、それでもキスで妊娠すると思っているよりはましだと思った。それより、裸になってベッドで男と抱き合うという行為にクローディアは衝撃を受けているようだ。
「そ、そんなことを我はエルトリンゲン皇太子殿下とせねばならぬのか?」
「正式に皇太子妃となればそうなるでしょうね」
「……うむむ。それが本当であるのなら、我は少し……というかものすごく嫌だ。というか、皇太子殿下とそのような行為はしたくないと思うのだ」
(ほう……)
どうやらクローディアの将来王妃になるという目標は、国のためであって子作りも義務だと思っていたが、そのためにエルトリンゲン王子とそのような行為をせねばならないことを知らなかったようだ。
(それで今回、子作り問題に直面したわけだが……)
クローディアは国の王妃になろうという図太い神経の持ち主である。王太子との性的な行為が生理的に嫌でも、国のために身を捧げるという高尚な精神を発揮して、この問題も乗り越えるだろうとセオドアは思った。
「わかりました。クロア様がこの国のことを思って、エルトリンゲン王太子との結婚を望んでいることはね」
個人の幸せを犠牲にしてでも、この国の繁栄に尽くしたいというクローディアの考えはよくわかった。彼女の性格なら当然だろう。ただ、セオドアは思う。
(自分が王妃になれば、国の繁栄につながるという自信はすごい)
残念ながら、このクローディアの考えがエルトリンゲン王太子と相いれないということが全く理解していないのだ。
エルトリンゲン王太子は、為政者としての能力は欠如しているが、自分が好きな女性と結婚したいというところは、ごく普通の考えができる人間だ。結婚感については、クロアよりもまともともいえるだろう。
「じゃあ、王太子殿下に側室をもつことを認めればいいんじゃないのですか?」
セオドアはそこまでクローディアが開き直っているのならばとそう提案した。クローディアの目的が王妃として政治に関わりたいのならば、その仕事に専念して、妻としての役割(主に性的な部分)は側室に任せれば解決なのではと思たのだ。
エルトリンゲンの現在の寵姫は平民出身のナターシャ嬢。身分から考えると彼女を王妃にするには困難が大きすぎる。側室ならありだろうが。
「側室だと!」
なんだかクローディアの逆鱗に触れたようだ。セオドアは言ってはならないことを言ってしまったようだ。
「男というのは本当にクズで、ゲスでいやらしい。テディ、賢明なお前の口からそんな単語が出て来るとは思わなかった。側室だと!」
「高貴な貴族の中には正室一筋じゃない方もいるでしょう。平民でも裕福な者は愛人を囲っていることはよく聞く話じゃないですか?」
「よく聞く話だと。そういうクズは少数派だ。現に我の父上は母上一筋だった」
クローディアの父。現王国宰相のロバート・フォン・バーデン公爵は愛妻家で有名である。
「だけど、人の心は変えられないと思いますけど……」
「……変えてみせる。殿下もこの国の王となるのだ。ちゃんとわかってくれるはずだ」
クローディアの頑固さにセオドアは(はいはい)と心の中で言って両手を上げた。これ以上、この話題を続けても不毛だろう。
「お前もまさかとは思うが、他に愛人を幾人も抱えようと思っているのではないだろうなあ。そう言えば、この前、お前の屋敷にいた女士官。お前のお手付きじゃあないだろうな」
クローディアがとんでもないことを言いだした。まさか自分の方に火の粉が飛んでくるとは思わなかった。
「彼女は昔の知り合いですよ」
「知り合いだと?」
「ああ、知り合いです」
「ということはテディ、お前は元軍人ということだな」
(おい、この流れでそれかよ!)
突然の決めつけるような口調にセオドアは慌てた。その様子を見てクローディアはにんまりとした。
クローディアは、既に赤影に調べさせて、セオドアが大陸派遣軍にいたことを調べ上げていた。しかし、それ以上のことは分かっていない。セオドアについては軍でも秘密の部署にいたらしく、赤影でも調べ切れていなかったからだ。
この前、セオドアの屋敷で見た女軍人を見て、セオドアの過去を暴けるのではないかとクローディアは思ったのだ。
「貴族の男なら軍に身を置くのはめずらしくないでしょう」
セオドアはそう言ってごまかした。貴族の子弟が職につくとなると、その職は限られている。行政官になるか聖職者になるか、軍人になるのがおおよその進路である。
「だが、あの女士官の階級章は中尉だった。そしてお前は少佐。お前の年で少佐はありえない。一体、何をすればそんな階級になるのだ?」
(やばい、やばい……)
エリカヴィータが屋敷に来た時のことをクローディアは詳細に覚えていたようだ。あの時は何も言わなかったから、安心していたのだがどうやらそれは甘かったらしい。
「貴族なら士官学校卒業すればなれますよ」
「嘘をつけ。いくら貴族でも士官学校を出て少尉になるのが精一杯だ。そこからは貴族でも実力の世界を勝ち抜かねばならない。大体、士官学校卒業って、年齢が合ってないじゃないか!」
(お、このお姫様、知っているじゃないか……)
クローディアの言っていることは正解だ。いくら貴族でもそう簡単に出世できるわけではない。戦争は身分でするものではないからだ。それに士官学校は普通15歳で入学。卒業は18歳だ。どう考えても年が合わない。
「しかもお前の年で少佐とは、よほど悪いことをしたのだろう」
(悪ね……)確かにそうだとセオドアは思った。戦争で活躍するということは、多くの敵兵を殺したということと同じである。殺せば殺すほどその地位は上がる。直接手を下さなくても命令を出せば同じことだ。
「貧乏貴族が生き残るには必要な事ですよ」
セオドアはそう言ってこれ以上詮索されまいとした。そんなセオドアの目をじっと見ていたクローディア。ふうと軽くため息をついた。
「……うむ。まあよいわ」
(よいのか?)
クローディアはセオドアに対する興味を失ったようだ。
「誰にでも人に言いたくないことはあるだろう」
「そういうことです」
助かったとセオドアは思った。軍を止めた経緯も、やむなく伯爵位を継いだものの、領地に引きこもって隠居生活をしようと画策していることも、あまりクローディアには知られたくないことだ。
「それよりも今度のキャビネット主催の学祭についでだが」
クローディアは話題を変えた。もうじき、ボニファティウス王立大学でもっとも大きな行事である学園祭がある。学生自治組織であるキャビネットはその行事の企画、運営を任されているのだ。
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