第38話 うっかり、悪役令嬢を交渉役にしてしまった
「その協定を結ぶ任務をクロア様に委任しましょう」
「え、えええええ~」
リックを含め、選挙事務所の幹部たちは、非礼とは分かっていたが思わず声を上げてしまった。カール陣営との協定は重要である。ただ結べばよいというものでもない。好条件であちらの力を借りることが求められる。
(それをこの大貴族のお姫様がするのかよ!)
みんな心の中で思っている。それが声に出てしまった理由だ。
「この仕事はクローディア様しか成功できません」
「無論じゃ」
みんなの(うそでしょ!)という思いが強い空気の中、当のクローディアも自信たっぷりである。
「クローディア姫が優秀なのは分かっていますが、姫様にその交渉ができますでしょうか?」
リックはそう懸念を口にした。セオドアは説明する。
「カール先輩の実家はセントクリーク病院だったと思いますが」
「ああそうだ。彼はそこの病院長の息子だ」
「セントクリーク病院の大口出資者はクローディア様の実家、バーデン公爵家です」
「……なるほど」
リックは唸った。それならクローディア姫がおでましになっただけで、カールは従うしかないだろう。少なくとも無視はできない。少しやり方としては汚いが、バティス陣営も同様のことくらいはしている。
「分かりました。クローディア姫、お願いします。条件は決選投票時に僕に投票して欲しいこと。理系学部の予算要求にはできるだけ実現できるようにすること。僕が会長になった暁には、カールを副会長の一人にすること。理系学部棟の改修工事を前倒しで行うことを約束する」
リックの条件を聞いたクローディアは頷いた。かなり理系学部に配慮した条件であり、これなら連合は組めそうだ。
「了解した。我に任せよ」
クローディアは胸を張って、外に待たせていたハンスたちを伴って、カール陣営の事務所へと向かって行った。
*
「セオドア君、彼女は大丈夫か?」
クローディアが出て行ってからリックはセオドアにそう聞いた。クローディの自信たっぷりだった様子が返って不安を煽ったようだ。
「表向きには大丈夫でしょうね。ただ、カール先輩も曲者ですからね。正攻法だけではダメでしょう。バティス先輩もこちらの連合を警戒しているでしょうから」
セオドアもこのままこちらの思惑通りになるとは思っていない。当然ながら、現在優勢のバティス陣営も理系組の懐柔をしてくるに違いない。
(そこにクロア様が気付くかどうかだけど……。あれでも彼女は賢いから、なんらかの手を打つだろう。今回はそれに期待しよう)
セオドアは、この件はクローディアに任せようと思った。仮に彼女が失敗してもフォローはできる。それにクローディアの能力、ここでは(腹黒さ)とセオドアは考えているが、その点ではカールやバティスを上回っていると確信している。
「腹黒さではクロア様はこの大学で随一ですから……」
「はあ?」
セオドアのつぶやきに思わず聞き返したリックであったが、それがセオドアの独り言と知ってそれ以上聞かなかった。
それよりも2日後に行われる投票前の公開演説会の演説原稿の方が大事だ。ここで大学に通う平民学生の心をこちらに向けて、少しでもバティス陣営から文系票を削り取るしかない。
それ以外の裏工作は、選挙参謀になったセオドアに全面的に任せる。リックはセオドアの能力を高く評価していた。今回は大学の学生選挙である。このレベルの駆け引きなら、セオドアにかかれば赤子の手をひねるがごとくだと思っている。
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