第32話 うっかり、悪役令嬢に助言してしまった
クローディアはセオドアの推理の結論が分かった。回りくどい話であったが、要するに容疑者4人とも犯人ではないということ。そして犯人は……。
「自作自演ということか……」
「恐らくそうでしょう。今回の事件を引き起こして一番得をするのはナターシャさんですから」
クローディアはぎゅっと拳を握りしめた。怒りで唇まで震えている。
「そうと分かれば殿下に……」
セオドアは振り返って駆けだそうとするクローディアの腕を掴んで止めた。
「何をする!」
「無駄ですよ」
「殿下もバカではない。今推測したことを丁寧に説明すれば……」
「それが分かる殿下なら、クロア様にあのような態度で辱めることはしませんよ。訴えれば、さらにクロア様を憎むようになるでしょう」
ナターシャはそこまで考えて今回の事件を引き起こした可能性がある。そうならば自重した方が得策だ。仕掛けられても知らぬ、存ぜぬで無視する。そのうち、墓穴を掘って自滅するだろう。それを待てばよい。
「いや、殿下はそこまで愚かではない。あの方は本来、聡明な方なのだ」
クローディアはエルトリンゲン王太子に対してまだ幻想を抱いているなとセオドアは思っている。小さい頃から見ているクローディアには、聡明な王太子は騙されているだけだと思いたいのだろう。
(このお姫様には現実を知ってもらうしかないだろう)
セオドアはそう考えて、クローディアの腕を離した。そしてセオドアの予想通り、彼女の必死の説明は王太子の侮蔑の視線と冷酷な言葉を引き出しただけであった。
大学の講義室。100名もの学生が見守る中で、王太子は言い放った。
「お前、言うに事欠いて、ナターシャの自作自演だと!」
「そうです殿下。いろいろ調べましたが彼女の自作自演以外考えられません」
「殿下……わたしは悲しいです。お弁当を台無しにされただけでなく、こんな疑いをかけられるなんて」
一緒にいたナターシャは涙をぽろぽろと流す。誰が見ても悪人はクローディアである。
「クローディア、お前がやったにも関わらず、ナターシャをさらに悲しませる言動。余はお前を許さぬ!」
「待ってください、殿下。しっかり頭の中を整理してください。私が犯行を行うのは無理です」
クローディアは説明するがエルトリンゲン王太子は激高してそれを阻む。
「お前には動機がある。誰よりも強い動機がな。それにお前の権力と財力を使えば難しくないだろう。なんの力もないナターシャを犯人に仕上げるなんて簡単なことだ」
周りで聞いていた学生たちには王太子の言葉の方に説得力がある。悪役顔で理路整然と主張するクローディアと泣きじゃくり弱弱しいナターシャと比べても悪役がどちらかは一目瞭然であろう。
「余は不愉快だ。クローディア、余の前に姿を見せるな!」
王太子はそう叫んでクローディアを指さした。王太子の左腕に絡みついているナターシャ。まるでお姫様を守るかのような高揚感に酔っているようである。
「それはできません。我は殿下の許嫁。これは国王陛下が決めたこと」
「ふん。実家の力を使いやがって。だが見ておれ。いずれお前との婚約はきれいさっぱり解消してやる」
「我との婚約を解消して、その隣の女を妻にするのですか!」
クローディアは震えた声で抗議した。彼女の中では絶対に考えられない価値観である。次期国王が身分の低い、しかも教養も気品もない女を妻にすることなど、国民の支持を得られるはずがない。
「そうだ。ナターシャは余に相応しい。少なくともお前よりかはな!」
「殿下、それはダメです。王族は国民のために尽くす。そのためには己を殺さねばなりません。伴侶に求めるのは、愛ではなく、義務と同盟です」
「そんなことを平気で口にするお前が余は大嫌いだ。行こう、ナターシャ。気分が悪い」
エルトリンゲン王太子はナターシャを伴って退出した。またポツンと取り残されたクローディア。周りで見ていた学生たちも興味を失い、雑談や弁当を広げて昼食へと行動を移している。
「クロア様、行きましょう」
セオドアはクローディアの方をポンと叩いた。茫然と立ち尽くしている彼女は、まるで人形のようであった。セオドアに肩を叩かれてやっと意識を取り戻したようだ。
「テディ、我は戦うぞ」
「どうしたのですか?」
セオドアはクローディアの目に闘争の炎が宿っているのに気が付いた。先ほどのやりとりで心が折れていない。普通の女の子なら大泣きするところだ。
「あの女……」
「ナターシャさんのことですか?」
「あの女、去り際にこっちを見て笑っていた……」
「そうですか。やはりですか……」
セオドアはずっとナターシャがただ者ではないと思っていた。今回のこともクローディアが見た一瞬の笑顔が本当なら、やはり自作自演なのであろう。ナターシャはか弱い平民娘ではない。明らかにクローディアを追い落とし、自分が王妃になるという意思がある。
セオドアは王妃に身分や家柄などは関係ないと思っている。あくまでも人物である。王妃に相応しい人間なら、だれでもよい。
(しかしあの女はダメだ……)
セオドアでなくてもナターシャは王妃の器ではないと思う。せめて王妃に相応しい行動や勉強をしてくれればよいが、飽きっぽくて勉強嫌い。そのくせ、贅沢好きで人を自分の好き嫌いで判断する。王妃になったら政治は混乱するだろうとセオドアは思った。
「いずれにしても少し殿下と距離を取った方がよいかと思います」
そうセオドアは進言した。今、アプローチしても溝を深めるだけである。それはクローディアも考えていた。
「分かった。しばらくは殿下と距離を置こう。勉強にも集中しないといけないからな」
クローディアはそう言った。実際、学年が違う王太子と授業が被ることは少なく、セオドアやハンスたちと学ぶうちに3か月も過ぎてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます