第31話 うっかり、真犯人に迫ってしまった

 記憶力のよいクローディアは気が付いた。バナナの皮は1つ。卵の殻も1個分であった。


「あれは一人分の食事の量です」

「……ということは寮生の中に犯人がいるということか?」

「ゴミの内容と量からして寮から出たもので、犯行は1人で行われたと見るべきでしょうね。複数ならバナナの皮は2個以上入っていますよ。そしてゴミもゴミ箱から調達されたものではない」


 セオドアの推理はこうだ。犯人は寮生。朝食はプレートで一人分ずつ渡される。バナナとゆで卵は食べて、皮と殻はゴミとする。トーストは1口かぶりついてあとはちぎって捨てる。スープは飲んだかパンに浸しかであろう。


「寮生が犯人となるとかなり限られる。女子学生の寮生は6割ほどだ」


 そうクローディアが答える。6割は多いが女子学生の数が少ないのでおよそ60名程度である。比率が多いのは全国から選りすぐりの優秀な女子学生が集まっているから。男子学生のように地方から出て来た学生が町で家を借りて住むということは、安全上しないからほぼ寮に入るのだ。


「60名とは言っても半分は文学部。犯行が可能な学生を見付けるのはさほど難しくないだろう」


 クローディアはそう答えた。聞き込みに行ったハンスたちを待って、新たな命令を出す。

 次の日、クローディアは困った顔で教室に座っていた。机には鉛筆でいろいろと書いた紙が置かれてある。いくつか容疑者としてピックアップした女子学生の名前が書いてある。


「クロア様、何を悩んでいるのですか?」


 セオドアはそう聞いてみたが、大体想像はついている。


「昨日からハンスたちを使って容疑者を絞り込んだのだ。しかし、もっとも怪しいと思った学生が昨日は休んでいたことが判明したのだ」


 そうクローディアはセオドアに説明した。2時間目の授業前に更衣室に荷物を置きに来た学生は全部で32名。そのうち、2時間目に授業があったものは28名。これは除外。残り4名のアリバイと動機を掴もうとしたがどれもヒットしない。

 そもそも別学部や異学年の女学生とナターシャとの接点がない。むしろ、同じ文学部の1年生の方に接点があるから犯行動機がある可能性が考えられる。しかし、1年生は全員、犯行時間には授業に出ていた。


「4人とも下級貴族の出身?」


 セオドアは確認した。ある程度の家格がある貴族出身者は、わざわざ大学で学ぼうとする者は少ない。特に女子は顕著だ。能力や意欲があっても家族に理解がない理由で通えないのだ。

 クローディアのような上級貴族の令嬢が通うのは例外中の例外だ。そもそも上級貴族の令嬢は大学など行かなくても家庭教師を付けて学べるし、そもそも彼女らには学歴など将来の人生設計に不要なのだ。


「ああ。一応、准伯爵や騎士階級の出らしい」

「そうなると犯人としての動機がないなあ」


 セオドアは絞り込んだ4人がやったのではないと思っている。そもそも実家の力がない状況で、王太子の思い人に嫌がらせをするのはデメリットでしかない。貴族主催のパーティーに集まる気ままな令嬢たちとは違い、ここに来る賢い人間ならそれに気づく。そんなことをすれば、せっかく難関を突破して入学したのに退学になってしまう。


「動機がないとはどういうことだ。王太子にちょっかいを出す平民女というナターシャは、貴族出身の娘には異分子に映る。それだけで動機になる」

「違うね」


 セオドアははっきりと否定した。クローディアも頭がよいのに上級貴族として生活してきたことで、思考が一般的ではない。


「それは思い上がりだね。クロア様は下級貴族や平民を見下しているから、そういう発想になるのですよ」


 結構きつい言葉だ。普通の貴族令嬢なら侮辱されたと激高するだろう。だがクローディアは違った。


「……それはどういうことなのか教えてくれ。我は未熟だ。発想が偏っているのかもしれない」

「それだけお姫様育ちということですよ」

「むっ……。反省はするがお前に言われるとなんだかむかつく」


 クローディアはそう言いながらも、セオドアの意見に耳を傾ける。


「そもそもナターシャさんがみんなに嫌われているという発想は、この大学内ではありませんね。上級貴族令嬢方が集まるサロンならともかく、ここは大学内。男も女も自分の力で将来を切り開くために勉強に来ている。王太子とその愛人と許嫁の醜聞に首を突っ込むデメリットを考えない学生はいませんよ」

「……それもそうだな」

「それに学生の大半はナターシャさんの味方ですよ」

「……そうなのか?」


 これにはクローディアも衝撃を受けたようだ。


「そりゃそうでしょう。自分たちと同じ平民、もしくは貴族の中でも底辺階級の身分出身からすれば、雲の上の存在のクローディア様より親しみがあるというものです。もし平民であるナターシャさんが王妃になれば、自分たちもチャンスがあると考えるでしょう。平民出身者が王妃になれば、身分差など関係なく出世できる社会になるかもしれないという期待です」


 クローディアはしばし考え込む。


「なるほど。我はアウェーの中にいるのだな」

「そういうことです」

「だが、みんなは考え違いをしておる。ナターシャの性格はそんなことを期待できるようなものではない。自己中心的で贅沢好き。同じ平民を取り立てていくなどという高尚な考えはない」

「そうかもしれません。しかし、それがみんなに分かるまでには時間がかかりますよ。それにナターシャさんもバカじゃない。この有利な状況を生かさないはずがない」

「ううう……なんだかお前はすべてを知っているかのようだ。お前の推理を聞きたい」

「聞きたいですか……ここまでの話で賢いクロア様なら気づかれると思うのですが……」

「あ……」

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