第29話 ううかり、悪役令嬢の弁護をしてしまった
「ナターシャの弁当にこんな嫌がらせをしておいて知らぬとは言わせないぞ」
どうやらナターシャの弁当は、ゴミを入れて食べられなくされたようだ。ナターシャは自分のロッカーにそのバスケットを入れて授業に出ていたが、その隙に悪質ないたずらをされたという。
「そんなことは知らない。我がやったという証拠がないではないか!」
当然ながらクローディアは否定する。やったことがないことを自分のせいにされてはかなわない。
「いやお前だ。お前しかいない。どうせ、ナターシャの弁当と比べられることが嫌だったのだろう」
「そんなことは思っていない!」
「比べられれば、おのずとお前と余のナターシャとの差が歴然とするからな。それをぶち壊すという動機がお前にはある」
何事かと周りの学生が集まってくる。言い争っているのが有名人なのだから人はどんどん集まる。
(王太子殿下と公爵令嬢じゃないか?)
(あの2人は許嫁同士じゃないのか?)
(夫婦喧嘩かよ)
(いやいや、殿下はあの平民女子にぞっこんだと噂じゃないか)
(ああ、そういうことか)
(正妻と愛人の戦いですわ)
(修羅場だぜ。こんな戦い、王宮以外で見られるとは面白い)
(クローディア様が愛人の弁当を台無しにしたようだ)
(やるな~。陰湿ないじめ)
(生まれが高貴でもやることは俺たちと変わらない)
みんなひそひそと話す。そしてクローディアがやったのだろうと決めつける雰囲気が形成されつつあった。
無理もないだろう。毅然として言い返しているクローディアと泣きじゃくっているナターシャ。上級貴族と平民の姿。
学生の多くが平民か下級貴族を占めるボニファティウス王立大学の学生は、ナディアの方を贔屓する。そんな状況の中、クローディアは毅然と反論する。
「我の作ってきたものは十分に対抗できるものだ」
「ふん。料理などしたことがない公爵令嬢がロクなものを作るはずがない」
「そんなことはない」
否定するクローディア。目には涙が浮かんでいる。周りからすると気の毒に見えなくはないが、敵視している王太子からすると演技に見えるらしい。
「文学部の1年は朝から授業が2コマ続いた。ナターシャは朝、自分のロッカーに弁当を入れた。女子更衣室のロッカーに近づけるのは女性のみ。お前の政経学部は2時間目に授業はなかっただろう」
「それがなにか?」
「お前が2時間目の始まりに更衣室に行ったことは、管理人が目撃している。どうやらエルトリンゲン王太子も感情だけでクローディアを犯人と決めつけているわけではなさそうだ。ちゃんと証拠の裏取りをしている。
「確かに行きました。殿下が蹴飛ばしてダメにした我が作った弁当を取りに……」
「その時にナターシャの弁当に悪さをしたのだろう」
「悪さなどしていません。そもそもその女のロッカーも知らない」
クローディアはきっぱりと否定する。これは本当だ。女子学生が使う更衣室は学部ごとに中で分かれていてかなりの数のロッカーが置いてある。番号で管理されているから、ナターシャの番号が分からないクローディアには短時間でできるはずがない。
「殿下、クローディア様を疑ってはいけませんわ。ロッカーに鍵をかけ忘れた私がいけなかったのです」
ナターシャがそう言って仲裁するが、それが返ってエルトリンゲンの義侠心を刺激する。
「ナターシャ、お前はなんていい子なんだ。こんな悪女もかばうとは……。それに比べてクローディア。お前は最低だな」
冷たい目でクローディアを侮辱する王太子。屈辱で握りこぶしを震わせるクローディア。
(やれやれ……)
無視もできたが、さすがに濡れ衣を着せられている公爵令嬢が可哀そうに思ったセオドアは口をはさんだ。
「殿下、クローディア様はそんなことをしていません。確かにクローディア様は2時間目の始まりに更衣室へ行きました。しかし、それはご自分が作った弁当を取りに行っただけ。時間にして1,2分。我々4人が付き添っていましたから事実です。管理人もそれを見ていたのではないのですか?」
王太子はセオドアを冷たい目で見る。クローディアの仲間は敵だという目だ。少し遅れて来たハンスたちにも同様の態度である。
「お前たちはクローディアの手下だな。手下の意見など証拠にはならない」
王太子はセオドア、ハンス、アラン、ボリスをクローディアの下僕同然だと思っているようだ。
「1,2分ではナターシャさんのロッカーを捜し出し、中にゴミをねじり込むようなことはできません。時間は管理人が証言するでしょう」
セオドアは負けずにクローディアの無実を訴える。しかし王太子は譲らない。
「いや、この女だ。自分で手を下さなくてもどうせお前らのように女子学生に手下がいるのであろう。政経学部の1年女子かスポーツ生理学の女子なら可能だ。そういう奴に命じたのだろう」
そうエルトリンゲンは決めつける。しかしセオドアはその可能性もないと断言できる。なぜなら……。
(クロア様には、女の友達がいない)
どうしてかクローディアには女友達がいない。周りをセオドアやハンスたちを侍らしているように見えるので陰で『女王様』とまで呼ばれている。
政経学部には元々女子学生が少なく、わずかにいる女子学生も官僚希望の下級貴族か平民出身。クローディアの公爵令嬢の肩書に半径5m以内に近づいてこないのだ。
少し可哀そうである。生まれのハンディキャップはあるが、第一印象がきついイメージがあるクローディアに、女子学生は親しく声をかけられないだろう。
これが同じ上級貴族ならば、実家の思惑があって声をかけてくるのだが、ここは身分差を気にすることがない大学のキャンパス内だ。思惑なしに雲の上の公爵令嬢に話しかける女子学生はまだいない。
セオドアは答えに詰まった。クローディアに女友達はいないなどと言うのは、さすがに可哀そうだ。
「ふん。やはりな。クローディア、お前はやはり陰湿な奴だ。金輪際、ナターシャに悪さをするな!」
そういうと王太子はナターシャの手を取って踵を返した。
「殿下、どこへ?」
クローディアが聞く。振り返りもせずにエルトリンゲン王太子は食堂のVIPルームに行くと言った。そしてこうも付け加えた。
「VIPルームは余が借り切る。お前は入れないぞ」
(そんなこと言わなくてもよいのに……)
セオドアはエルトリンゲン王太子の器の小ささを嘆いた。王太子は手をつないだナターシャに微笑みかける。
「殿下、VIPルームでのお食事、楽しみです」
「そうかそうか……。今週は海の幸メインの料理があるらしい」
「わあ、うれしい」
そして去り際に泣いていたナターシャが笑顔になる。その笑顔が一瞬だけクローディアに向けられ、わずかに唇の端が上がったを見た。単純に平民が入れない場所での食事が嬉しいのだろうが、セオドアにはクローディアに対する勝利の喜びのように感じた。
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