第28話 うっかり、ラブラブランチタイムを見てしまった

「殿下、お待ちしておりました」

 

 クローディアは大学の校門付近でエルトリンゲン王太子を待ち伏せていた。王太子はいつものように王宮から目立たない馬車で大学へ通っている。

派手な馬車では目立つし、暗殺の危険もある。王太子は王太子で大学へ通うのに苦労をしていた。

 ナターシャは大学の寮に入っているので、いつものようには連れ添っていない。よってクローディアとしては、朝から目にしたくない光景を見なくて済む。


「朝からなんだ?」


 王太子の態度はいつもと同じだ。クローディアとは会いたくないオーラが出ている。


「今日の昼食ですが、ご一緒してよろしいでしょうか?」


 クローディアはセオドアから手ほどきを受けて、朝早く起きて卵サンドと出汁巻き卵を作った。手にはそれらが入ったバスケットがある。

 エルトリンゲンの表情が変わった。(マジかよ?)という顔をしている。物陰でハンスたちと様子を伺っていたセオドアは、王太子が驚いているのが分かった。


(そりゃそうだよな。クロア様が作ったなんて信じられないだろう)


 セオドアはこの手作り弁当作戦がどう事態を変えるか興味をもっている。それで王太子の気持ちがはっきり分かるだろう。


「余はいつもナターシャが作る弁当を食べている。お前の作った弁当など……」

「殿下~」


 手を振りながらナターシャが走って来た。ここでいつも待ち合わせをしているのだ。


「ナターシャ」


 王太子の顔がだらしなく崩れる。クローディアに対しての表情と随分と違う。


「こ、これは……クローディア様」


 ナターシャはクローディアの姿を見てペコリと頭を下げた。


「お、おはよう……」


 クローディアもぎこちない。いつも王太子に向かって話しているので、面と向かってクローディアがナターシャに話すことはない。公式の場では身分の高い者から低い者へ声掛けをしないと話はできない。ナターシャから話しかけることはできないのだ。

 ここは自治権がある大学なのでそういう礼儀の外にある。クローディアからすると自分の許嫁にちょっかいを出すナターシャのことは不快に思っているはずだ。できれば排除したいと考えるだろう。


(クロアは、口は悪いが根はいい奴だからな……)


 セオドアはクローディアの不器用さを知っている。本来ならば身分さを前面に出し、ナターシャを排除するだろう。それが意外とできないのだ。


「クローディアが今日昼食を一緒にしようと言って来たのだ」


 王太子はそう困ったようにナターシャに助けを求めた。嫌なら断ればよいのに、自分ではそれをしない。言われたナターシャは困っている。


(そりゃそうだろう。平民のナターシャが公爵令嬢のクローディアの申し出を断れるわけがない。王太子は甘え切ってそういうところに気づけない)


 セオドアはここでもエルトリンゲン王太子の器の小ささを思い知らされた。一国を経営する王になるのならば、こんな小さな人間関係に関する判断など即座に決めないとだめだ。


「殿下、せっかくですのでクローディア様もご一緒していただきましょう」


 そうナターシャが言った。耳がいいセオドアは口の動きとわずかに聞こえる音でナターシャがただの平民でないと確信した。


(あの女、何も知らなさそうな顔をしているが、なかなかあざといな)


 セオドアは庶民の逞しさを超える何かをナターシャに感じる。普通ならば自分は遠慮してクローディアに譲るのが普通だろう。それを一緒にと申し出た。ある意味、昼食に関する決定権はナターシャにあると言っているようなものだ。

 それを感じてかクローディアの表情は曇る。全くそれに気づかないナターシャ。王太子は大好きな女の提案に首を縦に振っている。


(気づかないどころか……あれは何か企んでいるような……)


 セオドアはナターシャが不敵な笑いを一瞬だけしたことを見逃さなかった。王太子が許可をした理由は、クローディアが作ってきたという弁当とナターシャの弁当を比べることで、クローディアに現実を見せるということだろう。

 料理の差を思い知れば、もう手作り弁当を手に誘うという馬鹿な行為をしなくなるだろうと考えたようだ。


(それだけじゃないような気がする……)


 セオドアの嫌な予感は当たった。

 クローディアの目論見通り、中庭の芝生でエルトリンゲン王太子を迎えてうきうきして作って来た弁当を並べていたクローディア。

 卵サンドと出汁巻き卵である。セオドアに手ほどきを受けて、今朝早く起きて作ってきたのだ。使用人に見つからないように隠れて作ったのだろう。かなり早く起きたようなのでさすがに眠そうだ。

 そこへエルトリンゲン王太子がやってきた。泣きじゃくるナターシャの手を引っ張っている。

 セオドアは取り巻きのハンス、アラン、ボリスと共に少し離れたカフェから様子を伺っている。


「姉さんはうまくやれるだろうか?」

「朝から張り切っていたのでうまくいって欲しい」

「姉さんの笑顔が俺たちの幸せ……」


 ハンス、アラン、ボリスは心配そうに双眼鏡で様子を伺っている。完全に家来化している3人。セオドアも自分はこいつらとは違うと思いたいが、同じように双眼鏡でクローディアの様子を見ているから同じようなものである。


(なんだか、様子がおかしいぞ……)


 遠くから見ていても王太子の様子は尋常ではない。これはまずいとセオドアは思い、すぐにカフェを出て3人のところへ向かった。


「貴様、よくもナターシャの弁当を台無しにしてくれたな!」


 エルトリンゲン王太子は怒りに任せて、クローディアが持ってきた卵サンド入りのバスケットを蹴飛ばした。

 バスケットは空中に舞い、そして中身を芝生にばらまきながら地面に転がる。唖然として動けないクローディア。手首を掴まれて泣いていたナターシャも驚いて泣き止んだ。


「殿下、なんてことを!?」


 一瞬だけ固まったが、クローディアはこの暴挙に抗議した。いきなり作って来た弁当を台無しにされて怒らない方がおかしい。


「お前にそんなことを言えるのか!」


 激しい口調でエルトリンゲン王太子はクローディアを怒鳴りつける。そして右手にもったバスケットを投げる。中にはきれいに作られた弁当らしきものと汚物が混じっている。

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