第27話 うっかり、過去がばれそうになってしまった
「赤影、分かったか?」
バーデン家の屋敷に帰ったクローディアは自室のバルコニーに現れた人影に話しかけた。以前にセオドアの調査を命じたバーデン家の凄腕隠密の赤影である。
「はい……まだ分からないことは多いですが」
低い声が月明かりだけが差し込む薄暗い部屋に響く。
「申して見よ」
「セオドア・ウォール伯爵、18歳。ウォール家の長男。両親は2年前に他界。リグニッツ事件で暗殺されています」
「……リグニッツ事件だと」
クローディアもその事件のことを知っている。エルトラン王国が併合した北ルーテシア地方の過激派がエルトラン国王の暗殺を謀った事件だ。国王を出迎えた多くの貴族が巻き込まれて亡くなった惨事である。
「はい。その事件では22名が犠牲になりましたが、ラディッツ・ウォール伯爵とその夫人クラリスの名がありました。伯爵の両親です」
「そう……」
あの飄々とした感じのセオドアにそんな悲しい過去があったとは思わなかったので、クローディアはどういう表情をしてよいのか分からなくなった。
「その時、セオドアはエルトラン王国陸軍少佐として大陸で戦っていたようです」
「はあ?」
これはさすがにおかしいとクローディアは思った。大陸にエルトラン王国が遠征軍を送っていることは知っている。宿敵フローレンス王国との戦争である。大陸にあるエルトラン王国の領地であるエルメスに北ルーテシアの過激派組織が隠れ、それを援助していたフローレンスとの戦争があったのだ。
クローディアがおかしいと思ったのはセオドアの階級である。2年前ならまだ16歳である。それでエルトラン陸軍の少佐はありえない。士官学校上がりで優秀な成績でもその年ではせいぜい少尉が限界のはずだ。
やんごとないお姫様のクローディアでも子供が少佐になるなんておかしいと思う。
「陸軍少佐となれば中隊を率いる地位だ。16歳でそんなことはあるまい。王族でも不可能だ。ましてや彼は外様の伯爵。立身出世など望めまい」
「……それが事実なのです」
赤影は軍の履歴から分かったことを淡々と伝えた。
セオドアは貴族の男子の定番ルートの1つである陸軍幼年学校に6歳で入学。これは通常より2年早いが地方貴族の子弟ならばありえる。
9歳で志願して司令部直属の侍従として大陸遠征軍に加わる。侍従とは高級士官の身の回りの世話を手伝う役。少年が見習いとして行うことが多かった。普通は10歳を超えた少年から選ばれるが、セオドアはここでも若くして任じられたのだ。
「侍従など珍しくもない。侍従を3年ほどやって13歳で士官学校へ行くのが軍人を志す貴族子弟の定番ルートの1つだろう」
「彼は士官学校を出ておりません」
「名門貴族の出でもなく、士官学校も出ていない子供がどうやって陸軍少佐になるのだ?」
「それが分からないのです」
赤影の言葉は重い。クローディアに対する負い目がある。確かにこの短い間では分からなかったのであろう。特に大陸に派遣されていたのでは、情報源が少ない。大陸にでも行けばあるだろうが、クローディアから与えられた時間はわずか1週間。遠出は無理だ。
「侍従の時に司令部が破壊されて仕えていた司令官が戦死。その際に伝令として活躍したことで曹長に昇進したまでは分かっております。その後、1年で少尉。半年で中尉。途中で東方のベルンに派遣されております」
「……それでか」
クローディアはセオドアが東方の料理に詳しかった理由が分かった。東方でも手柄を立てて15歳の時に大尉に昇進。
極めつけは大陸派遣軍に戻って砲兵中隊を指揮して、フローレンス軍を完全撃破してエルメス領を解放したモルターバの戦いで勝利に貢献した。
「それで少佐か……。10代で将軍になる勢いだな」
生まれではなく実力で出世するものも稀にはいる。時に戦争ではそういうチャンスがあるが、セオドアはその中でも抜きんでていた。
そのまま行けばエルトラン軍の中で出世を遂げたことは間違いがない。それなのにセオドアは軍を退役している。リグニッツ事件で突然両親を失い、伯爵領を受け継ぐことになったから仕方がないことではあるが、それだけが理由ではないよう気がした。
(あいつからは覇気が感じられない。もう人生を投げてしまったような)
セオドアが中央の社交界に来たのは妹のデビューのためだ。妹によい婿を迎えてラット島を相続させて自分は若隠居を決め込むという愚かな計画だ。
(まだ18歳だぞ。それがどうして引退なのだ?)
クローディアからするとその発想は全く理解できない。理解できないが悲惨な戦場で9歳から8年も過ごしたのだ。その時のクローディアは蝶よ、花よと育てられ、苦労など一切したことはない。
「引き続き、調査するように……」
「はっ……」
クローディアは赤影にそう命じた。これ以上は実際に戦場へ行かないと分からないだろう。それに軍の機密にも触れそうだ。優秀な隠密の赤影でも時間がかかりそうだ。
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