第16話 うっかり、トップ合格をしてしまった
試験が終わって1週間が経った。
セオドアはボニファティウス王立大学の構内にいる。中央広場に設けられた特設の掲示板に合格者の受験番号が発表されるのだ。そして特に成績の良かった10人は名前で張り出される。
待っているとクローディアもやって来た。試験当日のように目立たない服を着ている。しかし、灰色のドレスを着ていてもクローディアは目立つ。そこだけ、何だか輝いているようにしか見えない。セオドアはクローディアの隣には立ちたくなかったが仕方がない。
「よ!」
軽い口調でクローディアは手を挙げて挨拶した。セオドアは少しだけ会釈した。そして二人で結果が張り出されるであろう掲示板を見た。
やがて番号が張り出される。
クローディアはすぐに自分の番号を見付けたようだ。セオドアは自分の番号よりクローディアの番号があるかを見ていたので、その番号を見て安心した。
仮にクローディアが落ちていたらさらに面倒なことになる。
「テディ、我の番号はあった。お前はどうだ?」
「クロア様、まずはおめでとうございます。俺の番号は……1351番……あ、ありました」
「やはりな。お前なら合格すると思っていたぞ」
そうクローディアは言ったが、あまりうれしそうではない。クローディアはセオドアが合格するのは当然だと思いっていた節がある。
セオドアは勉強中に手を抜いて、ぎりぎり合格できるかできないかを装っていたのだが、クローディアにはあまり効果なかったようだ。それにクローディアの目標は合格ではない。トップ10人に入ることである。それはセオドアにも強要されている。
(全くもって、面倒なことを命じられた……)
セオドアは自分の身に起こった不幸を嘆いた。
「試験の傾向が全面的に変更になり、今回は受験生には酷なものだった」
クローディアは自分も受験生だったのに他人事みたいである。しかし、それでも自分自身の合格は規定路線と思っていたようだ。
「へえ、そうなのですか?」
セオドアもそうは思ってはいたが確信はなかった。なぜならセオドアは模試試験を一度も受けておらず、辛うじて過去問題をやった程度であったからだ。
そしてセオドアの能力にかかれば、今回の試験が従来通りだろうが、大きく内容を変えようが関係がなかった。
(点数を900点前後に調整することには成功した。ただ、試験内容が変わっていたので、露骨に知識を答える問題で調整するしかなかった。万が一を考えて点数は930点。余裕がないと10位から外れる可能性があるからな。昨年なら7,8位あたりの成績だが……仕方がない)
昨年までの問題傾向なら、900点付近に点数を調整することは難しくはなかった。しかし論述が多めで幅広い知識を統合しないと解答できない今回の問題ではさすがのセオドアも安全策に走るしかなかった。
少し多めに点を取り、10人に入ることを優先したのだ。
「いよいよ、トップ合格者が張り出される」
合格者の番号が貼り終わり、来ていた受験生の歓声があちらこちらで起きる。落ちた者は肩を落として帰って行く。合格率は20%の厳しさであるから肩を落とす者の方が多い。
そして合格者の関心は十傑の発表に移っていく。合格者発表の右隣の小さな掲示板に係員が立った。まずは10位から5位までが張り出される。
「おおお……!」
「やっぱり~」
どよめきが起こった。
10位から5位までにセオドアとクローディアの名前はない。
セオドアは顔が真っ青になった。クローディアは逆に顔が紅潮している。彼女には確かな手ごたえがあったようだ。5位以上は確定したという顔だ。
それとは反対にセオドアは逃げ出そうと思っていた。彼は大変な間違いをしてしまったのだ。
(10位の点数が830点だと……嘘だろ!)
これは大誤算である。10位の点数が830点。前年よりも100点も低い。5位が860点である。
「おい、テディ。どうした顔が真っ青だぞ」
セオドアの様子を見てクローディアが怪訝そうな顔をしている。
「いや、例年より点数が大幅に低いので驚いたのです」
「そんなことは予想できただろう。我の自己採点は915点。この調子なら我のトップ合格もありえる。あの問題で900点を超える力ならば、昨年度の満点に近い点数と同じ価値があるだろう」
(しまった~)
セオドアは心から後悔した。試験問題対策を真剣にしなかったこともあるが、自分にはそれほど難問とは思えなくてつい昨年度と同じと思ってしまった。
わざと間違えて得点の調整はした。それは完璧だと思う。セオドアの自己採点は930点。例年なら7,8位程度の点数だが、難易度が変わった今年の試験ではその点数はまずい。
「ああ、ついに5位以上が公開されるぞ」
クローディアが指を指す。合格者とその関係者たちも集まる。今年度のトップ5の名前を一目見ようという人々だ。
「あ、あったぞ!」
クローディアのはしゃぐ声が響いた。その形の良い指先が差す方向に『クローディア・バーデン』の名前がある。点数は915点。彼女の自己採点の結果と同じである。
そして同時にセオドアは右手で目を覆った。クローディアは2位。女子で2位は快挙である。これまで歴代で女子がベスト10に入ったのは1度きり。10位に入った者が1人いただけだ。
2位の成績はそれをはるかに上回る成績だ。しかし、クローディアは本気で1位を狙っていた。彼女の取るはずだった1位をかすめ取った受験生の名前を確認する。
「なになに……。セ・オ・ド・ア……セオドア・ウォール……。点数は930点だと……」
セオドアはくるりと背を向けたが、シャツをぐいと掴まれた。
「お前、できる奴とは思っていたが1位とは……。まさか今まで手を抜いていたのか?」
シャツを掴まれてしまい、逃げることができなくなったセオドアはごまかしにかかった。
「まぐれですよ。偶然に山が当たっただけです。どう考えても俺が1位なんてありえないでしょう?」
とぼけた。苦しい言い訳だが世間知らずなところがあるクローディアには通用するかもしれない。
(ムムム……)
クローディアは疑いの上目遣いでセオドアを見る。セオドアは思わず目をそらしてしまった。怪しいと思われただろう。
「……そういうことにしておこう。伯爵の頭が良いことは初めから分かっていた。しかし、難関のボニファティウス王立大学の試験をわずか1か月の受験勉強でトップ合格するとはな……」
「ははは……。たまたまですよ。俺の得意な問題が連発で出ただけで。人生最大の幸運だったようです。それに問題の傾向も随分と変わったことがよかっただけかと……」
セオドアは問題のせいにした。確かにがらりと変わった入試問題に多くの受験生は戸惑った。大混乱に乗じてたまたま1位を取った。そういうことにした。
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