第15話 うっかり、出題の傾向を読み間違えてしまった
「ルーズベルト学長。今年の試験に受験生は混乱したようです」
ボニファティウス王立大学の学長であるルーズベルトは、試験会場を監督していた教授たちから報告を受けていた。
実は今年から試験の内容をがらりと変えたのだ。これまでのように膨大な知識量を問うスタイルから、それを使って論述させる方式への大転換だ。これは次世代を担う若者の質を上げるために行ったことだ。
「混乱だと……。真の学力を見に付けたものはそのくらいでは動じぬ。単に暗記しただけの記憶力だけ秀でた者は、この学校には必要ない」
そう老学長は報告文書を受け取り、それをまとめて机でトントンと整えた。立派な口とあごひげ。それと合うロマンスグレーの短く刈り込まれた髪の毛。片眼鏡を細めて報告文書に目を通す。
この大学は王国中の秀才が集まる。一部、その能力にない高貴なる身分の者もいるが、大半は実力で入学してくる。そして多くは国の役人として行政、立法、司法の各権力の公僕として仕える。
(国の未来を左右する人間がただ知識のあるだけではダメだ。柔軟な考えができる者。過去の例に囚われない者が必要なのだ)
ルーズベルト学長はそう判断している。これはこの国の学識経験者が集う学術円卓会議で国王も含めた教育方針で打ち出したことでもある。
今の国の閉塞感は、大学教育の硬直化が招いているとの判断である。
「今年の試験を潜り抜けた英才は、きっとこの国を変えるだろう」
そう老学長は採点を急がせるように命じた。学長が気になるのは今年の試験の十傑である。模試試験で常連の者たちが順調に名を連ねるのか、それともこれまでの知識偏重の試験では浮かばれなかった英才を見出せるのか、学長にとっても興味あるものであった。
「試験の想定合格ラインは750点。これまでよりも100点も低く設定しております」
「そうなるとトップ合格は900点前後となるか」
「900点を超えるような受験生はまず出てこないと思います」
そう問題を作成した責任者は胸を張った。この方向転換の初回の試験はある意味、インパクトを与えないといけないと考え、かなり難解な論述問題を出した。全問正解者は皆無。正解率9割は絶対ありえない。そうすることで、今後、さらに学生の質は上がるはずである。
試験の難易度を上げた結果、これまでよりも合格点数の最低ラインは大幅に下がることは間違いがない。この難関で900点を超える人間がいたら、まさに未来の国を背負う人間だろう。
しかし、この責任者は採点結果を見て驚愕することになる。ありえない者が複数出たのだ。しかも1位となった受験者の解答用紙を見てさらに開いた口がふさがらなくなってしまった。
(嘘だろ……。この受験生、手を抜いている……。簡単な知識を問う問題でわざと間違えているじゃないか……)
全教科の問題は7~8割が多くの知識を統合し、考えないと解けない論述形式。残りの2,3割は知識を問うものであった。1位の受験生の解答用紙に書かれた論述問題の答えは完璧。知識を問う問題で取りこぼしていた。というより、一度は書いているのに消した跡がある。
合計得点は930点。昨年度の7位合格者の点数と同じである。わざと消して点数を調整しなければ、どの教科も満点という結果であった。
(わざと930点にしたとしか思えない。しかし、この受験生の目論見はご破算となった。930点は今年の最高得点合格だ)
学長に報告するときに、この受験生のことはしっかり報告しておかねばならないだろう。
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