第14話 うっかり、挑発に乗ってしまった
1か月が経った。
王立大学の試験日である。
クローディアは目立たないように変装していた。伊達メガネをかけて地味なドレスを着ている。それでも美貌は隠しきれなくて、前を通る受験生は男も女の思わず二度見してしまうほどだ。
そんな受験生たちに時折、鋭い目で睨み返しているようだが眼鏡のせいでそれはマイナスに働いていない。
どうして公爵令嬢がこんなところで立っているのかは、理由は1つである。セオドアが受験するかどうか心配したであろう。受験すれば必ず通る王立大学の受験会場の門のところでセオドアを待っていた。
セオドアはクローディアを見付けて軽く会釈した。クローディアは笑顔になる。受験に来たことで安心したようだ。
「いよいよ、試験日だぞ。テディ、調子はどうだ?」
「クロア様もその様子だとよさそうですね?」
そうセオドアは答えたがクローディアの顔には疲労が残って、目の下には隈ができている。ここ数日は徹夜で勉強していたのであろう。このひたむきな努力をするところは可愛らしい。
王太子も遊び惚けているナターシャよりも、目的のためにひたむきに努力するクローディアの良さを見ればよいのにと思う。
「特別家庭教師を雇って、この3日間集中特訓をした。やはり未来の王妃たる者、主席合格しないといけないと思うからな」
そうクローディアは答えた。女子ならベスト10に入るだけでもすごいことなのに、この悪役令嬢は何でも1番じゃないと気が済まないらしい。
「そうですか。クロア様ならできると思いますよ」
クローディアが1番だろうが2番だろうが、セオドアには関係がない。ただ、コネを使わず正々堂々と試験を受けて結果を出そうとする姿勢には感動した。わがままな性格かと思ったが、まじめで努力家というのが意外である。
「はん、聞き捨てならないな」
「トップ合格はここにいらっしゃるハンス様だ」
2人の男子学生がセオドアとクローディアの会話に絡んで来た。見ると坊ちゃん刈りにした2人の男子。そしてハンスと呼ばれた黒縁眼鏡をかけたがりがりに痩せた男子である。髪の毛が長く、まるで女の子みたいだが病的な感じで弱弱しいのがいだだけない。
ハンスと呼ばれた男子は右手に紙袋をもち、そこに手を突っ込んでは何かを口に放りこんでいる。よく見ると麦菓子をチョコレートでコーティングしたものである。
「ああ~。脳みそを使い過ぎるとあまいものが食べたくなる」
ハンスは2人の取り巻きの言葉が聞こえないのか、お菓子をぼりぼりと頬を膨らませて食べ続けている。こんなに食べているのに痩せているというのが不思議だ。
「ハンス様、このカップルがトップ合格を取るとか寝ぼけたことを言っているのですよ」
「女子のくせに主席とか夢みたいなことを言っていたのですよ」
取り巻きの男子の言葉にハンスが反応した。この男子は特徴のない顔立ちだが髪型が変わっている。潔いくらいのおかっぱ頭なのだ。
「おいおい、それはなんの冗談だよ……。君たち、名前はなんというんだい?」
そうハンスは聞いてきた。病的な割に言葉は元気なようだ。
「我はクローディア」
「セオドア……」
「ふう……」
ハンスはそう息を吐いた。何か記憶をたどっているようであるがクローディアとセオドアの名前は探し出せなかったようだ。ハンスは身なりを見るとどこかの貴族の息子っぽい。その取り巻きも同じような雰囲気だ。
おそらく地方貴族出身と思われた。セオドアはともかく、王都の社交界にいれば、当然知っているはずのクローディアを知らないようだからだ。
「全国模試のランキングにそのような名前はなかった。ということは、模試を受けてない田舎者か」
そんなことをぶつぶつ言っている。クローディアに対して失礼極まりないが、模試を受けていなかったことは事実であり、当然、そこにクローディアの名前があるはずがない。最近、急に受験をすることになったセオドアも同じだ。
(田舎貴族って……。クローディアのことを知らない時点でお前もだろうが!)
セオドアは心の中で突っ込んだ。ハンスたちが貴族なら間違いなく地方出身貴族に違いない。
「アラン、ボリス、教えてやれよ」
「はい、ハンス様」
2人の男子は得意げに話す。
「こちらにいるハンス・ボーゲン様はボーゲン子爵家のご長男」
「生まれながらの天才と称されるお方です。なにしろ、全国模試の常連でこの1年間不動の1位を取った伝説のお方なのです」
「当然ながら今回の入試の1位も間違いないと言われているお方なのだ。だから、お前らがトップになることは夢のまた夢」
「そういうことだ。お嬢ちゃん、女子がトップ10になったことは過去に1回しかないということを知らないのか?」
そうハンスは右手をズボンで拭いた。実家は子爵家ということだが、その態度はあまり上品ではない。ますます地方出身だろう。その点はセオドアと同じである。
「過去は過去だ。我が過去にいれば変わっている」
クローディアは不愉快そうにそう答えた。そもそも女子の受験者が少ないのだから、そういう結果は不思議ではない。
「お嬢さんは強気だな……。それによく見るとものすごく美人じゃないか。うん、気に入った。お前、合格したならボクが作る派閥の仲間にしてやる」
ハンスはとんでもないことを言いだした。クローディアも思いがけない提案に言葉が出ない。セオドアはクローディアが激怒しないか内心冷や汗をかいている。
「ハンス様、この際、ハンス様の彼女にすればよいのでは?」
「この女、どうせ10位にも入れないですよ。ハンス様の彼女の1人にしましょうよ」
取り巻き男子がハンスのとんでもない提案にさらに拍車をかける。ハンスはニタニタと笑いながら、右手を挙げてそれを制する。
「お前たち、お嬢さんが困っているじゃないか。無理やりに彼女にするなんてスマートじゃない。派閥に入ればボクの偉大さに惚れて、自ら彼女にしてくださいと言うだろう。それで十分だ」
「さすがハンス様」
「ボニファティウス王立大学で伝説に残る人物になるお方です」
(お、お前たち、この姫様は未来の王妃候補だぞ)
取り巻き2人のよいしょとハンスの自己中な台詞に、セオドアもさすがに呆れてしまった。無知は本当に怖い。
「テディ、この者たちが先ほどから一体何をいっておるのか、我は理解できない。我らを自分の派閥に入れるとか、我を彼女にするとか……」
クローディアも今まで出会ったことのない人種の言葉に理解が追い付いていないようだ。これはある意味助かったとセオドアは思った。理解していたら、ここで血の雨が降りかねない。
「クロア様、こいつらは犬と思えばよいのですよ」
「犬だと?」
セオドアとクローディアは顔を寄せてひそひそと話す。
「犬が吠えても人間は理解できません。そういうことです」
「なるほどな」
クローディアはセオドアの言葉に納得したのか、うんうんと頷いている。これでこの場を何事もなかったかのようにすれば面倒なことにはならないだろうとセオドアは安堵した。しかしそれで済むはずがない。
「犬ならば、我が作る派閥のパシリにしよう」
(はあ? パシリってなんだよ。公爵家のお姫様がそんなことば知っているのかよ!)
このお姫様もとんでもないことを言いだした。そんな下々の民の言葉が形のよい唇から出て来たとは到底思えない。クローディアは声を張り上げた。
「よいだろう。我がお前に勝ったのなら、お前たちは我に仕えるがよい」
これにはハンスも取り巻きのアランもボリスも唖然とする。一体、この女は何を言っているのだという顔だ。
「あ、ありえない。ハンス様に向かってそんな暴言を!」
「全国模試も受けてない奴が何を言っている。しかも女の分際で!」
「まあ、待て」
ハンスはやっと我を取り戻したアランとボリスを制する。頭が良いだけにクローディアの素性に気が付いたのであろう。どこかの高貴なお姫様で模試も受けずに家庭教師について勉強していたという推測である。
それでも、さすがに王国最大勢力を誇るバーデン家の姫とは思っていない。それに女に対する偏見もある。
「それでは結果勝負で。負けた方が派閥に入るということで。まあ、合格するのも難しいからね。合格発表で名前がないなんてオチはなしだよ」
ハンスは手を挙げてこれで打ち切りだと意思を示した。試験が始まる前である。変なことで心を乱されたくないと思ったのであろう。
「クロア様、あまり悪目立ちをするのはよくないと思います。王太子殿下によく思われたいのなら、控えめでよく気が付くところをアピールしないと……」
3人が姿を消してからセオドアはクローディアにあまり目立たないようくぎを差した。ただでさえ、公爵家の令嬢だと周りに知られると厄介なことになる。クローディアはともかく、セオドアはあまり目立ちたくないのだ。
「そうだな。我の目的は王太子殿下に振り向いてもらうことだ。派閥を作って大学を牛耳ることではなかった」
「そうですよ。未来の王妃様が派閥を作ってどうするのですか?」
「すまぬ。自重しよう。しかし、王妃たるもの、カリスマと実力で人は集まるというものだ。そういうところも王太子殿下に見てもらうのもありだろう」
(ありのよりのありどころか、なしよりのなしだ!)
エルトリンゲン王太子もこの大学に通っている。婚約者のクローディアが1年で派閥をつくるのは、彼の性格からはマイナスだろう。セオドアが考えるに、エルトリンゲン王太子は庇護欲をそそられる女が好みなのだ。こうやって困難を蹴り飛ばし、破壊して驀進するクローディアはもっとも嫌いな相手であろう
(とにかく、合格することだ。俺の場合は目立たぬよう……それでいて、クロアの言う通り、実力をある程度見せて納得させる順位で合格……めざせ10位)
セオドアは試験に臨んだ。1教科目は『数学』であった。
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