第9話 うっかり、いじめられっ子の本性を見てしまった
ナターシャが不慣れなので、ぎこちないダンスではあったがそこは王太子。見事なリードでダンスを一曲踊り終えた。飲み物を飲み、休憩をする。王太子の元に様々な貴族たちが集まる。
ナターシャはエルトリンゲン王太子の側から離れた。お手洗いに行くのであろう。それを見たクローディア姫の取り巻きの数人が後を付けていく。
セオドアもこっそりついて行く。自分もトイレに行く振りをして、取り巻き連中がナターシャにどうするか見たくなったのだ。
(やっぱり……。女のいじめは陰湿だな)
少し遅れて行ったセオドアは、トイレ付近にはいなかったが少し探すと中庭の隅に7人の令嬢たちがナターシャを取り囲んでいた。
「あなた平民のくせに生意気よ」
「こんなところによく来られましたわ」
「先ほどのダンスの下手なこと……。王太子殿下が困っていらっしゃったわ」
「クローディア様になんと無礼な事を言うのでしょう。すぐに謝罪しなさい」
口々にナターシャに対して罵詈雑言が浴びせられる。それに対してナターシャは縮こまっているのかと思ったらそうでもない。
「あら、貴族のお姫様ってもっと上品かと思いましたが、中身は大したことはないですね」
そう言い放ったから大変だ。取り囲んだ令嬢たちの顔色が変わった。
「なんですって!」
「私たちを侮辱するのですか?」
「侮辱ですか……。そう取るならそうかもしれないわ。あなたたち、あのクローディアとかいう人のためにわたしをやっつけようとしているのではなくて、王太子殿下がわたしに夢中なのが許せないのでしょう。はははっ……うける~」
(あからさまの挑発だな……。あいつは挑発に長けている)
セオドアは聞き耳を立てていたが、ナターシャの動じない態度に感心するとともに、普通ではないと感じた。庶民でこんな場違いなところに連れて来られ、身分の高い令嬢に囲まれれば、どんなに気丈な人間でも委縮してしまうはずだ。
それなのにナターシャは委縮するどころか、貴族令嬢たちを圧倒している。そして攻勢に出ようとさえしているのだ。
「あなたね!」
「許せないわ、庶民の分際で!」
令嬢たちは激高した。彼女たちからすれば庶民は貴族にへつらう者。怒れば小さくなり、涙を流して許しを請う者だ。それがあろうことか自分たちに歯向かってくる。許すことができない怒りがわきあがる。
バチン!
一人の令嬢がナターシャの頬を叩いた。セオドアからするとナターシャはわざと叩かれたように見えた。なぜなら、叩かれた後のほんの一瞬、ナターシャの口元が上がったのだ。
(あいつ、わざと叩かれたな……)
恐らく貧弱な令嬢の平手打ちなどナターシャにはかわすことは簡単だったのだろう。それをしなかったのは叩かれることを狙っていたのだ。
「あら、上品なお姫様方が暴力ですって。貴族令嬢などとお高く止まっていても、やることは庶民と同じ。ああ、醜い!」
さらにナターシャは挑発する。取り囲んだ令嬢たちは怒りに任せてナターシャに掴みかかった。夜会用のドレスは薄い生地でできている。掴んでひっぱれば破れる。ナターシャのドレスのリボンは取れ、髪飾りは床に落ち、酷い有様になる。
「お前たち、何をしている!」
騒ぎを聞きつけた召使いが慌てて主催者のクレシェンド侯爵に知らせようとしたが、ナターシャがなかなか戻らないのを心配したエルトリンゲン王太子が駆け付けて来た。自分の取り巻きの一部がいないことに気が付いたクローディア姫も後ろにいる。
「あ、王太子殿下……」
「これは……お見苦しいところを……」
令嬢たちは慌てた。まさか王太子に見つかるとは思わなかった。ナターシャが調子に乗らないようにお灸を据えるつもりだったのに、挑発されて大騒ぎに発展してしまった。
「殿下……この方たちが、わたしを平民だからと蔑み、このような乱暴をなさるのです。殿下、わたしはとても怖かったです……」
涙を浮かべ、酷いありさまのナターシャは、先ほどの強気な態度を一変して、いじめられていた猫がすり寄るように王太子の胸に飛び込んだ。叩かれて赤くなった頬が発言に重みを与える。
(あの女、どんなけ、強かななんだよ……。このためにわざと叩かれた)
陰で見ていたセオドアはナターシャのあざとさに舌を巻いた。貴族令嬢ではこんなやり方はできないだろう。
ナターシャは完全に令嬢たちを罠に落とし込んだ。誰が見ても大勢でナターシャを責め、暴行に及んだとしか見えない。ボロボロなナターシャの格好に比べて、令嬢たちは汚れ1つもないのだ。一方的にナターシャがいじめられ、反撃もしなかったという証拠だ。
「お前たち、余の寵姫に対するこのような仕打ち。許さぬ!」
エルトリンゲン王太子は激怒した。そこで初めて令嬢たちは自分たちがしてしまったことの重大さに気づく。王太子を怒らせたら自分たちの処分もそうであるが、実家にどんな咎が与えられるか分からない。
「お待ちください、殿下」
後ろからことの成り行きを見ていたクローディアが割って入る。彼女は王太子に抱き着いたナターシャの様子を見ていて、それが演技だと見抜いたようだ。
「確かにこの子たちのやったことは褒められたものではありません。しかし、ナターシャも礼儀に反したことをしたのではないでしょうか。さもなくば、このような争いになるはずがありません」
(あ……あいつの狙いはクローディアか……)
セオドアは王太子の胸に飛び込んだナターシャが嘘泣きを止めてにやりとした瞬間を見逃さなかった。
「殿下、この方たちはクローディア様の命令でわたしに暴行をしたのです。平民の娘は王太子殿下にふさわしくない、すぐに別れろとのことでした」
「な、なんだと。クローディア、それは本当か!」
王太子の怒りは後ろに控えていたクローディアに向かう。
「わ、我は何も……」
突然、被告人の席に引っ張り出されたクローディアは混乱する。
「いや、お前だ。余の可愛いナターシャをお前は憎く思っているはずだ。それで取り巻きに命じてナターシャにこのような辱めを!」
「違う、我はそのような……」
反論しようにもクローディアは周りの空気が自分に不利になっていくのを感じている。状況証拠から推察してもクローディアが命じたということの方が違和感はない。
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