第10話 うっかり、悪役令嬢認定してしまった

 しかし、実際にクローディアは無実だ。自分は王太子の冷たい仕打ちに落ち込み、ソファで休んでいただけだ。取り巻きの一部がナターシャに抗議しようとしたことが発端なのだ。


「いや、お前だ。余はお前のそのような陰険さが嫌いなのだ。それに比べてナターシャ。君は心がきれいでまっすぐだ」


 王太子は自分の胸に飛び込んで来たナターシャの赤い髪をそっと撫で上げる。そしてクローディアをにらみつける。


「殿下、目を覚ましてください。我はそのようなことは命じていません。それにその女は心がまっすぐでもきれいでもありません!」

「お前たち、お前たちは誰の命令でこのようなことをした。話さねば処罰する」


 王太子はクローディアの抗議を無視し、ナターシャに暴行を働いた令嬢たちに詰め寄る。令嬢たちは凍り付く。


「わたしたちは……クローディア様が気の毒だと思って……」

「クローディア様のために……」


 さすがにクローディアに命じられてなどと虚言は吐けないが、理由はクローディアのためだ。これは表向きの理由として間違っていない。


(真の理由は自分たちの嫉妬だろうけど……。そんなことは本人たちも気づいてないよな)


 セオドアはそう思った。そしてクローディアのためという大義名分は今の苦しい自分たちの立場を救ってくれる命綱でもある。王太子が罰を与えたくても、公爵家の令嬢であるクローディアには手は出せないと誰もが思うからだ。


「やはり余の思ったとおりだ。黒幕はやはりクローディア、お前だ」

「違います、殿下」


 クローディアは否定するが、王太子どころか野次馬のように見ている貴族たちもそのように理解している。そしてナターシャに実力行使した令嬢たちもこの流れに乗れば自分たちが罰せられないと思い、目を閉じて下を向いている。


「殿下、クローディア様はまるで悪役令嬢のようです。殿下の愛を失いたくない悲しい女の宿命なのですわ。わたしは何とも思いません。少し頬がひりひりしますが、わたしは許します。誰も罰することのないようお願いします」


 そうナターシャがあざとく王太子を見る。これには周りもナターシャの心の広さに感心する。これもナターシャの思惑通りだとセオドアは思った。


(そして同時にクローディア姫の悪役令嬢確定!)


 セオドアは見事だと思った。すべてナターシャの計算どおりである。間違いなく、この結末を狙ってのことだ。

 恐らく、ナターシャは王太子の元を離れた時からこのような事態になることを想定し、それを逆手に取ってクローディアを追い落とそうとしたのだ。クローディアはともかく、浅はかな取り巻きの一部がナターシャになんらかのアクションを起こすことを想定した挑発である。


(さて、この状況をあのお姫様はどうするか……)


 このままでは自分の知らないところで起こった事件の首謀者になり、悪役令嬢の汚名を着せられる。かといって、それを否定すれば自分の取り巻きたちが罰せられる。クローディアの人間性がここで分かるとセオドアは思った。


「殿下、我は殿下のためを思って忠告しているのです。確かに我の友人たちの行為は貴族としても人としても許されぬ行為。それについては我にも責任はあります。ごめんなさい」


 クローディアはナターシャに頭を下げた。これには見ていた貴族たちからどよめきが起こる。公爵令嬢が平民に頭を下げることは驚き以外にない。


(やるじゃないか……。あのお姫様……見た目よりはいい人だな。ただ、謝罪はもろ刃の剣となる)

 普通ならクローディアの行為は称賛されるだろう。しかし、そこは貴族社会。プライドでガチガチに固められた発想しかできない連中からすれば、クローディアの謝罪は貴族全体の恥である。

 悪役令嬢がやり込められて、やむなく謝ったようにしか見えなくもない。そしてそれは(ざまあ……)という表情で見ているナターシャと同様に胸がすっきりする感覚にもなる。


「しかし殿下。やはり、お立場をお考え下さい。ただのお遊び相手というのならまだ許せましょう。それなのに今宵の殿下とその女の態度は王族の名を汚します。礼儀を守っていただかないと……」

「礼儀を守って親の決めた婚約者のお前と踊れと!?」

「……それが礼儀です。我は生まれた時から殿下の伴侶になるよう育てられました。これは貴族なら誰もが知っていること。その我を軽んじるのは恐れながら国王陛下に対する侮辱です」

「父上のことを言うな!」


 王太子は顔を真っ赤にしてクローディアを怒鳴りつける。父王はクローディアとの結婚を望んでいることは王太子も知っている。クローディアは父王のお気に入りなのだ。


「お前は余にはふさわしくないと思っている。そして余はお前のことが嫌いだ」


 そう王太子ははっきりと言いきった。言いきってもクローディアが婚約者であることは変わりがない。王が決めた以上は、それを覆すことは難しいのだ。


「我のどこがいけないのです。殿下に好かれるよう我は努力します」

「努力とかの問題ではない。余はナターシャがよいのだ」

「殿下、殿下の伴侶はこの国の国母になるということです。その女が国母の器とは思えません。殿下も好きという感情だけで考える愚かな方ではないでしょう。よくお考え下さい!」


 クローディアはそう答えた。国王と王妃の間に愛情があれば幸せだろう。しかし、その立場は個人の感情よりも国家の利益が優先される。


「王妃に必要なのは国を王と共に経営していく力。そして団結と血統です」


 団結とは結婚による関係だ。貴族のリーダーであるクローディアの実家バーデン家との血縁関係は、国の安寧をもたらす。ナターシャではそれが望めないとクローディアは言っているのだ。


「ふん。若いくせに古臭いことを言うな。ナターシャはお前とは違いまっさらだ。学校に通い、余自身が世に相応しい女性になるよう教育する」


 王太子はとんでもないことを言いだした。恐らく、ずっと考えていたことなのだろう。確かに町の商人の娘に過ぎないナターシャを王妃にするには反対が多いし、また教養や能力が足りないだろう。それを少しでも補うために王立大学に入学させ、勉強させようと考えているという噂があった。

 王太子は王立大学の2年生である。国の秀才、天才が集まる王立大学に入学できたのは王の推薦があったからだ。


「殿下、それは殿下が通うボニファティウス王立大学にその女と通うということですか?」

「そうだ。余はまだ20歳。ナターシャは18歳だ。結婚は4年後でも遅くはない」

「……殿下はバカですか?」

 

クローディアはため息をついた。ここでも王太子は無理を通そうとしている。ボニファティウス王立大学は国中から秀才が集まる場所だ。王太子ですら実力では入学できず、推薦入学というパスポートを使っているのだ。

 ナターシャが実力で入学試験を突破することはできない。しかもナターシャは受験勉強をしていない。それを可能にするということは王家の力を使うと言うことだ。国王推薦は将来国を担う人材に用意された制度である。王太子が自分の結婚相手の箔を付けるためにその権利を使えば周りはどう思うだろうか。

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