第7話 うっかり、修羅場に出くわしてしまった
「やれやれ、やはり公爵令嬢で将来の王妃様ともなると人気者ですわね」
ダイス女侯爵は扇を開いてパタパタと顔を仰ぐ。顔にうっすらと汗が浮き出ている。人混みの発する熱で発汗したのであろう。
「お化粧直しをしていきます。わたくしはその後、カードゲームをしに行きますから、伯爵は自由に楽しんでお帰りになって」
「ダイス様、ありがとうございます」
セオドアは礼を述べた。ダイス女侯爵はセオドアをこの夜会に招待してくれて、さらに主催者や知り合いの貴族に顔合わせまでしてくれた。感謝しかない。
(さて……。一応、今日の目的は達したので適当に時間を潰して帰るか)
セオドアはそう考えた。音楽が変わりやがてダンスが始まりそうな雰囲気だ。それが始まると厄介だ。令嬢たちがセオドアにダンスを申し込もうとこそこそと相談している姿も散見される。さっさと逃げようとセオドアは考えた。
「王太子殿下のご到着でございます」
そうホールに大きな声が響いた。談笑の声が静まると同時に楽団が国家の演奏を始める。扉が開くと王太子エルトリンゲンが一人のレディと腕を組んで登場した。
(変だな……)
この夜会に王太子が来るとは聞いてなかった。それは主催者のクレッシェンド侯爵が慌てて出迎えている様子から確実だ。王太子は招待もされてないのにやって来たようだ。そして隣には噂の愛人である。
よくよく考えれば王太子がこの夜会に来るのなら、同伴すべき相手は婚約者のクローディア姫である。それが別々で登場とは違和感しかない。
恐らく王太子はこの夜会に婚約者が参加しているとは思っていなかったのであろう。
(いや、その可能性すら考えなかった……。連れの女に夢中で思考が停止でもしたか。それとも連れの女の作戦か……)
セオドアは考えられることをいくつか頭の中で列挙した。
会場にいる人間もそれを感じているらしく、空気が徐々に重くなってくる気配を感じる。
特にクローディア姫とその取り巻きの令嬢たちからは黒いオーラが見えるようである。
(あれが王太子の夢中になっているという娘だな……)
セオドアは頭を少し上げて王太子の隣の女の子を見る。
ナターシャ・フォーブル嬢。身分は平民で父親は穀物商をしているらしい。穀物商といっても町の小さな商店ということだから、平民でも上流階級でもない。エルトリンゲン王太子は町にお忍びで出かけ、このナターシャと出会い、その魅力にメロメロになったという噂だ。
あくまでも噂なのでどんな娘かと思ったが、特に特徴があるわけでなく、普通の可愛い町娘といった感じだ。王太子の隣に立っているだけで、場違い感がはなはだしい。
しかし当人は場違いなところに来て緊張しているどころか、きょろきょろとまわりを見回しはしゃいで王太子にいろいろと質問をしている。それに笑顔で答えている王太子。
(まさにバカップルとはこういうのを言うのだな)
セオドアはそう思わざるを得ない。王太子の身分であるならば、夜会に華を添えるために主催者に挨拶をし、会を盛り上げるのが役割だろうが、そういう気遣いはなさそうだ。しかも招待もされていないのに急な来訪だ。王族にしか許されない行為だが、王族でも非礼には違いない。
隣の平民の娘に場違いな体験をさせてやっているという自己満足で、そういう非礼に気が付いていないようだ。
(それに……)
セオドアはちらりとクローディア姫を見る。顔色が悪い。それに目つきがすごいことになっている。生半可に美人だけに恐ろしさが増す。
クローディア姫がそのような態度を取るのは、彼女を見るこの夜会の参加者のほとんどは理解できる。もちろんセオドアもだ。
クローディア姫は王太子の正式な婚約者である。このような夜会への同伴者は婚約者を連れてくるのが常識だ。仮にクローディア姫の都合が悪く同伴できない場合には、姉妹、従姉妹などの近親者、もしくはクローディア姫が認めた友人までである。
ましてや、クローディア姫が単独で出席している夜会に王太子がクローディア姫の知らない女を同伴しているということはかなり問題である。
(婚約者としての立場がない……。さて、どうなる?)
セオドアはクローディア姫にはなんの思い入れもない。先ほど紹介してもらい軽く挨拶した程度だ。
それにクローディア姫のセオドアに対する態度も実に冷たいものであった。まるで道に落ちている石を眺めるような感じ。身分の高い彼女からすれば、セオドアのような田舎貴族は名前を覚えるほどでもない。
(面白そうだから、傍観するとするか……)
セオドアは野次馬に徹することにした。この夜会に参加しているものは2つに分けられる。
1つは気の毒なクローディアに与する者。これは主にクローディア姫の取り巻き連中。多くの貴族令嬢と将来の出世のために未来の王妃に取り入ろうとする青年貴族たちだ。
残りは関わらないように傍観を決め込んでいるもの。巻き込まれれて不利益を被ることを避けたいのだ。セオドアと同じである。
(まあ……俺が見たところ、令嬢の多くはエルトリンゲン王太子のファン。平民の女に対する憎悪だけだな。男たちも下心しかない)
セオドアの分析からすると、クローディア姫は可哀そうともいえる。真に彼女に寄り添う者はいなさそうだ。
(それもご身分の高いお姫様の性であろうけど……)
クローディア姫につかない者たちは、中立の立場である。貴族社会の礼儀を逸脱する王太子への反感はあれど、将来の国王に逆らうほどでもない。何とか両者の中間地帯で騒動に巻き込まれたくないという者たちだ。
セオドアは一応ここに入る。そもそもセオドアには王太子やその婚約者には関わるメリットがない。ここにいるのも妹のために夜会の主催者のクレッシェンド侯爵の知己を得たいためである。その目的は達せられたので、騒動に巻き込まれる前にさっさと退室してもよかった。
しかし好奇心に負けてしまった。見た目勝気なクローディア姫が自分の目の前で屈辱的な光景を見せられてどのような態度を取るか知りたかったのである。
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