第3話 比翼
どこにもいなかった。
多くの場所を探してがむしゃらに駆け回ったがどこにもいない。
物陰から出てくることも、ましてやあの懐かしく甘ったるい匂いもしない。
頭のどこかでは分かっていたことを現実が押し付けてくる。彼女はもうこの世のどこにも存在しない。存在を繋ぎ留められたかもしれない唯一の機会を他ならぬ自分自身が壊したのだから、それは己が最も良く知っていたはずだろう。
いつの間にか僕はあの日来た場所へ立っていた。純が存在を散らせて永遠のものになったここは、相も変わらず残酷なほどに風光明媚である。波に浸食された石灰質の白い崖は、幸福なものからすれば美しく見えるだろう。
しかし僕には、この白さが己の卑しさ、情けなくも生にしがみついた事実を今一度突き付けられ糾弾されているように感じる。
白い色とは一見純粋無垢の美に見えるが、多色の混じらない白色とは罪を裁く苛烈さの象徴でもある。白鯨におけるモビーディックは人知の及ばぬ自然のイメージであり、人の傲慢さを挫く裁定の形だった。この話を純にもした事がある。
「へー、あたし白色好きなんだけどジャッジメント側?」
などと言って笑っていた。
彼女の最後の服は白色のワンピースだったが、あれは僕が犯す罪を裁定する色だったのだろうか。自分の半身の手をわが身可愛さに取れなかった罪を、白無垢はその純粋さを以て鏡のように照らし返す。
僕は彼女に跡を付けられるのが好きだった。大嫌いな自分の体に彼女の跡がつくと、愛する存在に許された実感がした。薄汚い色に小さな白色の点が付いたような気がして嬉しかった。
その許しを得られなくなった僕の体は何色をしているのだろうか。鏡を見なくなって久しいが、おそらくは何色とも形容しがたいおぞましい色をしている。
色を消すためにはどうすればいいのか。彼女の許しを再び得るにはどうすればいいのか。そんなのは最初から分かり切っていた。
ようやく踏み出せそうだ。
「―本日、○○海岸で遺体が発見されました。遺体は風化した石灰の付着により白くなっており発見が遅れた模様です。警察は身元の確認を行っており―」
その風光明媚なスポットには人が良く集まる。石灰質の摩耗により見渡す限り一面真っ白な崖と海岸は、幸福を絵に描いたような人々がひっきりなしに訪れる。
そこに二羽の鳥がいた。白地に黒の差し色が美しいその鳥たちは仲睦まじく寄り添っている。春半ばに特有の甘ったるい匂いが、どこからか吹いていた。
純礼 @Auroradays
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