第2話 離別
「いえ、僕にも分かりません。急に純は…」
薄暗い部屋の中で僕は話していた。目の前には強面の男がいる。
「なるほど、雛野さんにもこの出来事は予想外だったわけですね?確かに状況証拠からしても貴方の言う通りだ。一応書類上の義務としてお話を聞いたに過ぎませんのでご安心ください。このまま帰って頂いて大丈夫ですよ。お疲れさまでした。どうか気を落とされずに。」
そう言って男は部屋の扉を開ける。外へ出ようと歩くが、自分でもわかるほど足元がおぼつかない。
純が死んだ。
事故でも事件でもない。海に面した風光明媚な場所で、僕の前で飛んだ。
「今すっごい幸せなんだけどね、幸福って一定じゃないでしょ?常に変動して、今ある幸福がどれだけ続くか分からない。一寸先に闇があるかもしれない。あたしが大好きな礼だってこのままでいてくれるか分からないんだよ。考えてみたら、その可能性がある流動する時間の中を生きるってこと自体が不幸だよねぇ」
だからさ、と純は僕に手を差し伸べた。
「好きでいてくれるか分からないって言った相手になんだけどさ。一緒に死んでくれないかな。幸福のピークの中で終わらせるのって最高のエンディングじゃん。」
僕はその手を取れなかった。死ぬことに躊躇った。
そうすると彼女は傷ついたような、困ったような顔をして、そしてはにかんだ。
それが僕の見た彼女の最後の顔だった。
純を世界で最も理解していたのは僕だったはずだ。それを譲る気はない。しかし最期の瞬間、僕は彼女を裏切った。この世の記憶を最悪なものにしながら殺してしまった。最も理解の深かった人間に裏切られた彼女は、あの瞬間に世界で一番寄る辺なく孤独なものとして生を終えた。
僕はなんて業突く張りな人間なんだろう。厭世的な成りをしておきながら、その内面は意地汚く生にしがみついている。俗世の礼に染まった僕は一歩を躊躇い、純粋だった彼女は踏み出した。
彼女はこの世界に何を見ていたのか。それを知ることが僕の巡礼だ。
二人が出会ってからの短い期間に回った場所、それらを回ることが償いの鐘を鳴らす旅になる。これはエゴに過ぎないのだろう。
それでも僕は彼女の足跡を辿りたい。もうあの甘ったるい匂いを嗅げないことに耐えられない。純の面影を足が動かなくなるまで追いかけまわしたい。まだどこかにいる気がしてならない。そのうちひょっこりと物陰から飛び出て僕を驚かしてくれるかもしれない。
君はいまどこにいるんだ。
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