第12話 終幕の味(1章終わり)
俺は白袖の心象次元から弾き出され、現実世界に戻ることができた。
「……そういうことだったのか」
今の映像は間違いなく、白袖の過去。
両親からのプレッシャーに自分自身の目標の高さ、限界を超えた信頼を掴むための努力、嫉妬、憎悪、敗北感、才能の壁。
それらの重圧によって、表面人格がずっと注いできた負の感情を溜めるコップが決壊し、善悪の判断基準がぶっ壊れてしまった。
それにつけ込むようにして白袖の深層人格は彼女をそそのかし、名月を殺すまでに至ってしまった。
俺は、やっと知りたかった動機を知れたことになる。
「何で……何も言ってくれなかったんだっ!!」
深層人格を氷華に殺された白袖には表面人格の意識のみが滞在することとなっているはず。
「私が高校生活で欲しかったのは一番だったの!! ……なのに暦ちゃんに全部全部全部全部ッ邪魔されて――!!」
「なあ、白袖。……そんなに『一番』が大切か?」
「……当たり前……でしょ」
「お前が一番を求めた理由はさっき心象次元で見させてもらったぞ。本当は……ずっと誰かに認めてもらいたかったんじゃないのか?」
「…………」
「少なくとも俺は白袖のことを凄いやつだって思ってたぞ? 成績とかスポーツとか数字が出るような結果の話じゃなくてだ。例えば、俺や夏梅が何か飲みたいだなんてわざわざ言わなくても、察してコーヒーをくれたりしただろ? あと、一学期の終わりに俺が俳句をなかなか作れなくてさ、夜遅くまで図書館に残ってた時もさ、白袖だけずっと隣にいてアイデアを考えてくれたりしたのは今でも絶対に忘れない。中学はそういうのが苦手だったらしいけど、なら凄い変わったんだなって思うよ! 誰しもが頭の中で思っても変われないことだってある中……だ。お前は……本当に凄い優しい、尊敬できるやつだよ……白袖」
全てが嘘偽りの無い本音だった。
俺は泣いていた白袖を包み込むようにそっと抱きしめた。
「ごめ゛ん゛……な……さい。陽希……くん。私……暦ちゃんのことが嫌いだったわけじゃ……なかったの!」
「…………」
日々溜まり続ける負の感情により、俺たちはある日を境に、思ってもみなかった間違った選択を選んでしまうこともある。
今回のような白袖零ように……。
心象次元や深層人格とは、その人の心の闇が創り出したような存在であり、白袖零の表面人格は自ら名月を殺すという道を選んだのではなく、どうしようもなく追い詰められた現実世界から身を投げ出し、逃げ出すために、彼らに降り、その選択を取るしかなかったのである。
――そう。
この世界には、選択肢が無い状況などというものは無数に存在することを忘れてはいけない。
ただし。
そんな行き場の無い絶望を独りで背負いこむ必要があるだなんて誰が言った?
誰かと歩くことで、その道に希望が差し見えることだってあったかもしれない。
俺は、残念ながら終わったことはもうどうにもすることができない……。
名月暦が死に、白袖零は犯人だったという事実は願っても決して変わらないだろう。
ただ、これからは。
友が歩いている道に茨や棘、毒なんかが潜んでいないかどうかを、白袖のように繊細に気を配りながら、一歩ずつゆっくりと歩んでいきたいと思っている。
◇
その日の放課後。
白袖零はすぐに全ての真実を学校およびに警察に告げ、事件は幕を閉じた。
それと、あの後すぐ夏梅はしっかり目を覚ました。
精神の回復にはもう少し時間がかかるだろうが、きっとあいつなら大丈夫だ。
頼りないかもしれないが、俺がそばにいてやるつもりだ。
それに……きっと名月も。
『陽希。今心象次元に来れるか……?』
『なんだよ!! 人がらしくもなく名言のような詩をずらずら語ってただろ!!』
『誰に語っとるんじゃ!! いいから来い……お前に客人じゃ』
『客人?』
俺は目を閉じ、眠るように自分の心象次元に潜り込んだ。
これで心象次元に行くのは白袖のを含めると、三、四回目。
もう慣れたものだ。
「やっ!! 久しぶり~~!! 陽希~!!」
「――――は?」
黒氷河の泉に氷華と仲良く優雅にくつろいでいた彼女は間違いなく名月暦だった。
「な、何でいるのぉ~~!?」
俺は名月の髪に触れたり、制服や頬を触り、正真正銘、本人であることを確認した。
「あの……ベタベタ触らないでよ一応学校のアイドルなんですけど……陽希くん」
「どういうことだよ!! 氷華!!」
俺は何も言わずにただそれをジッと眺めていた氷華につっこむ。
「ほ、ほら、よくあるじゃろ……? 『死んでも私はお前の心で生き続けるから!』みたいな展開じゃろうきっと。よく知らんけど~……」
「それは概念的な意味でだろ?? こんな物理的に人の心の中(心象次元)で生きようとするやつがいるか!!」
「ねえ、陽希くん」
名月は瞳の色を変えて、俺にそう言って迫る。
「その、白袖なんだが……」
「それはまたいつかゆっくり話したいかな……」
「そうだな……。俺も、今はちょっとだけ休みたい気分だ」
「なら、部活の話を……しない……?」
名月は涙を目元に一杯に溜めながら、震えた口調でそう告げた。
俺はフッと笑い、隣に腰かける。
「氷華、黒氷河でコーヒーを出せるか?」
「コレは概念的なヤツでその……本物ではないんじゃぞ? 味は過去の体験から再現できるが、元は負の感情じゃ。……あまりオススメはせんがの~……?」
氷華はおどおどとした少し焦ったような表情でそう述べる。
「ははっ、それでいいんだよ。……俺たちの部活にはいつも必ず――――コーヒーがあったんだから」
1章終わり……
<あとがき>
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました!
1章どうだったでしょうか。日常パートがほぼ皆無でシリアス続きで読みにくかったかもしれません。
気が向いたら続きを書きたいなと思っております。
しばらくはちょっと、他の作品もこの新作も完全にストップしてしまいそうです。
心象探偵・十六夜氷華は密室で犯人を殺す。 ミステリー兎 @myenjoy
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